第13話:ぼくにとっての才能

「上杉君。また会ったな」

「伊藤さんですか。またぼくに何か用ですか?」


 暇で暇で暇で暇な大学の講義も終わり、ぼくが帰路につこうとしたときまたいた。

 あの時と同じように壁に背中を付けて。

 この人って、本当に何の仕事についているんだろ。


「邪視……。あの白いオオカミの事件を覚えているだろう」


 あの事件。

 忘れるなんてことできない。

 秋野先輩が傷つき、そしてぼくが、刀を失うことになったあの事件。

 それを……、なんで今更。

 いつの間にか力が入っていた握り拳から、生暖かい血が流れ落ちた。


「そう睨みつけないでほしい。あいつがまた現れた。今度はより、強い呪いをため込んで」

「……関係ありません。ぼくはもう、怪異とは関係ありませんので」


 そう、ぼくはもうほとんど怪異とは関係ない。

 秋野先輩と、新聞サークルとはもう離れている。

 だからもう、ぼくと怪異は関係ない。

 どこで何が起こっていようが、そもそも刀を失ったぼくに何かできる訳がない。


「上杉君も味わっただろうが、あの魔眼が町全体に降り注ぐ。被害は今までに無いくらいに膨れ上がるだろう。その為にも、お前の力が必要だ」


 …………関係ないって言っているのに。

 自然とぼくの歩く足が速くなる。


「あの記者は行くみたいだぞ」

「!」


 秋野先輩が。

 またあの白いオオカミの所に行く?

 なんであの人はそう恐れ知らずというか、痛い目に合っているというのに出向いていくのか。


「あの記者は怪異と関わりすぎた。もう既に、呪われているだろうな。その状態で今回の邪視に向かおうものなら、どうなるか」


 怪異に、取り込まれる?

 いやだって秋野先輩に限って、そんなことあるはずがない。

 今までも普通に暮らしていたし、それに、誇れる事じゃないけどぼくが斬ってきた。

 斬ってきたは……ず……。

 まさか……最初の怪異ときから……ずっと。


「……そもそも、伊藤さんは一体なんですか? あの怪異について詳しいようでしたし」

「ここだと聞かれる。上杉君、お前だけには話そう」


 そう言うと、伊藤さんはさっさと歩いていく。

 廊下を歩く、他の生徒たちの声が遠い。

 ぼくは異世界にひとり取り残された気分で……、伊藤さんの後ろについていった。


  *  *  *


「天叢雲。それが俺の仕事だ」

「天叢雲?」

「怪異などの、人知を超えた不思議現象に対応する職だ」


 ……不思議現象に対応する職?

 何を言っているのかさっぱり分からない。

 けど、伊藤さんはさもこれが真実だと言わんばかりの声音で。


「世間に公にされていないが、きちんとした職だ」

「裏家業……ですか?」


 伊藤さんが腕を組んだ状態で頷いた。


「主に怪異から民間人を守る仕事をしている。撃退できる装備を持っているのはそのためだ」

「ホントに機密情報じゃないですか……。なんでぼくに」


 もう大体の予想はついているけど。


「怪異は誰かの意志、思い、怨念、感情で作られた集合体。俺達の装備でも撃退、いや、逃走するための時間稼ぎが良いとこだ。だがお前は、怪異そのものを斬り伏せた。普通はできるはずがない」


 怪異って……そんな存在だったんだ。

 ネットに広く出回って、当たり前に存在していて。

 ……今まで、浅くしか調べてこなかった。

 ほんとにぼくたちは、ぼくは、何にも知らないで……。


「もう一度聞こう。俺達の組織は、上杉君、お前のような人材を望んでいる。お前の普通とは違う、才能を望んでいる」


 さい……のう。

 才能……。

 さいのう。


「伊藤、あいつが出る場所特定したんだぜ~」


 そう言った伊藤さんの隣に、黒いフードを深くかぶった小さい何かが現れた。

 声自体は高く、見た目とは正反対に軽そうな雰囲気を隠しきれていない。

 その何かは伊藤さんに何かを耳打ちすると、再びどこかへと歩いていった。


「時間は今日の3時。邪視が出るとされる場所は、前と同じ廃墟だ。良い返事を待っている」


 それだけ言うと今度こそ伊藤さんは、ぼくを置いて、この場から歩いていった。


  *  *  *


 ぼくは、才能という言葉が嫌いだ。

 誰も彼もが、努力という言葉を口にしない。

 みんな自分には持っていないものだからこそ、才能という言葉で片づける。

 近頃スポーツテレビで、こんな言葉を良く耳にする。


「~選手は、14歳に剣道の才能が開花」


「~選手は、44歳で野球の才能が開花」


 その人はそこまで頑張るのに、どれだけの年月を費やしてきたのだろうか。

 どれだけの人達が好きな趣味に熱中している中、その分野一筋に頑張ってこれたのか。

 ぼくには想像もつかない。

 経験したことが無いから、そこまで来るための思いを。

 味わったことが無いから、そこに至るまでの挫折を。


 その高みに到達するまでの情熱と、ひたむきにならないただただ真っ直ぐな思いを。


 そんな彼ら彼女らの思いや熱意、“努力”を、“才能”というたった二文字の言葉で片づける。

 そう表現した方が楽だからだ。

 お前には才能があったとか何とかで、他に頑張って努力している人達をふるいにかけ、そして這い上がった者にまた同じ言葉をかける。


 これほど、“才能”という虚無で固められた言葉はない。


 とある記者がいた。

 その人は何というか変な人で、誤字脱字だらけだけど、記事の文体は非常に読みやすく、撮った写真も良く綺麗に撮れていた。

 怪異は非現実的で笑われるだけ、誰も本気で相手にしようとはしない。

 三文記事で捏造やらと言われても反論できなかった。


 けど彼女は、その全てを怪異だけに熱意と情熱も合わせて注ぎこんでいた。

 盲目的、魅了されたかのように怪異にしか向かなかった。


 一度、理由を聞いた事がある。

 なんでそんなに怪異を取材したがるのかを。


 その時に帰ってきた言葉を未だに覚えている。


「……えっ? だってみんな好きでしょ? 怪異。もちろんあたしも怪異は好き! 得体のしれない物って、ついつい読んじゃう魅力があるんだよね!」


 くだらなかった。

 すっごいくだらなかった。

 何かしら背景があって、それで怪異に望んでいるのかと思っていたのに。

 それがただ、好きだからという理由のみ。


 そんな理由と、新聞にはエンターテイメントが足りないとかいう変な理由で、命が無くなるほど危険な場所に乗り込む助手を探していたというのだ。


 多分、怪異を斬れるぼくじゃなかったら、ふざけるなと憤る。

 実際、興味本位で入った人があの正確に振り回されて二時間で止めた。

 なんていう逸話が残っていたりするらしい。


 けどぼくは、そのあまりにも真っ直ぐすぎる目に奪われた。

 あの人の努力に。


 だからこそ、眩しかった。

 だからこそ、ぼくは惹かれた。

 だからこそ、ぼくはついていった。


 ひたむきなまでに好奇心という本能に従うネコに、ぼくは心を動かされた。


 だから、ぼくは――


「これ、集中力が乱れておる。ここで終わりじゃ」


 ああ、そういえば先祖と手合いをしている最中だった。

 今まで集中力を切らした事なんて無かったはずなのに。

 何やっているんだろ……、ぼく。


「……ちるのちゃん。今日は早めにお茶の時間にしようかの」

「……」


 先祖が鼻歌混じりに縁側に向かった。

 今更だけど先祖という超常現象に、がっつりとハマっていたんだね。

 何が関係ない、だろ。

 手と足が習慣のせいか、勝手に準備を終わらせてくれていた。

 このまま先祖のいる縁側にまで向かう。


「先祖、努力すれば必ず夢は叶うと思いますか?」

「なんじゃ、藪から棒に。……そうじゃなー。無理、じゃろうな。絶対とは言わないが、努力すれば必ず夢が叶うという話しほど、ただの夢物語じゃ」


 いつもと変わらず湯呑を傾け、先祖が言う。

 その眼はただひたすらに上を向いていて、どことなく儚げだった。


「じゃがいくら才能を持っていた所で、天才だったとして、何かを成しえようという思い無しでは、必ずどこかで挫折するじゃろうな。そしてまた、何かに挑んでは失敗を繰り返す。そういう人種は、例え輪廻転生を繰り変えしようが変わらぬ」

「やっぱり、先祖も同じ考え方なんだね」


 そう、努力で強くなるなど所詮は夢物語。

 響きはかっこいいけどね。

 虚無で満ち溢れた才能。最終的な所で、何かの感性や、その人物にしかない強みが夢への道を分ける。

 才能が無くて頑張ってきた人、才能があって頑張ってこなかった人。

 何も知らない人は前者に努力が足りないと斬り捨てて、後者に今までよく頑張ってきたなと声をかける。


「やっぱり、才能って言葉は嫌いだなぁ」

「才能も天才も、一つの贈り物じゃがの。けど一つ訂正させてもらうかの。そういう一途に努力できる人種は、必ずどこかで成功する」


 面白い事を言うなぁ先祖。

 ぼくもそうであってほしいけどね。


「少し長くなるけど、相談。聞いてもらってもいい?」

「良いぞ。いくらでも聞こう」


 ぼくは今までのことを正直に話した。

 怪異に立ち向かっている理由や、新聞でのこと、神に立ち向かった理由など、洗いざらいすべてを話した。


 ……なんでだろう。

 ずっと、後ろめたかったからかな。

 檻から解放された気分。

 けど、これから起こる嵐の序章に過ぎないのだろうね。

 それでも。


「知っておったよ」


 ……。

 …………。

 ………………敵わないな、先祖には。


「怒ってる?」


 先祖は目を閉じた。

 あれは、一巡しているときの癖だ。

 しばらく目を閉じた先祖の隣にいるのは、なんだか死刑宣告を下されるかのようで。

 体全体に、緊張感が走っていた。

 ぼくはごくりと息を飲む。

 なんて返されるか。

 多分、怒られると思う。それだけの事をしていたのだから。


 先祖がぱっと目を見開いた。そして最初の一言目が。


「危険なことはするなとあれほど言っただろうが」


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