ヤバイ (最終話・残酷描写あり)

「待っ……」

 何か忘れている気がする。


 レイはゆっくり立ち上がると一番大きな窓へ向かった。臭すぎる。

 やっぱり先に窓を開けよう。寒いけど、熱々の餃子をハフハフしたら白い息が出るかもしれない。

 開けた窓から這うような冷気が入ってきてレイの足に絡み付く。


「あ」

 レイは本棚から『見るな!』と殴り書きされたノートを取り出すと、空白のページにペンで何かを書き込み、古い煎餅缶に入れた。

「よし!」



 餃子に対峙するレイは晴れ晴れとした顔をしている。

 カセットコンロを覆うほどの大きなフライパンに魔方陣のように並べて火を着ける。

 青い炎が揺れはじめる。




 と、その瞬間ときだった。


 一際ひときわ大きなクラクションの音と共にドラゴンの咆哮ほうこうのような腹の底に響く音と揺れに襲われた。

 壁にヒビが走り、上の部屋から爆発音がとどろく。

 何かが割れる音がして外を見れば、そこに炎に覆われた人影が転げ回っている。

 洗濯したての大判タオルを持って部屋を出ようとしたレイの後ろで、キッチンの天井の一部が落ちた。

 皮を作る際に使った粉類が押し潰され、

 

 高温の突風に煽られる形でレイは硝子の破片が散らばった外へ転がりでた。

 服は焦げ、無数の破片がレイへ突き刺さっていたがそのまま、転がるのをやめた人影へ走っていく。

「大丈夫ですか」

 レイは人影をタオルで覆い、完全に消火した。

 その人は静かに泣いていた。ごめんなさい。そう譫言うわごとのように呟いて。

「通報、通報しないと……」

 スマホは部屋の中。力の入らない足を引きずって戻らなければならない。

 焼けただれたのか所々の皮膚が赤黒くベタつくように光る。赤や白も見えるが血は流れていない。痛みもない。

 爆発は一瞬で部屋の中はそこまで燃えていなかった。

 崩れた天井から車が覗く。

 スマホは近くにあった。

 数歩だ。

 いける。


 部屋の中は焦げ臭かった。

 スマホを持ち、

「早く救急車……」


 真っ赤な突風に吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。餃子が雪のように舞った。



 アパートはドミノのように呆気なく崩落した。

 幸い、アパートにいたのは二人だけで他に巻き込まれた人はいなかった。


 逆走してカーブを曲がりきれなかった車の運転手は逃走。

 男性一人が死亡し、女性一人が重傷となった事故として報道された。

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シラセはただ知らせるだけ 宿木 柊花 @ol4Sl4

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