動機の証言

野林緑里

第1話

ある日、殺人事件が起こりました。


被害者はまだ高校生の少年で家の玄関の前で襲われたのです。


犯人はすぐ捕まりました。


年は四十代半ばほどの男性で何度も何度も包丁で刺すという残忍きわまりない殺し方をするとすぐに警察へ出頭したのです。


けど、なぜ少年は殺されたのでしょうか。


まじめで優しい少年で将来は父親のような学校の先生になりたいと言っていたそうです。


未来有望な若者がなぜ突然殺されなければならないのかと少年が知るだれもが愕然としました。


その動機は犯人のみが知るといったところでしょう。自首したのだからすぐに話してくれるのではないかと警察も思っていましたが、犯人は裁判で話すとだけいった以降は口を固く閉ざしたのです。


なぜいま言わないのかと尋ねましたがそれにも黙秘です。


裁判であきらかにする。


そればかりいうのです。


少年を殺すまでのいきさつはすべて話すのですが、その動機は決して語ろうとはしません。それは弁護士にたいしてもそうでした。


なぜ殺したのかと聞くも法廷であきらかにしますというばかりです。


本当にあきらかにするのでしょうか。


そこでも黙秘を貫くのではないかという疑心暗鬼もありましたが自首してきたのだから犯人の言葉を信じるしかありません。


そして、裁判がはじまりました。


そこにはもちろん少年の両親も来ていました。少年の両親は男に憎しみの眼差しを向けながら裁判のなりゆきを見守っていました。


そして裁判官が質問します。


すると男は淡々と答えたのです。


「あの子はいい子なんでしょう。まじめでやさしくて親のことも大切にしている。友達ともよいつきあいをして、部活にもはげんでます。どこにでもいるごく普通の高校生なのでしょうね」


「そうだ! あの子はいいこだった! 夢もあった! それをあんたは壊したんだ」


父親がそう叫びました。


「静粛に! 続きをいいなさい」


裁判官の言葉で父親は悔しさを滲ませながらも口をつぐんだ。


「そうですね。あの子には夢があったでしょう。これから明るい未来もあったでしょうね。けど、息子にも将来があった!!」


淡々と話をしていた犯人の声が当然荒くなりました。


「息子はまだ高校生だった! 将来は人のや役にたつ仕事をしたいんだといつもいっていたんだ! けど、息子は自殺した! いや殺されたんだ! 息子を散々苦しめて自ら命を絶つように追い詰めたんだ!」


犯人は徐々に興奮していきました。


「そして、こいつは!」


犯人は被害者の父親に人差し指を向けました。その眼差しは憎悪に満ちておりました。


「こいつは“ひとりの将来よりも十人の将来が大切”だといったんだよ! こいつは息子の命を軽んじた! こいつのせいで息子は2度も殺されたんだ! 」


そう叫び続けました。


被害者の父親の顔色はみるみると青ざめていきました。


それでも、その父親はなにを謂われているのか理解しているふうでもなく、犯人の勢いに押されているといった感じです。


ようするに犯人の標的は被害者ではなく、父親だったようです。父親に激しい憎しみを抱き、その大切な息子を自宅前で殺したといったところでしょう。


「どうだ? どうだ!? 息子を失ってどう感じた? 」


犯人は父親につめよろうとします。


されどすぐに両腕を拘束されそう以上は父親のほうへとは近寄ることはできません。


「本日の裁判はここまでにします」


見かねた裁判官はそうつげると犯人はそのまま引きずられるように裁判所をあとにしました。


そのあいだにも叫び続けます。


「どうだ! つらいか! 苦しいか!

ハハハハ。苦しめ! 苦しめ! 私の苦しみを味わえ!! 息子を失った苦しみをあじわえ!! ハハハハ」


それは何とも言えない叫びでした。


果たして復讐を果たして満足したのでしょうか。それとも虚しさだったのでしょうか。


それは本人ではないのでわかりません。



ただこの裁判をみていた私にとっては凝りの残る事例ではありました。














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動機の証言 野林緑里 @gswolf0718

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