第4話 カーネル・サンダースおじさんはやべー奴

「ではなづなな流ふぁむチキの作り方を実演します」


「どんどんぱふぱふ!」


 なづななの家のキッチン。なづななは私服に着替えてエプロン姿だ。

 私は調理には参加しないので制服のまま。

 二か月ぶりに返ってきた私の体操着は再びなづななの家の洗濯機に吸い込まれた。

 たぶんまた新たな香りで帰ってくるだろう。


「まず鶏もも肉の皮の間などにある余分な脂を切り取ります」


「えっ!? 取っちゃうの?」


「うん。臭みもあるしグニュっとする。皮をパリッとさせたいから」


 この時点で噛んで脂が噴き出るようなふぁむチキから外れたのでは?

 そう思ったが言わない。

 この方が美味しそうだから。


「皮を下にして身に指二本から三本の感覚で斬り込みを入れます。こうすることで味が染み込みやすくなりますし、熱が入ったときに身も縮まず柔らかく仕上がります」


「なるほど」


「そしてフォークで何か所か刺しながら二本の串で刺して長方形に成型」


「串刺し!?」


「うん。串で刺しておかないと揚げたとき身が丸くなるから。あとは身がすっぽり収まる大きさの長方形の容器に入れます。使わなくなったお弁当箱などでも可」


「串ごと綺麗に収まったね」


「収めました」


 なづななは調理棚からいくつもの調味料を取り出す。

 お酒。砂糖。醤油。みりん。塩。鶏ガラスープの素。オールスパイス。ニンニクチューブ。生姜チューブ。


「学校に行く前に準備した分は、長時間漬け込む想定で醤油や塩などは控えめにしてあります。メインはお酒と鶏ガラスープの素とニンニクと生姜と思ってください。これらを適切な分量で混ぜ合わせて鶏もも肉を二十分ほど漬け込みます」


「味付け完了」


「ううん。フライドチキンは衣にも味つける。粉は片栗粉と薄力粉。味付けは塩と先ほどの鶏ガラスープの素。そして黒い粒々のコショウをたっぷり。あとは卵を割って牛乳を少し入れて卵液の準備完了」


「確かにふぁむチキの衣は味あるし、黒い粒々がついているね」


「さて先ほど仕込んだ鶏肉はまだ漬け込む必要があります」


「ではどうするの? セパタクローでもする?」


「しません。ここで今朝仕込んだ鶏肉が冷蔵庫から登場です」


「おお~長方形に馴染んでる」


「はい馴染んでいます。さて鶏肉に薄力粉、卵液、味のつけた片栗粉の順番につけていきます。フライドチキンのごつごつ感を出すために片栗粉はしっかりとつけます」


「粉を二回つけるんだ」


「粉を二回つけるし、油で二回揚げる。最初は百六十から百七十度でじっくりと。今回は鶏肉が大きいのと冷蔵庫で冷えていたことを考慮して五分ほど揚げます」


「バチバチ言ってる」


「直後はバチバチだけど少し経つと、泡も音もパチパチ落ち着いてきます」


 それから待つこと四分ほど。

 揚げ具合を見ていたのか、五分経たずになづななはふぁむチキを油からあげた。色は全体的に薄い。


「完成?」


「まだだよ美羽ちゃん。今余熱で火を通しているところ。五分ほど待ったら。今度は百八十度の高温の油で二分ほど揚げて完成」


「二度揚げだ。割と手間がかかる」


「フライドチキンは衣が命。揚げすぎもいけないし、気を遣うの」


「ふぁむチキの道は険しいんだね」


 そんな無駄話をしながら待つこと二分。

 なづななが丁寧に二本の串を抜き差し、穴から鶏の脂がジュワッと染み出る。

 まだアツアツの手作りふぁむチキをまな板に乗せて、包丁で斜めに切った。

 鶏肉だ。鶏肉の肉厚な断面が綺麗に見える。

 なづななは自信満々の表情を浮かべた。


 この時点でふぁむチキを食べたことのある人は気づくはず。

 私はすぐに気づいた。でも指摘はしない。

 今は食らうことに専念する。

 お皿に盛りつけられた半分に切られたなづなな手作りふぁむチキ。二人で半分個。テーブルには好みでかけられるハニーメープルシロップが置かれている。


「「ではいただきます」」


 まずはシンプルに一口。


 ――ザクリッ!


 心地いい音が口の中に響いた。ザクッとした噛み応えある衣。衣自体に味がついており、口の中に胡椒の刺激が迸る。

 歯にかかる弾力。鶏肉だ。私は鶏肉を食っている。歯切れの良さが感じられる肉の存在感。ただ柔らかいだけではない。肉であることの主張を忘れてはいない。噛み切った瞬間の達成感が心地いい。

 しっかりとついた下味。日本人なら誰でも美味いと感じる和の調和。後から追ってくるスパイスの風味。生姜の甘みと爽やかさ。そして食欲をそそるニンニク。それらを支えるのはやはり鶏肉の旨味だ。

 溢れるような肉汁と脂はない。そんなものは要らない。この味を楽しめ。この美味さに浸れ。

 そう諭された。


 机の上に置かれているハニーメープルシロップが目に付く。

 このチキンはすでに十分美味い。要るのか? ここに甘みを加えていいのか? 更なる幸福があるのか?

 好奇心と言う名の悪魔が囁いた。

 伸ばして腕。シロップ入れを傾ける手。量を見誤るわけにはいかない。これだけチキンにしっかりとした味がついているんだ。思う存分かけてしまえ。悪魔の主張を今度は黙殺した。

 いかに悪魔と言えど私のチキンに対するリスペクトを穢すことは許されない。

 ゆっくりと衣の上を滑らせるように線を描く。

 鶏肉に滴り落ちていく黄金を見ながら、私はもう一口頬張った。


『ファビュラス』


 それ以上の言葉は要らない。


「美羽ちゃん。美味しい?」


「うん。思わずグルメリポーターやるぐらい美味しい」


「よかった。ちゃんとふぁむチキを再現できているんだね」


「できてない。これはふぁむチキにあらず」


「……え?」


「ふぁむチキって言うのはね。噛んだ瞬間、人工的に添加された鶏油もどきが溢れ出し、手が汚れてしまわないか気にしないといけないジューシーアンドジャンクを極めた代物なの」


「じゅーしぃーあんどじゃんく?」


「柔らかく加工され過ぎて、辛うじて感じる肉の弾力。噛み切ったとき口の中に感じるのは脂と香辛料。鶏肉の旨味は鶏油頼み。断面を見ると鶏肉の層と衣と添加油の層が同じくらい。意外と鶏肉は薄かったりする」


「そ……それは美味しいの?」


「ジャンクを極めし味。そのときの体調や気候によって感じ方が変わる」


「まさかの体調と気候依存!?」


「なづななが作ったのはむしろカーネル・サンダースおじさん」


「カーネル・サンダースおじさん! あの日本で一番有名な作曲家の!?」


「おしい! それは秋元さん! カーネル・サンダースおじさんだからふぁむチキよりも百円お高い!」


「百円も!」


 ついテンション上がって適当なノリで話してしまった。

 確かなづななに言おうとしていたことがあったはずなのだが……思い出した!


「そう言えばなづなな! ずっと言おうと思っていたんだけど」


「なにかな美羽ちゃん」


「なづななが作るんだったら『ふぁむチキ』ではなく『奈々チキ』じゃないの?」


「なな……チキ?」


「あれ知らない? ふぁむりーマートではなく、セブンレイブンで売っているチキンだけど?」


「えっ!? コンビニのチキンはふぁむチキとから揚げさんだけじゃないの!? ここに来ての新概念の登場なの!?」


「チェーン店ごとで違う。から揚げさんはロンソーだし」


「チェーン店ごと!?」


「まあどのチェーン店でも味はカーネル・サンダースおじさん無双だから、なづななの勝利だよ」


「カーネル・サンダースおじさん凄い! 私はコンビニ勝った!」


 カーネル・サンダースおじさんはやべーのだ。

 なにせフライドチキンのレシピだけ持って社会進出し、喧嘩無双。ガソリンスタンドを経営し、ペイントアートで名を馳せる。またライバルのガソリンスタンド店主との銃撃戦に勝利。その際に戦友を一人失う。

 失意の中、ガソリンスタンド横で休憩スペースでカフェ経営を開始。隠し持っていた秘伝のフライドチキンが大ヒットして、ケンタッキー州からカーネル(大佐)の称号を贈られた。そんな数々の逸話を持っている。ちなみに愛犬の名前はデューク(公爵)だ。

 そんな伝説の爺さんである。


「さっき仕込んだカーネルさんの中に切り込み入れてとろけるチーズ挟んで揚げたら食べる?」


「チーズイン! なづなな天才か!」


「コンビニに勝利した記念」


 なづなながなぜコンビニを敵視しているのかはわからない。

 でもなづななの一緒にいれば、私はいずれコンビニを使わなくなるかもしれない。

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なづななコンビニエンス-コミュ症を極めた幼馴染がレジで「ふぁむチキください」を唱えることができず自宅で手作りし始めた件について- めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri

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