検証を始めましょう

「一人暮らしって結構匂うんですね」

 そっと袖で口元を押さえながらシラセが呟く。

「さっき腐った玉ねぎがいて、まだ匂いが抜けなくて」

 シラセは難しい顔をしている。

 そんなに臭いだろうか。


「それだけではないような……。後、このクラクションっていつもこんな感じですか?」

 耳を押さえて半ば叫ぶようにシラセは言う。

 レイにとっては慣れた日常でも初めて聞く人には結構耐え難く、かなりうるさい。

 レイも初めはそうだった、としみじみ思う。

「動物園みたいですよね。いつもはここまで頻繁ではないですね。今日は、というか今はこんなに連続でうるさいですけど」

 シラセがニタリと笑った。

「あるじゃないですか。いつもとちょっと違うところ」

「クラクションがうるさいから死ぬんですか?」

「では『なぜ』を考えていきましょうか。まずは『なぜ』クラクションが鳴るのか」

 クラクションを鳴らす理由。

 親世代は確かお礼などの挨拶に使っていた。だけど、あそこは山に沿ったカーブで道も片側一車線だったはず。

 お礼や挨拶とは考えにくい。

 クラクションを鳴らす一番の理由はやっぱり、危険を知らせることかな。

 いつも鳴っているクラクションはカーブで膨らみすぎていたりする車に対して鳴らしている、と大家さんも前に愚痴ぐちっていた。

 カーブを曲がりきれなくて車が落ちてきてもアパートの前か横に着地してアパートは無傷になるように設計したのだ、と自慢していた。

 実際何度かガードレールを突き破って落ちてきているらしい痕跡が残っている。

 だが、果たしてクラクションを鳴らすだろうか?

 一度鳴らせば相手に危険は知らせられるはずだ。

 何度も鳴らす理由。

「気付いてもらえない、から?」

 口にしてみたが、何かしっくり来ない 。

「『ぱぉん』ってかわいい。完全に象ですよ」

 シラセが小さく笑っている。

「あ!」

 そうか、鳴らしているのは一人じゃないんだ。複数が危険を知らせているのか。

 でもなぜ?

 ……伝える、対象が変わってる?

「そうか、がいるんだ!」

 複数の車に逆走している車を伝えていたんだ。


「もしかして! 何かメモできるものありませんか?」

「すみませんシラセは干渉できないんです。でもここはあなたの精神世界ですので、鮮明にイメージすれば現れるはずです」

 言われた通りイメージすると、目の前に当たり前のように紙とペンが置いてあった。恐る恐る触れるとしっかりと質量のあるペンが掴めた。

 そこに道路とアパートを簡略図にして書き、今まで落ちてきた場所(今も形跡がある)に×印を書き込んだ。

 そしてそれを元に逆走してそのまま落ちた場合を予想して線を引くと……。

「ここだ」

 今まで大家さんの自慢話に出てきた車はの車線でスピード超過の結果、落ちていた。アパートのギリギリ横や前に。

 もしこれが逆走という車線が違ったらどうなったか、単純に考えて車一台分内側に入るコースができる。

「もしかして死因って逆走車が部屋に突っ込んでくること?」

 シラセは「一理ありそうですね」と笑った。


 そうだった。レイは噺家はなしかのように額をペシリと叩きたい気分だった。

 この子に聞いても答え知らないんだ。

「あの、答えも分からないのに憶測たてて意味あるんですか?」

 シラセがまたニタリと笑った。

「これが近道第一号です」

「第一号ってことは、もしかしてまだ続くってことですか」

「もちろんです。まだまだ死因の種はありそうですからね。芽が出る前にできるだけ多く見つけて近道を作っておけば、ここのすぐに危険を察知して逃げられますから」


「え、記憶がなくなる?」

「そうですよ。さっきから言っているではありませんか。ここは精神世界ですって。まばたきの一瞬を記憶に留めるほど脳は暇ではありませんよ」

「ならこの憶測なんてそもそも意味がないじゃないか」


「いえいえ、さっきも言いましたが『一度通った思考の道程ルートは次に通るときは答えへの近道になります』と」

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