因果逆転剤

結騎 了

#365日ショートショート 325

「この薬物は所持しているだけで犯罪だと、まさか知らないはずはないだろう」

 取調室にて、主婦はうなだれていた。数人の刑事に囲まれ、数時間にも及ぶ事情聴取を受けているためである。

 ひとりの刑事がぼやいた。「しかし、例の研究機関も余計なものを作ってくれたよな。因果逆転剤。しかも、裏ルートで流通していたとは」

 横にいた刑事が尋ねる。「なあ、俺、いまいちよく分かっていないんだ。これを飲むと、どうなるんだい。因果が逆転する、と言われても……」

「なあ、実際に使った奥さん。答えてやってくれよ」

 しばしの沈黙の後、主婦は小さな口を開いた。

「本当に、名前の通りなんです。因果応報って言うじゃないですか。他人に悪いことをしたら、自分に返ってくるって。いじめっこが不良からカツアゲされたら、それはまさしく因果応報です。この因果逆転剤はそれを逆にしてしまいます。いじめっこが、不良に誘われた儲け話で小銭を得たりするかもしれません」

「ほう。じゃあ例えば、この薬を飲んで人を殺せば、自分の寿命が延びるとでもいうのかい」

「はい……。そうかもしれません……」

 しぃん。空気の音がする。この薬、使い方によってはどんな凶悪な犯罪に発展するか分からない。刑事たちは想像に震えた。

 椅子に座った担当の刑事は、調書を取りながら「それで、あんたはこの薬を飲んで、何をするつもりだったんだい。事前の検査によると、あんたの全身には複数のアザがあった。これは、旦那にDVを受けていたってことじゃあないのか。つまりあんたは、薬の効力で旦那を……」

 視線が集まる中、主婦は首を横に振った。違うんです、と小さな声が漏れる。

「私、その薬は飲んでいません。食事に混ぜて、主人に飲ませたんです。そうして、主人に惜しみない愛情を注いでいました……」

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因果逆転剤 結騎 了 @slinky_dog_s11

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