恩を仇で返す

めへ

恩を仇で返す

今年入った新人、佐藤はとんでもなく大変な奴だった。

仕事は覚えない、動きはトロく常に一、二テンポ遅れる。

それでも性格に可愛げがあれば救いがあるってもんだが、こいつは無愛想で声も小さかった。


それだけならまだ我慢できるが、こいつの面倒を見る事で自分や他の優秀な職員が足を引っ張られる。

内田にはその非商品的さが我慢ならなかった。そして、自分や他の優秀な職員が気の毒でならなかった。


内田は社長に言って、佐藤を閑職へ追いやる事に成功した。

そのエリアには佐藤程酷くはないにしろ、仕事を覚えるのが遅かった者や、仕事自体はできるが上司に気に入られる立ち回りのできなかった者などが追いやられており、佐藤はそのメンバーの中でも最下位だろうが相応しい場所に思えた。


佐藤もそこに居る方が気楽であろう、と。仕事も単純で尚且つ、やってもやらなくても構わない様なものしか無い。

会社に全く貢献していないのに、金を貰えて羨ましい身分だ、と内田はその実全く羨んではおらず彼に関わらずに済んでホッとしていた。


いつものように仕事を終えた内田は自宅で食事し風呂に入って床についた。

先週取りかかり、最近終えた仕事が欠陥だらけであるとクライアントから連絡があったと社長に告げられた。

あの仕事に取りかかった頃は未だ佐藤がいたのだが、急ぎの仕事で失敗するわけにいかないからとすみに追いやり一切彼には触らせなかった。

自分含めて、優秀な職員のみで仕上げたのだ。

なのに仕上がってから次々と失敗を指摘されている。

あの佐藤に違いない、徹底的に排除しておいたのにこっそり隠れて余計な事をしていたのだ、全く…

腹を立てていたが、すぐに気分を切り替えて深い眠りについた。

それから数分経ったろうか?焦げ臭い臭いで目を覚まし、気付くと部屋の中が燃えている。


それから先、どうしたのかよく覚えていない。

こうして生きているので、脱出に成功した事は確かだった。


奇しくも、社長を含む自分の職場の連中皆が同じ日、同じ目に遭っていた。

亡くなった者もいた。子供や配偶者、家族を亡くした者、身体に障害を負った者も。


しかし、佐藤のいた閑職の者ばかりのエリアでは一人も火災に遭っていなかった。

そして佐藤が行方知れずとなっている。


警察は佐藤を怪しみ、捜索したが自宅はもちろん親戚、友人宅にもいなかった。

自宅を捜索した結果、彼が金目のものを全て処理し持ち去っていた事が分かり疑いはますます深まった。

その後間もなく、火災のあった夜に佐藤が出国していた事が判明した。海外へ飛んだのだ。


佐藤が見つかったという話は聞かない。もっと言えば、警察が海外まで佐藤の行方を追っているとの話すら聞かなかった。

要人でもない人々の被害のために、警察は帆走しない。佐藤は逃げ切ったのだ。


散々迷惑かけて足を引っ張り、役立たずなのにそれでも会社に置いてもらって、金まで貰ってたのに…恩を仇で返しやがって!

内田は腹を立てた。


職員の多くに災害が降りかかるという出来事から、不吉なものを人々は感じるのか会社が倒産した。


内田は火災によって大火傷を負い、日常生活に支障が無い程度ではあるが、前のように俊敏に動く事ができなくなった。

また、顔面にもケロイドが残り、行き交う人は皆彼から顔を背けた。


不景気の最中、一件の工場でようやく雇ってもらえた。

仕事内容は単調で、時間が永遠に感じられ鬱々とした感情が澱のように溜まっていく。


火傷の後遺症から、以前の様には動けない内田は職場でよく物を蹴り飛ばしてしまったり、壊してしまうなどで周囲から迷惑がられていた。


ある日、完成した商品を誤ってバラバラにしてしまった内田に先輩は言った。

「他の優秀な職員はお前に足を引っ張られてるんだぞ!役立たずのくせに置いてもらって、おまけに金まで貰って…恩を仇で返しやがって!」



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