ブラックカード

あつこ

第1話

ある夜、孤独な少年は金が底をつき、耐え難い空腹に苦しみながら街を歩いていた。持っているのは小さなナイフだけ。身を守るために持っているそれは、いつどこで拾ったものか覚えていない。

そんな中、目に付いたのはホカホカのたい焼きをブラックカードで買っている裕福そうなスーツの男性。少年はたい焼きの甘い匂いに釣られて彼についていく。

人気のない道に入ったところで、少年は後ろからその男性を刺し、財布とたい焼きを奪う。その男性は絶命の間際に少年を見て目を見開く。そして微笑し、「が……」と言いかけたところで、少年は逃げ出していた。見覚えのないビルの光が、少年を照らしていた。暗い路地を出て空を見上げたが、その光は消えていた。


走って走って遠くに来て、たい焼きを貪り食い、奪った財布を開けるとそこには数枚の諭吉とブラックカード。少年はそのカードを取り出す。クレジットカードは、裏に署名がないと使えないことは知っていた。しかし、このカードには署名どころか裏側は真っ黒で、書く欄すらない。


しばらくして現金が尽きた少年は、恐る恐るクレジットカードを使う。なんの問題もなく使えたブラックカードに、少年はほっとする。


ブラックカードで服を整え、外見を綺麗にし、部屋も借りた。請求が来ることはなく、あの事件のこともニュースにすらなっていない。少年はカードで豪遊するようになる。


豪遊も飽きた。次は何をしようか。少年は色々なことに手を出し、殺人の罪悪感に苦しみつつも、最終的に大企業の社長となり文化的貢献や災害救助支援などを行うようになる。都心の一等地に高いビルを建て、それは〇〇タワーと呼ばれていた。

いつしかブラックカードは出番を失っていた。


そして、定年退職し余生を過ごそうとしたころ。出てきたブラックカードに懐かしさと畏怖の念、そして罪悪感と感謝を覚え、彼はそれを持って街に出る。かつてのたい焼き屋はまだ営業していた。店主はあの時の親父の息子だろうか?かつて見た時と何も変わっていないように思えた。街もそうだ。あの時と何も変わっていないような…

「たい焼きを四つください」

「はいよ」

ブラックカードで支払いを済ませ、道を歩いていく。その時、背中に激痛が走った。

倒れ込んだ彼が見たのは一人の少年。見覚えのあるその姿。そうか、この子はあの時の…

「がんばれ、よ……」

ここまでの道程は厳しいものだったから、せめて餞の言葉を。

〇〇タワーの光はなく、あるのはまだ暗い空だけ。しかしいつかそれはそこに建つ。

未来の空。それが最期に思い描いた景色だった。


少年はブラックカードを持ち走って逃げ、たい焼きを貪り食い、そして現金が尽きた頃にそのカードを使った。署名のないカードは、何事もなく通った。

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