第5話

 被害者の身元はすぐに判明した。勤務時間に出勤して来なかったため、勤務先から家族に連絡がいき、過去に無断欠勤などしたことがなかったことから、心配した家族が警察に問い合わせをしたのだ。


 被害者の名前は香坂塁こうさかるい、二十七歳。青翔中学高等学校せいしょうちゅうがくこうとうがっこうの数学教師。

 被害者の経歴が記されている書類を見つめて、本城はため息をついた。被害者は自分と同い年か。二十七歳。やりたいこともたくさんあっただろう。殺されなければ、これから先も色々な未来が続いたのだ。

 隣に座っている木戸も、珍しくため息をついた。仕事一筋で、いつも苦虫を噛み潰したような顔をしている木戸も、被害者の無念を思っているに違いない。木戸の言葉尻は荒いが、本当は心根の優しい人なのだろう。本城は感動して木戸を見つめた。

 「何だ、人の顔をじろじろ見て。」

 木戸が不愉快そうに言う。

 「木戸さんにも、人間の気持ちが人並みにあるんだと思って感動しているんです。」

 「は?何のことだ。」

 「今、ため息をついたじゃないですか。被害者のことを思ってですよね?」

 木戸は、呆れた顔をして本城を見つめた。

 「お前の頭ん中は、お花畑なのか?被害者は現役の教師なんだぞ。」

 「はぁ。」

 「はぁ、じゃない。お前、現役の教師の人間関係を考えてみろ。今の教え子にその保護者。過去の教え子にその保護者。同僚教師に過去の職場の同僚。更には友人や恋人。教師の人間関係を調べるのに、どれ程の時間と労力がかかることか。」

 「じゃあ、被害者のことを慮ってため息をついた訳じゃないんですね。」

 「当たり前だ、アホ。」

 アホ呼ばわりされて、本城は憮然とした。木戸はやっぱり血も涙もないんだ。実のところは、心根の優しい人なのかもしれないと思って損した!見た目以上の、冷血動物かよ!

 本城の憮然とした表情を見て、木戸が珍しく優しい声で言った。

 「被害者に肩入れしすぎるなよ。」

 「肩入れなんて、してないです。」

 「お前は優しすぎる。長所だが、短所でもある。刑事は、時には人のむごい感情と付き合うんだ。自分の感情に引っ張られるな。」

 「わかってます。」

 「それならいい。早速、聞き込みにいくぞ。」

 そう言うと、木戸は気だるそうに立ち上がった。

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ソクラテスの憂鬱 @AOBA125

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