自身で考えてください

「よくいいますよね『自ら掴みとった答えを疑う者はいない』って」

 全く聞いたことがない。

 けれど、どこか説得力があるような気もする。

 腑に落ちそうで落ちない喉に詰まったような気持ち悪さがあるが、一気に呑み下した。

「一度通った思考の道程ルートってまた通るときは答えへの近道になります」

 そう言いながらシラセは少し唇を尖らせている。不服そうだ。

 ねた感じが妹に似ている。今は生意気になったが昔はよく後ろにくっついていたな、と口元が緩んでしまう。


「自分の死に心当たりはありませんか? いつもと違うなってこととかは?」

 考えても考えても想像が付かなかった。

 具合が悪かったわけでもない。

 健康診断も良好だった。

 ストレスも多かったが今はその解消中。

 大雨もなければ台風なんかの情報もない。

 この辺は竜巻の発生条件とも合わない。

「分からない」

 レイは首を振る。何とも言えない無力感に襲われた。

「あれ? って思ったことないですか?」


「ない……かな」

 本当に? とシラセが覗き込んでくる。

「そんなに言うなら何かヒントをくれませんか? 突然三十秒後に死にます、原因を考えろなんて言われても全然心当たりなんてない! さよならくらい言いたかった」

「すみません、シラセはただ知らせるだけです。あなたは三十秒後に……」

 二人はハッとして顔を見合わせた。


「「」」


「今、ここへ来る瞬間に何をしてましたか?」

「餃子をローテーブルに並べて、食べる準備も終えて、いざ餃子を焼こうとカセットコンロに手を伸ばしたところです」



 そう言った瞬間、雪景色から一転今までいたアパートの一室に変わった。

 見慣れた部屋に見慣れない白い日本人形(女の子)がいる。シュールだ。

 部屋はさっきのままで、ダイニングテーブルの上も周りも粉まみれで冷蔵庫には白い手形まである。洗い物も山となり溢れてかえっている。

 気づいてしまえばもう顔から火が出る一歩手前。

「散らかってるからあんまり見ないでください。片付けますから」

 床に落ちているフォークを拾おうとした手がくうを切った。

 おかしい。そこにあるのに掴めない。

 ダイニングテーブルの上の大きなボウルで試すも、スカッと手をすり抜ける。

「ここもあなたの精神世界です。干渉する事は叶いませんね。まだ視覚だけの再現みたいなのでもう少し五感を使うように思い起こしてみてください」

 聴覚、クラクションが荒れていた。

 嗅覚、まだ漂うネギの腐った匂い。

 触覚、餃子のもっちりとした柔らかさ。

 痛覚、地を這うような寒さ。


 みるみるうちに部屋が鮮明に浮かび上がる。今ではしっかりクラクションの雄叫びも聞こえ、部屋の臭さも寒さよみがえった。

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