覚悟

 レイの頭の中はぐちゃぐちゃだった。


 ぐちゃぐちゃの思考は絡まったイヤホンコードに似ている。変なところを引っ張れば断線して二度と使えなくなるかも知れない。

 カバンの底からよく出てくる絡まったイヤホンコード、レイは容赦なくゴミ箱へ放り込むタイプだ。それゆえにレイのイヤホンは安物ばかり。


 レイは思いきって、考えることをやめた。

 考えるという行為をゴミ箱にほうった。



「シラセさんは他に何ができるの?」

「シラセは代々受け継がれるものなので、シラセにあるのは、つまらない本を読んだ後のようなかすみがかった記憶。あとはこの『危険の種』という本ですね」

 どこから出したのか、シラセの上半身をすっぽりとおおうほど大きな本を抱いていた。革製とおぼしき表紙は傷や焦げが目立ち、端は毛羽立っていた。

 シラセはその大きさをもろともせずパラパラとめくりはじめる。

「爆発シリーズも面白いんですけど、最近は誤食シリーズにハマってまして」

 あったあった、とシラセがあるページを開いて見せた。

「きのこや山菜だけじゃなく、野菜でも起きるんですか」

 そのページの片隅に目が止まった。

「よくある……ニラとスイセン、見分け方、スイセンは根本が太い、ニラの匂いがしない。よく近くに植えて混ざる……」

 テーブルの上のニラを見る。

 友達を疑う訳ではないが、プロでも混入することがあると書いてある。一応。

 根本はそもそも付いていない。匂いは……あまりしない!

「シラセさん、これスイセンかも」

「もし食したら危険でしたね。まだ調理中で良かったです」

 シラセはパチパチと手を叩く。

 危なかった。もしこれが原因で死んだら友達に十字架を背負わせることになりかねない。良かった。


 ペラリとめくると次は有毒ガスについてだった。ガス漏れは下に溜まるとか斜め読みして、最後の換気扇は使わず掃き出し窓を開けようというところで諦めた。

 それにしても一頁ページの文字数が異常に多く、遠目では紙が黒く見えるほど。

「この本に生き残れるヒントがあるかも知れないけど、その前に目が死ぬ」

「分かります」

 シラセもレイ同様に目頭を揉む。



「なんか覚悟ができた」

 そうですか、シラセは何とも言えない顔をする。思考や表情が読み取れない顔。

「現実に戻ったら、思考する前に結論が浮かんでくると思います。気付いて信じれば未来も変わるかもしれません」

 シラセは一呼吸置いて

「生きてくださいね」

「ありがとう……頑張ってみる」

「どうか気楽に。失敗してもリストはきっと遺族が見つけてくれますよ。リストを作るような方ですからもう既に両親への感謝も書かれていることでしょう」


 シラセは薄く笑うと光の粒となり霧散した。

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