見えた光明

「くっ、野蛮人がぁ……」

 飛んできた檻に驚き、倉石は派手に転んだ。ガラスの破片が辺りに散らばっている。手を傷つけないようにゆっくりと立ち上がる。体を強く打ったようで、腰をさする。

「あんなやつに…私の実験を邪魔されてたまるか…」そこで、倉石は手に持っていた制御用のコントロール端末が無いことに気づいた。さっきの衝撃で落としたのだろう。慌てて辺りを見渡すが、見当たらない。

「な、ない…。どこだっ」

 足でガラスの破片を払いながら、床を探す。机の上なども見たがどこにもなかった。


「探しもんはこれか?」

 下から煙介の声がした。上から覗いてみると、真下にいる煙介が端末をひらひらと見せつけていた。

「き、貴様…それは…!」

「大事なもんならしっかり持っとけよ」

 そう言いながら煙介は端末を触りだした。画面には色々と押すところがあるが、全部英語で書かれており、煙介は顔をしかめる。

「なんで英語なんだよ…、日本だぜ?ここは。ええっと…」

「取り上げろっ!!」

 倉石の命令で、勇太が一直線に煙介に飛び掛かってくる。煙介は一度端末から目を離し、その場から離れる。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハアアアアアッッ!!」

 勇太は一心不乱に両手を突き出し、煙介に詰め寄る。やがて勇太の右手が煙介の喉元を掴んだ。

「ぐ、カッ…アァ…」

 遠慮ない力で喉を押さえられ、煙介は苦しそうな声を上げる。勇太がそのまま押し倒し、端末に手を伸ばそうとした時、


「草刈さんっ!!」

 聖が煙介の元に走り、そのまま手に持っていた端末を取り上げた。虚をつかれた勇太は聖の方を向くと同時に煙介への手を緩めた。

「ゴホッ、ゴホッ…、ハァッハァッ…、聖!」

「私だって、なにもしないわけにはいきません!…えっと、止めるボタンは…」

「聖!来るぞ!!」

「!!」

 勇太はグルンと方向を変え、聖に突進していく。聖は背中を見せず、少し体勢を低くし、体を半身にして、勇太をじっくりと見据える。

「危ねぇ!」煙介が助けに行こうと駆け出そうする。だが、もう勇太の目と鼻の先に聖はいる。聖に向かって勇太が腕を振りかぶったときだった。

「ッ!」

 聖は勢いよくに右方向に駆け出した。突然のことで勇太も対応できず、伸ばした腕が空を切る。聖は勇太から距離を取り立ち止まると、

「勇太っ、鬼ごっこするよ!勇太が鬼だからね!」そう言って再び走り始めた。勇太もそれを追う。


 煙介は少々呆気に取られていた。それは聖の鬼ごっこ発言ではない。聖のだ。スピードでいえば、もちろん勇太の方が早い。それは煙介も味わっているので分かる。あっという間に距離を詰められるのだが、注目すべきは聖の動きだ。勇太の手が届きそうな所でひらりと躱して、即座に距離を取ってしまうのだ。直線的な勇太の動きに対して効果的らしく、聖が勇太に捕まることはない。

「そういや、事務所飛び出した時も足早かったよな…。っと、感心してる場合じゃねぇ」聖の逃げ方が上手いとはいえ、いつ捕まってしまうかは分からない。煙介は煙草を取り出すと、逃げ回る聖に向かって、

「聖ぃ!!こっちまで走れ!」

「っ!はいっ!!」

 聖は煙介の声に反応し、キュッと方向転換する。その動きに勇太はついていけず、またもや手は空を切った。

「ガアアアッッ!」勇太は苛立ちを隠せないのか地団駄を踏む。

「グッ、何をしてる!さっさと取り返せ!間抜け!!」倉石も苛立っているようで語気が荒い。


 全速力でこちらに向かってくる聖を確認すると、煙介は息を吐き切り、煙草に火を点け、

「“壁の煙草ウォール・シガレット”……」フィルタギリギリまで一気に喫い上げた。

 聖と煙介の距離は残り十メートルほど、その後ろでは勇太が聖に向かって飛び掛かろうとしていた。

 煙介は口を開かずに指で自分の後方を指した。これから煙介が何をするのか聖には分からなかったが、構わず一目散に走り、煙介の横を駆け抜けた。

 勇太はものすごいスピードで聖までの距離を詰めてきたが、そこに煙介が割って入り、

「“煙穹窿スモークドーム”!!」勢いよく勇太に煙を吹きかけた。煙はみるみる勇太を覆い、ドーム状を形成した。

「ガ?グゥゥ…アアアアッッ!!」

 閉じ込められた勇太は訳が分からず、手当たり次第に壁を殴り始めた。

「長くは持たねぇぞ。聖っ!」

「は、はい」

 聖は端末の画面を見る。そこにあるボタンを上から順に見ていく。すると、下の方にSedation鎮静化というボタンがあった。

「ん?そいつか?」

「た、多分そうです!」

 そうこうしてる内に煙穹窿スモークドームが徐々に崩れ始めている。

「時間ねぇぞっ」

「お願い…勇太!!」

 聖は勇太に端末を向けてボタンを押した。すると、さっきまでの勇太の叫び声がピタリと止んだ。


「……止まったのか?」

 煙介は警戒しつつ煙穹窿スモークドームを凝視する。やがてドームは上からゆらゆらと煙が上がりはじめ、毛糸をほどくように形を崩していった。中が明らかになるとそこには、勇太が倒れていた。

「っ…勇太!」聖は煙介が止める間もなく勇太に駆け寄った。ゆっくりと頭を支え、抱き起す。勇太は目を瞑り、気絶している様子だった。聖が口元に耳を近づけると、呼吸音が聞こえ、彼女は安堵した。

「良かった…、本当に…」

 心の底からそうつぶやく聖を見て、煙介も一先ず胸を撫で下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シガレットヒーロー 池本 拓夢 @i8423grtu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ