激突
「貴様は…、こそこそと嗅ぎまわっていた奴だな」
倉石は煙介に怪訝な視線を向ける。
「テメェだな?倉石ってのは?あぁ、名乗らなくていいぜ。見れば分かる。陰気臭くて、幸が薄そうで、しょうもねぇ悪事しかできそうにない
「こいつら、返してもらうぜ」聖達を指しながら倉石を睨みつけ、低い声で言い放った。
「フン、単純なモノで脳が形成されているものはこれだから困る。馬鹿正直にこんなとこまで乗り込んできおって。この状況は貴様にとって不利でしかないぞ」
「そう思うかよ?お前との距離はゼロといっていいんだぜ」
煙介は倉石の胸倉を掴み、右手に煙を纏う。
「あとはこいつをお前に叩きこむだけだ」
「フ、フフッ。だから単細胞なのだよ。私がなぜこんなにも余裕なのか分からないのか?」
すると突然、ギィギィと鉄が強引に伸びるような音がした。
「勇太っ!」
そこには鉄格子を強引に開く勇太の姿があった。ものすごい力で檻の一面の鉄格子を押し広げ、そこから這いずりでてきた。
「ガ、アアァ…」
「ぐっ…おいっ、さっさとやれっ!」
倉石の叫びに答えるかのように勇太は煙介に飛び掛かり、そのまま押し倒した。
「能力者との実戦データを取らせてもらおう」
倉石はその場を離れ、足早に部屋から去っていった。
「ぐおおぉ…クソッ、めちゃくちゃ力強いなっ!」
「ガウッ!ガアアアァァ!」
煙介はマウントポジションを取った勇太の両腕を抑え込むが、強い力で振りほどかれそうになる。
「勇太っ!お願いっ、もうやめて!!」
聖は必死に呼びかけるが、勇太が反応する素振りはない。自分の声はもう届かないのではないかという思いが聖の頭をよぎる。
「おい……、姉ちゃんを心配させんなよっ」
「グアッ!?」
煙介は咥えていた煙草を勇太の顔に向けてプッと吹きだす。火種が顔に当たりそうになり、勇太は一瞬怯んだ。
その隙に煙介は勇太の体を蹴っ飛ばす。数メートル後方に飛ばされたが、勇太はすぐに立ち直り、煙介を睨む。
「やれやれ、どうすっかなぁ…、思いっきり殴るわけにもいかねぇし」
「草刈さんっ、倉石が、勇太をコントロールするリモコンを持っています!!」
聖が指さす部屋の上部にはガラス越しの倉石がニヤつきながらこちらを見下ろしている。
「じゃあ、あいつをこっちに引きずり降ろせばいいんだな。…けどその前に、こいつをどうにかしないとな」
煙介の視線の先にいる勇太は荒い息を立て、今にも飛び掛かろうとしている。四つん這いでこちらを睨み、赤黒い肌、子供とは思えない不自然に盛り上がった筋肉。あの芹沢が連れていた子供よりも状態はひどく見える。痛々しい姿に煙介は眉を顰めた。
「…チッ、本当にふざけたことしやがる」
倉石の方を一瞥し、煙介は煙草を咥える。チラリとケース内にある煙草の本数を確認しながらライターを取り出す。
「……悪いな。ちょっと小突くぜ。“
煙を両手に纏い、煙介は構える。
「………こい」
「ガアアアァァアア!!!」
煙介の挑発を合図に勇太は雄たけびを上げながら飛び掛かってきた。煙介は後方に下がり、それを躱す。そして勇太の着地のタイミングを見計ってから間合いを詰め、勇太の頭上から拳を振り下ろす。床に叩きつけられた勇太は、少し怯んだ様子を見せたが、すぐに立ち上がる。
「けっこう強めにやったんだけどよぉ…、頑丈だな」
「フッ、フッ、フゥゥゥゥ……」
勇太は態勢を低くしたかと思うと、そのまま煙介に突っ込んできた。煙介が迎え撃とうと身構えると、勇太は突如方向転換し、すごいスピードで煙介の背後に回った。
「なっ!?」
「ガアアアッッ!!」
煙介が急いで振り向く前に、勇太は煙介の背中を両足で思いっきり蹴り飛ばした。
「ガハッ…」
吹っ飛ばされた煙介は痛みから苦悶の表情を浮かべる。立ち上がろうとしたが、勇太はそれを許さない。瞬時に煙介との距離を詰め、顔面を蹴り上げた。
再び吹っ飛んだ煙介は床に転がる。鼻や口からは出血していた。
「…おぉ、イッテェな……」顔の血を拭いながら、煙介は余裕そうな表情を見せながら立ち上がるもその足は少しフラついている。
『フハハハハハ、素晴らしいぞっ!能力者相手にここまで闘えるとはっ!』
倉石がガラスの向こうで高笑いを上げる。聖はそれが不快でしょうがなかった。勇太は表情はかなり苦しそうだ。このままだと勇太が死んでしまう。そう思えてならない。
「勇太!目を覚まして!私の声が聞こえる?」
聖の叫びが勇太に届く様子はない。あの子の中にもう私はいないのか。そう思えてきてしまう。勇太は煙介に容赦なく襲い掛かる。煙介も何とかそれに応戦するが、やはり子供だからか本気で戦えないようだ。次第に傷が増えていく。
「お願い…もう…」
『まだ呼びかけに応じると淡い期待を抱いているのか?ここまで来るとおめでたいものだな。あれはもうお前の弟ではない。私が作り上げた兵器だ』
嘲笑の入った倉石の言葉。悔しさと憎たらしさで聖はどうにかなってしまいそうだった。こんなやつの研究の為に勇太はもはや人と呼べないような体にされてしまった。
『この研究を機に次々に能力者を量産すれば、己の境遇に嘆く無能共も喜んで私に首を垂れるだろう!あいつはそのための足掛かりにすぎん。分かったか!ヒャーヒャッヒャッヒャッ!!』
また涙がでてきそうだった。もう無理なのではないか。頼みの煙介も防戦一方だ。このまま自分たちはあいつの研究の一助にされてしまうのではないか。また下を向いてしまいそうになったその時だった。
「泣くなよ、聖」
聖のすぐ頭上で声がした。見上げると煙介がいた。痛々しい傷からの出血、呼吸も荒い。勇太の方は動き回って疲弊しているのか距離を置き、立ち止まっていた。
「下を向くんじゃねぇ、弟を助けたいんだろ?」
「で、でも……もう……」聖の表情には諦めの色が滲み出ていた。心が潰れてしまいそうな顔をしている。
『無駄だ。こいつはもう人間には戻れない。死ぬまで私の実験に付き合わせるのだ。希望的観測など持つだけ無駄なのだよ!』
ガラスにへばりつき煙介達を見下ろし吐き捨てる倉石の言葉は聖の心にさらに重荷を抱えさせてくる。“勇太はもう人間には戻らない”認めたくない事実が容赦なく襲い掛かる。聖の体から力が抜け落ちてしまいそうになった時だった。
「…さっきからベラベラ、ベラベラとぉ…」
煙介は勇太が入っていた鉄の檻の前に立ち、右拳の煙を纏った。煙は人の顔よりも大きくなり、煙介の上腕部までを覆っていく。足を大きく広げ、体勢を低くし、左半身を前にし、体を捻る。ピタッと止まったかと思うと、
「やかましいぜっっっ!!!」
グンと体を檻の前までもってくると、そのまま思いっきり右アッパーを繰り出した。豪快な音を立てながら檻はひしゃげ、吹っ飛ぶ。その先にあるのは、
『なっ、うわあああぁぁぁ!?』高見の見物を決めていた倉石のいる部屋だった。
吹っ飛んだ檻はガラスをぶち破り、部屋の中に放り込まれた。辺りは静寂に包まれる。割れたガラスが床に落ちてくる音がしばし響いた。
「あ…あ…あ…」あまりの出来事に聖は目を丸くし、唖然としていた。
「フン。ま、ちょっとはスッとしたな」
右腕をグルングルンと回しながら、煙介はふぅと息をつく。
「聖」
「は、はい」
「俺があんな奴の思い通りになると思うか?」
「い、いえ…」先ほどの光景が目に焼き付いて離れない。聖は煙介のことをまだほとんど知らない。唯一分かるのは、普通の人じゃ考えられない無茶苦茶な事をやる人と、頼りがいのある人だという事だ。
「じゃあ心配すんな」煙草を携帯灰皿に押し付ける煙介を見て、聖はコクコクと頷いた。
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