第5話 食い逃げ?

寒い夜の外だったと思う。


私は異動直後で仕事のやり方がわからず毎日もがいていて、その日もしこたま怒られてペラッペラの紙切れのような状態で家に向かっていた。家に帰っても自炊する気力は湧かない。外で何かテイクアウトして家で食べようと考えた。


家の最寄駅の近くにはあまり店がないので、一つ手前の駅で降りて、駅近辺をウロウロして某有名ハンバーガーチェーン店に入った。この店に入るのは始めてだ。店は混んでいた。


店の入り口には大きな鏡のような機械が置かれていて、どうやら画面を操作することで店員と話さずに注文できるらしい。疲れ切っていて他者とのコミュニケーションを行いたくなかった私には打ってつけだった。


購入が完了してレシートが出てきた直後、今の自分でも理解できない思考が浮かんできてしまった。人混みの中待って受け取るのが面倒になってしまったのだ。気づいた時には店を出て自宅の方向に歩き出していた。


冷たい外気に晒されながら歩く。いっときの感情に任せ、つい店を退出してしまったが、ひょっとするとかなり迷惑なことをしてしまったのではないだろうか。じんわりと不安な気持ちが広がってきた。


私がいなくなってからの店内の光景を想像する。十分も経たぬうちに、ハンバーガーとポテト、コーラの定番セットは何事もなく出来上がり、私の番号が呼ばれるのだろう。しかしながら、私は店から既に遠く離れてしまっており、返事をすることは決してない。注文してお金だけ払って帰る人間の対処法はマニュアルに掲載されているのだろうか?


駅から地下鉄に乗り込んだ。もう五、六分経つのでそろそろ注文の品が完成し、店員が私の番号を呼んでいる頃だろう。クレジットカードで支払ってしまったので、名前が店員にバレていて、フルネームが読み上げられているかもしれない。茶色い紙袋を片手に持ち、レシートと店内を交互に見渡しながらアナウンスを続ける、生真面目な店員の困り顔……。

 

なんで勢いに任せて店を出てしまったんだと後悔してももう遅く、時限爆弾を店に設置して逃走する犯人のような心持ちで帰宅した。ファーストフード店で注文しただけなのに妙に疲れてしまった!ふと気になってクレジットカードの明細をオンラインで確認した。しっかりチャージされていた。その夜は家に残っていたパンで適当に済ませた。


かなり前の話なので、あれから数年経ち、何度もその店の前を通り過ぎている。店に私を防ぐ結界が張られているような気がして、あれから足を踏み入れたことはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポンコツ人生の思い出 @sphericalcow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ