第6話 死刑囚、お焚き上げの危機

 目と目が合った瞬間……。


「ああああああ!ぬいぐるみがっぬいぐるみが立った!!」

『やべっ』

 とっさにぼてん、と倒れる男だが、すでに時遅し。孫はしっかりと直立二足歩行のぬいぐるみを目撃していた。

「このぬいぐるみ……」

 孫は思う。

 先ほども見知らぬ男の声と共にぬいぐるみは椅子から落ちた。まるで自分から落ちるように。

 真っ赤な熊のぬいぐるみ。よくよく見れば、気味悪さもある。思い込みだろうか、しかし目撃した事実を、孫は無視しておくわけにはいかなかった。


「ばあちゃんには悪いけど、お焚き上げしてもらうか」




 12月24日、世間はクリスマス。しかし仏教的にはとくに参加する理由もなく、一部寺院では大掃除にとりかかっているところも。

 その大掃除に乗じてお焚き上げをしている寺に、赤い熊のぬいぐるみは連れてこられた。

『嫌だあああ!!!やめてええええ!!!』

 ぬいぐるみになった挙句、燃やされる。こんな人生あるだろうか。いったい何をしたというのだ(死刑になったのだ)。

 残念ながら男の体(ぬいぐるみ)はぴくりとも答えてくれない。


「こちらでよろしいですか?」

「はい、お願いします」

 とんとん拍子でお焚き上げに向かう行動力の塊のような孫は、粛々とぬいぐるみを住職に渡した。

 タイミングよく今日がお焚き上げ実行日。すでに不要なお札やお守り、人形が積まれ、準備がされている。そこに赤い熊のぬいぐるみも加わった。

「では、始めさせていただきます」

 住職の挨拶が終わり、お経が唱えられると共に火がつけられる。

 手際よく燃える炎は、男の元にも迫った。


『やだやだやだ!!!』

 二度も死ぬなど。それも燃えて死ぬなど。


「成仏しろよ」

 手を合わせる孫が恨めしい。


『うぅっ死にたくない、死にたくない』

 男はいやだいやだと叫ぶ。

 だってケーキも食べれていない。

 いいことなんてなにもない。

 ずっとずっと、飢えて一人で、死んで訳も分からず。

 まだなにも、楽しいこともうれしいこともできないのに。

 ただ苦しいだけで死ねというのか。


『……けーき』

 たべたかった。


 お焚き上げの熱がぬいぐるみの化学繊維を溶かそうとした。

 どろりとぬいぐるみが歪む。

 その瞬間、ばさっ、と水がかけられた。

 一気に熱が冷め火が消える。


「ばあちゃん?!」


 男は最後に孫の驚いた声を聞き意識を暗転させた。

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ばあちゃん と ぬいぐるみ 染谷市太郎 @someyaititarou

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