第19話
◇◇◇
私は今、誠悟さんのマンションで半同棲している。
あれから3週間が経つが、ここではまだ3日目。
夕飯はカレーがいいと言う誠悟さんのためにカレーを作って、帰りを待つ。
とりあえず結婚するまでは、2週間は実家。次の2週間は誠悟さんのマンションと交互に暮らしてみることになった。結婚に向けて二人での生活に慣れるためという事でもあるし、実家が心配という事もあって両方を選択した形がこれである。
玄関の鍵の音がした。
鍋の火を止めて廊下に顔を出すと大好きな微笑みがある。
「ただいま」
「おかえりなさい」
すると誠悟さんは何かを噛み締めた。
「誠悟さん?」
「仕事から帰ってきて、おかえりって言ってくれる人がいて、しかもいい匂いで迎えてくれるなんて最高じゃない?」
「じゃあすぐにご飯にしますね」
「手洗ったら手伝うよ」
荷物を置いてスーツを脱ぎ、手を洗った誠悟さんが横に立つ。
「千紗」
「はい?」
「お昼の弁当の卵焼き美味しかった」
「良かった!」
「あ、卵焼きだけじゃなくて全部美味しかったよ」
「ありがとうございます」
二人でカレーとサラダを配膳して手を合わせる。
いただきます、と声を合わせるのはまだ恥ずかしくて、そして胸がくすぐったい。
「美味しいよ」
「ありがとうございます」
誠悟さんはひとくち食べると必ず美味しいと言ってくれる。きっと失敗しても誠悟さんは美味しいと言ってくれるんだろうなと思いながら食べていると誠悟さんが、あのね、と話し始める。
「異動できるか部長と相談してきたよ」
「異動?」
何も聞いてない話しに食事の手が止まる。
「うん、あっちに支社があるでしょ?」
実家のある県と隣県の間に支社があることは知っていたので首肯する。
「そっちに異動できればさ、実家にも帰りやすいし、お義父さんも千紗も安心じゃない?」
「でもそしたら今の取引先とか! それに誠悟さんの実家から遠くなります!」
「仕事はどうにでもなるよ。それにさ、3年前からずっと本社希望出してる若手がいて、そいつと入れ替えることも出来ないでもないって人事部長も言ってたんだよね。三ノ宮の家族の方はまあ自由にしろって感じだよ。俺、三男だしね」
同棲前に誠悟さんのご実家へ行ったが、確かにお義父さんもお義母さんも『誠悟には何も期待してなかったからびっくりした〜』と笑っていらっしゃった。
『誠悟ってチャラチャラして浮ついてるでしょ? だから千紗ちゃんみたいな真面目なお嬢さんが一緒になってくれたら安心だわ〜』
とお義母さんは、私を喜んで迎えてくださったのだ。
「うちの実家には兄貴が二人近くに住んでる。だから俺は出来るだけ黒田のお義父さんの近くに住みたいんだ。いいかな千紗?」
「いいも、何も……。ウチのことを考えてくださってることがとても嬉しいです。でも無理だけはしないでくださいね? 支社に行ったら取引先も変わるし、土地の風習だって変わるんですから、環境が一変しますよ」
「大丈夫だよ。千紗が一緒にいてくれれば。千紗がいてくれるだけで俺は力が出るんだ」
誠悟さんがとびきりの微笑みを見せる。
私はその度に無駄にドキドキして困る。
「千紗こっちに来て?」
「ま、まだご飯中です」
「じゃ、食べ終わったらね?」
誠悟さんは私が否定出来ないことを分かっていてそう言うのだ。
ズルい。
でもそのズルさに私は敵わない。
いや、敵わなくていい。
だってこんなにも幸せなんだもの。
〈おわり〉
田舎に帰るので、思い出ひとつください 風月那夜 @fuduki-nayo
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