第15話:新聞サークルの怪異祓い

 直後に何かの瓦礫が耳に届いた。

 なんだろうと考える必要はなかった。

 ぼく自身が、廃墟の壁にめり込んでいたのだから。


「カハッ……」


 気づいた時には背中から今まで味わった事のない衝撃が迸り、ぼくは口から血の塊を吐き出した。

 なおも胃から込み上がってくるものが止まらない。

 頭の中がぱちぱちして、視界が点滅を繰り返す。


 何……がっ?


「上杉君!」


 ……なんで?

 秋野先輩を救う気でいたのに。

 ……先祖から…………刀を賜………………ったのに。

 なのに……ただ……の一撃も…………入らな……いなんて。

 …………視界が……揺れ…………。


「……………………ノ…………」


 誰かの声が……、妙にぼくの耳に残っていた。


  *  *  *


「……!」


 誰……かに……揺さぶられて……いる?

 ……誰に?

 ……誰が?

 ぼくを呼んで?


「……氷……氷濃!」


 この声は……秋野…………先輩?

 なん……で――


「氷濃ぉ! 今まで勝手に、無理やり連れ出していたの謝るから、ワガママ言っていたの謝るから、死なないでぇぇぇーー! 起きてぇぇ」


 秋野先輩の……手?

 なんだか……とても熱い。

 ……フフッ。

 そうですね。

 秋野先輩、いつもめちゃくちゃでしたもんね。


「まだまだ……、死にませんよ」

「氷濃!」


 擦れる声でぼくが瞼を開けると同時、涙ぐんだ秋野先輩に抱き着かれた。


「いたたたっっ」

「あっごめん!」


 死ぬほど痛いと、死にそうは別ですからね。

 まぁ、起き上がったところであの邪視は、倒せそうにありませんけど。

 さぁて、どうしたものでしょうか。


「あの怪異、斬れる?」

「……どうしたんですか、いきなり? ゴホッ!」


 秋野先輩が……そう言うことを言い出すなんて。

 斬ったらあの怪異……、写真からも消えてなくなりますよ。


「……ごめん氷濃。あたし、本当に馬鹿だ。体を第一に言われたのに。危険な所に行ったせいで、氷濃に、怪我させて」

「……そういえば、そうでしたね。なのに……山の神に喧嘩を売って、こんな邪視がいる場所に……二回も策もなしに…………駆け出して行って」


 後半ほとんど……、取材? とハテナマークを付けたくなるほどでしたよ。


「いつもワガママに氷濃を振り回して。その度に取材だなんだって、氷濃に手加減してって無茶ぶりして」

「そのせいで、ゴホッ! 生活リズムが一時期崩れましたよ……。毎回、ぼくからすれば……こんな命がけなのに……。手加減とか、できる訳、ないじゃないですか。超人じゃ……ないんですよ?」

「ごめん氷濃。本当にごめん。それと、ありがと」

「……秋野先輩」

「だから氷濃。あの怪異を斬って。お願い!」

「……秋野先輩。……本物ですか?」

「……えっ?」

「あの、毎回……自分の夢を信じて、唯我独尊で、突っ走る秋野先輩が………………」


 いや確か……今回の邪視は、精神に直接影響のある怪異……あるいは。


 そうだ。

 そうですよ。

 秋野先輩がこんな、真剣な表情でぼくに謝るなんて……、あるはずがない。

 ってことは……、ぼくが望んだ幻覚?


「ちーがーう! 流石に今回ばかりは失礼が過ぎる! これ終わったら、また明日から新しい怪異を撮りに行くよ!」

「せめて……、半年くらいは……休みたいものですけどね」


 ぼくは超人ではないので。

 怪異を斬れる。

 一般大学生なので。

 そんな事を言い合っていると、秋野先輩が嗚咽を漏らして急に頭を抑えだした。


「あ……ああっ!!」


 邪視が秋野先輩から……、何かを吸い上げている? 


「なっ……、なにがッッ…………?」

「助けて……濃!」

「どどど……どうすれば…………!」


 こうしている間にも、何か変な気が秋野先輩から、邪視へと流れていっている……。

 どうすれば……、とにかく邪視を――


「……ッッァァ!!」


 全ての力を使い切る勢いで、全身を伝う激痛に逆らい、ぼくは立ち上がる。

 骨が、体が、思うように言う事を聞いてくれない。

 それでも……、やるしか!


「――――ァァ!」


 頭が、ビキビキするっ!

 脳が、割れるっ!

 ――ぼくがぼくじゃなくなる!


「――――ッッ!!」


 それでも……やらなきゃっ!

 ぼくがっ……! やらないとっ!

 けど、ぼくの意志とは逆に……木刀が入らない。

 ダメ……、もう。


「邪視が、記者に入った呪いを吸い上げている? より強く、より呪うために。一体何を憎んだらこうなる」


 やっぱり……邪視は――しまっ!!

 邪視が腕を大きく振って作り上げられた暴風によって、ぼくは再びボロ雑巾のように転がった。


「――がぁ」


 秋野……先輩。

 もう、顔が青く……。

 邪視に……。


「助手が頑張っているのに……、記者のあたしが……これじゃあね」

「秋野……先輩っ」


 そう息も絶え絶えといった秋野先輩が手を広げ……、お守り?

 何か……不思議な感じだけど。


「ははっ、ホントにあたし……馬鹿だ。怪異を斬れる、氷濃の刀を……折らせ……て」

「違いますよ……。あの刀自体は何の能力もありません。ですから――」

「…………それって、余計にすごい……じゃん。氷濃……なら、例え木刀でも…………」

「刀と……木刀は……」


 木刀と刀じゃあまりにも違う……。切れ味が……。安心感が。


「……怪異は……物理的に――」

「秋野……先輩? 秋野先輩」


 秋野先輩が……目を落とした。

 ……そんな。そんな。


 ……許さない。

 けどぼくには……。

 なんで先祖は……こんな木刀なんか。


「上杉君! 早く逃げろっ!」


 ……そうだよ。

 怪異なんて……、斬れないのに。

 怪異は……、物理的に斬るなんて事……できるはずが……。

 物理的に……斬れるはずが……。


 ……そう言う事ね、先祖が言いたかったのは。

 秋野先輩が……言いたかったのは。

 顔色悪いけど……。

 けど、今ならまだ……助かるかも。


 力が……全然……入らないや……。

 けど……、好都合!


 ぼくは、酔っているかのような足取りで立ち上がる。

 血が出てないのは……好都合なのだろうか。

 

 そういえば、準備運動……してなかった。

 そりゃ……、体が壊れるわけだ。


 ……この木刀、今になって思ったけど……振りやすい。

 こんなって言って……ごめん先祖。


 ぼくは肺いっぱいに空気を吸い込み叫ぶ!

 自分を奮い立たせるために。

 必ず勝つために。

 秋野先輩との約束を守る為に。


「ぼくは上杉氷濃! 新聞サークル、秋野先輩の助手であり、先祖の一番弟子! 今回は緩めに、助手として、怪異祓いと行きますか」


 ぼくは、地を蹴って駆け出した。


 邪視が八つある瞳の内一つを向けてきた。

 呪いからか次々と、瓦礫や水、地面がぬかるみ、邪悪な気質が嵐となって邪魔をする。

 生きる気力ではない。

 命を狩る死神が本格的に動き出したのだ。


 相変わらず精神作用が激しい。

 頭が割れる。

 ビュンビュン邪悪な嵐がぼくをすり抜ける。

 鼓膜を無視し、高音が直接脳を貫いてくる。


 けど。

 こんな時こそ焦らない。

 こんな時こそ、急かさない。


 ……なんだろう。

 木刀なのに、不思議な力を感じる。

 ぼくの中にある何かが、木刀へと流れ込んでいくような……。


「神木の祝、丑の刻参りの呪。木は霊力が宿りやすいんじゃよ。怪異といった類には、刀よりも効果覿面なんじゃ」


 こういう事だったんだね、先祖が言いたかったのは。

 やばい、こんな状況なのに感激してる!

 厄を斬り裂き突撃していたぼくは、遂に邪視の懐へと潜り込んでいた!


「――――――――――?!」


 なおも邪視はぼくに腕を振り下ろしてきた。


 けど、もう遅い!


 キィーンっと、一筋の軌跡が走った。

 何よりも早く、緑の光を一瞬だけ残して。


 攻撃が当たるよりも先に、――ぼくは邪視を斬り裂いた。


  *  *  *


 その場で蠢き、体を抑えて苦しむような動きを見せる邪視。


「――――――――――!」


 崩れ落ち、無我夢中に地面へと手を伸ばしては土を掴んでいる。

 どうやら、立ち上がれないようだ。

 頭に直接響く音も、徐々に小さくなっていく。命の灯が消えかかっているようだ。


 ぼくはとどめの一撃を、邪視へと振り下ろす。

 何か線のような物がプツンと斬れる感触と共に、邪視から魂の花びらが狂い咲いた。

 邪視を倒したと同時に、崩れ落ちた秋野先輩へと、ぼくは急いで駆け寄った。


 ――その顔は青かった。

 死人のように……、真っ青で。

 なんで? 邪視を倒したはずなのに。

 どうしたら……。


「伊藤さん! どうなっているんですかこれ!」

「恐らく、邪視に呪いを吸い上げられたことで、活性化してしまったのかもしれない」


 そんな……。


 それじゃ秋野先輩は……。

 やるせない気持ちに、怒りのままにぼくは地面を殴りつける。

 こんな事をしても、無駄だと分かっているのに。


 いや、落ち着け。

 こんな時事落ち着くべきだ。

 ぼくならやれる。

 やれるはずだ。

 怪異を斬れるぼくなら。

 例え、呪い相手でも斬り裂ける。


「ふぅーーー……」


 こんな時こそ、肺の中の空気をすべて吐き出す。

 目を閉じ深呼吸。


 ――見えたっ! 


 秋野先輩の中に渦巻く、不安な気をばらまく呪いの塊。


「秋野先輩、戻ってきてください!」


 突き立てた木刀。

 全ての事件が終わりを告げる、ガラスの砕けるような音が、廃墟中に響いたのだった。


 *  *  *


「氷濃ー! またダメだったよぉ」

「最近めっきり減りましたもんね、怪異」


 邪視の事件が終わった後でも、しばらく多かったはずなのに。

 ある時を境にめっきり減ってしまって……。

 ぼくたちが真相を知る事はもうないだろう。

 予想はつくけどね。

 多分、伊藤さんのいう特殊事例特務科が何かやったんだと思う。

 本当に多分でしかないけど。


「それよりぼくとしては、……またいるんですか?」


 壁に寄り掛かっている伊藤さんへと、ぼくは目を向ける。

 あの邪視事件以来、何故か新聞サークルに度々姿を見せるようになった伊藤さん。


「そう言わない。新聞サークルを解散しなくて済んだのは、海斗さんのおかげなんだから」

「そうなんですけどね」


 特殊事例特務科の人がいつまでもこんなところにいていいのか。

 初めてサークル教室に来た時は、怪異の写真をいっぱい持ってきて、それで記事を書けって言ってきたからね。

 ホントに撃退できているのかってレベル。


 そういうぼくたちも、あんな邪視の事件が起こったのにも関わらず、前と同じように怪異を撮影しに行ってたりする。

 普段通りの日常を噛み締めながら。

 平和とは程遠いけど、すっごく平和だ。


「俺としては、解散しない方が見張るのに楽なだけだ」


 それがこの人の言。

 実際、人が集まる記事が書けたとはいえ、メンバーが増えなかった。

 本来なら解散するはずだったのに、それがこの人か、それとも上から何かがあったのかは知らないけど、こうして特に何も言われないで済んでいる。

 怪異よりも、ぼくとしてはこの人の方が何倍も怖いね。


 そう告げた伊藤さんの元へ、一本の電話が鳴り響く。

 伊藤さんは、しばらく受け答えをして電話を切る。


「怪異が現れたそうだ、場所は――」

「どこどこ! 場所は! 日時は! どんな見た目!」


 大量発生していたのはめっきり減ったみたいだけど、完全には収まっていない。

 時々こうして、怪異の目撃情報は相次いでいる。

 秋野先輩は目を輝かせて伊藤さんに詳細を聞くと、ぼくの方に振り向いた。


「行こっ、氷濃! 早く早く!」


 あんな目にあったというのに、怪異に殺されかけたというのに。

 本当、前と変わらずいつも通り。

 怪異が現れれば撮りに行き、それを元に記事を書く生活。


 おんなじことが起こっても、ぼくが何とかするから大丈夫だとかなんとか。

 その時点で撮りに行っているのと、明らかに違うような気もしますけどね。

 気づいているんでしょうか、秋野先輩。

 

 絶対、伊藤さんにいいように扱われているだけなのに。完全に斬って来いって意味じゃないですか。

 それはともかく。


「助手! 置いてっちゃうよ!!」

「はいはい。今行きますよ」


 ついていくとしますかね。

 このワガママな先輩のとこに。

 今楽しいこの時間に。


 ぼくは立てかけてある木刀が入った袋を手にすると、急いで秋野先輩の後を追いかけた。

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新聞サークルの怪異祓い メガ氷水 @megatextukaninn

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