第14話:木霊刀
「ごめん、先祖」
反射というか、習慣というのは怖い。
サラッと謝ってしまう位に。
先祖は深く、溜息を吐いた。
「神が相手じゃなければ、それで別に良いがの。前も言ったと思うが、少しやんちゃなくらいが可愛らしいもんじゃ」
「ぼくもう二十歳なんだけど」
「儂らからすれば、二十歳も百歳も小童みたいなものじゃ。それに、そんな扱いをされたくなければ、相応の行動をするんじゃな」
むぅー。
先祖は堀の深い顔でそう笑うと、お茶を両手にはるか上空を見上げた。
「今日は荒れるの」
……邪視。
そこに、秋野先輩は――。
「先祖。先に謝ります。ごめんなさい。ぼく今日は――」
「行くんじゃろ」
ぼくの心臓が、もう何度目かは分からないけど高鳴った。
「うん。けど先祖――」
「ちるのちゃんはどうしたい?」
いつもと変わらない、先祖の顔。
その眼はぼくの体を、心を貫いていた。
きっとまた、秋野先輩の記事を奪うことになる。
また秋野先輩の新聞を駄作にする。
また、秋野先輩を危険に晒す。
けどぼくは――
「行きたい」
あの騒がしく、暇出来ないあの日常に。摩訶不思議な日常に。
なんだ、あの時と変わらない。
ぼくは、秋野先輩についていく。
「そうか。良しっ、ちょっと待っておれ。刀の代わりを持ってくるからの」
「というより先祖、ストーカー? 流石にぼくの事情知りすぎだよ?」
「いろいろあるのじゃよ。ちるのちゃんの出会った怪異如き。儂からすればみな童みたいなものじゃ。もちろん、キッチリとあのなりそこないにもお礼をしておいたからの」
そう得意げになった先祖が手のひらを開くと、どこかで感じたことがある……呪い?
って、えっ?
いやいや確かにこの感じはあの……。
嘘だよね先祖? えっ? マ? マなの?
「ちょっと止めてよ先祖! 嘘だよね? それ流石に嘘だよね?」
「さぁて、どうじゃろうな」
先祖はゴミのように神モドキの呪を放り投げ断ち切ると、道場の方へと戻っていく。
……今更だけど、ひょっとしてぼく、今までのどの怪異よりも危ない人を師匠に持っていたのかな?
* * *
「ほれっ、ちるのちゃん」
先祖に手渡されたのは……木刀?
刀に擬態している……種ではないね。
試しに刃に触れてそのまま滑らせても、ぼくの手は斬れないし。
……普通の木刀だ。
何に使うんだろこれ、と考えていたら先祖が口を開いた。
「神木の祝、丑の刻参りの呪。木は霊力が宿りやすいんじゃよ。怪異といった類には、刀よりも効果覿面なんじゃ」
霊力?
確か霊媒師たちが持っている力だったっけ?
これが多いと幽霊が見えやすくなったり、除霊できるようになったりするあの。
そういう人を、世間一般的に霊感が強いというらしいけど。
めんどくさいから、あんまり調べたこと無いけど。
先祖はそう言ってから少し間を開け、「ちるのちゃんの勝負を急ぎすぎる要因の一つ、居合もできんしの」と続けた。
思い返せば、居合ばっかしてたなぁ。
超速で片づけられるから、ついつい癖になっていたのかも。反省反省。
次に手渡された、ぼくのスマホ。
中を勝手に覗いていないよね? と先祖を睨みつつ開いてみると、一通のメールが届いていた。
『あたしは、氷濃を邪魔だと思ってないよ! 言いたいことは山ほどあるけど、とにかくごめん! お願いだから、戻ってきてぇ!』
……はぁ、悩んでいたのが馬鹿らしくなりますね。
ほんと、ぼくは何に悩んでいたんだろう。
ささっと私服に着替え、ポケットからゴムを取り出して長い髪を束ねる。
「それじゃ先祖、行ってくる!」
「……待っておるぞ」
振り返り先祖に頭を下げたぼくは、伊藤さんに教えてもらった場所へと駆け出した。
* * *
途中でタクシーを拾い、目的の場所へと向かって行く。
窓から見える暗雲に包まれた空は、まるでこの町の未来を暗示しているよう。
決戦の地へと乗り込むのは確かだけど、別にぼくは勇者なんかじゃない。
怪異を祓いに行く為でもない。
ぼくは馬鹿でワガママで子どもな秋野先輩の、怪異記者の助手だから。
だから行くんだ。
山の麓まで来ると、ぼくは料金を払いタクシーから降りて森に入る。
数日前くらいだというのに、懐かしい。
場所は全く覚えていないけど、ある一帯だけ暗雲が渦巻いているから分かる。
ここで何度も転びかけて、何度も息切れになりながらも走った。
あの時は間に合わなかったけど……。
秋野先輩、もう着ているのかな。
しばらく森の中を歩いていると、あの無機質な扉が見えてきた。
ここからでも聞こえる、中庭で何かとやり合っている音が。
怪異って、結構物静かで、蛇みたいに虎視眈々と獲物を狙っている奴らの方が多いのに。
今回はその必要性すらないみたい。
中は意外と綺麗な廃墟を通り、ぼくは中庭に向かう。
そこに居たのは、人だった。
全身白くて、所々の面影はそのままの人。
けど、その雰囲気は明らかに違っていた。
けど、腕や足に、オオカミだった頃の名残があった。
感じるのも異様な気。
闇そのもの、とでも呼称した方がいいのかも。
どこかに見覚えのある人は……伊藤さん発見
「伊藤さん。秋野先輩は?」
「来てくれたか、上杉君。あの記者なら、廃墟の屋上にいるよ。安全だからね」
その時、パシャッとフラッシュが迸る。
変わらないようで何より、といったところですかね。
「アアアアアアアアアアァァァァァァァ」
この声っ。
この感じッ。
「邪視とご丁寧に名前がついているが、変異しすぎてもう相手を見る必要性すらない存在へと変異している! 今は何とか上の、神主たちの協力で外に漏れないよう食い止めているが、もし町に流れ出したらどうなるか」
なんでいつの間に、町の危機に立ち向かうような話になっているんですかねっ。
一新聞サークルとして入部して、今まで怪異を斬るのではなく新聞を作るために並走して、そして今度は町が危機と。
正直、秋野先輩だけ連れ出して帰ろうとか考えていたんですけどね。
「とにかく、食い止めなければやばいって話ですね。何とかしますよ」
とは言ったものの、本当に木刀で大丈夫なのかな。
それに、この脳に直接響くこの音は……。
正直、やってられないですね。
近くに行くのも困難となると。
「そもそも、死にたくなる思いって意味分かりませんけどね」
気持ちは分かるけど、声とか近くにいるだけでそうなるってどういうことですか。
直感、習性、それとも本能? どちらにせよ、先ずは一刀。
「はぁー!」
ぼくは地を蹴り、初速で一気に駆け出した。
邪視は全くこちらに反応できていない様子。
そのまま木刀を横薙ぎに振るう直前、視界がブレた。
「あだっ」
こけた。
ぼくが?
いや、なんで?
今までそんなことは無かった。
だってまだ両の足はついている。
雨が降ったとか、そんな話も聞いたことが無い。
なのになんで。
ヒュン!
何となくで横に転がったぼくの視界に映ったのは、さっきまでいた地面に邪視の爪が刺さっていた所だった。
危ない危ない。
地面が抉れているし、あんなの食らったらひとたまりもない。
それに、今は疑問に思っている暇はないよね。
多分で片を付けるのはどうかと思うし、きっと邪視の能力かな。
離れてって!
「今度は水!?」
上から水が降ってきた。
いやいや、おかしいよね。
ここの下水は止まっているとか言っていなかったけ?
けど茶色くはない。
……まさか、天から降ってきた?
そう考えると、やっぱり相手が何かを起こしていると考えたほうが無難かな。
一度ぼくは邪視との間合いを測る。
正直不幸に見舞われるなら、何が起こってもあれなような気がするし、木刀でどこまでやれるかは分からない。
けどもう、これでやってみるしかない!
ぼくは邪視へと駆け出し、幾重にも剣筋を入れ込んだ。
一回でも多く、斬るために。
一刻も早く、終わらせるために。
斬って!
……斬れれば!
…………斬れて! 斬れてッて!!
………………ッッッ!
「避けろっ、上杉君!」
今回は本当に直感だった。
廃墟の一部が崩れ、ぼくへと雪崩のように降り注いだ。
こんなの受けたら死ぬって。
ぼくじしんただの人間なの――
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