第3話 なづななは脳内に直接!?


 ――タラララ・ララァ♪ タララララァー♪


 お馴染みの心地よい退店音。

 なづななとの下校中に、シャーペンの芯切れ問題を思い出してしまった。

 コンビニで買うのは割高。それはわかってる。なづななからも必死に引き留められた。


『わざわざコンビニで買うことないじゃない!』


『止めてくれるな。なづなな! 行かねば! 私は行かねばならんのだ!』


 なづななを振り切り、私はコンビニに突入した。

 こういうのは思い出したときに買わないと、ズルズル忘れてしまうから仕方がない。

 ついでにご機嫌取りでなにか買おうかと迷った。けれどシャーペンの芯のみ買って出てきたところだ。

 なづななはなぜかコンビニを敵視しているから、余計な物を買うとご機嫌取りで機嫌が悪くなってしまう。

 さて、どこにいるだろう?

 あんな別れ方をしても、なづななはコンビニ前で待っていてくれる。

 そのはずなのだが。


「おっ、いたいた。……ん?」


 なづななが親の仇を見るような目でコンビニの横断幕を睨みつけている。

 背後に目をウルウルさせるチワワさえ幻視できる。

 これはかなりの本気モードだ。


 横断幕には『ふぁむチキ今なら百五十円』の文字。

 なづななとコンビニのホットスナックは相性が悪い。

 ただでさえ人見知りのコンビニ嫌い。レジ店員相手にキョドキョドして「ひゃい。それで」と噛んでまうのがなづななだ。目的のブツをレジに運ぶので精一杯。レジで店員に追加注文するなど、コンビニ玄人な真似を出来るはずがない。

 だがあの挑むような目付きはただ事じゃない。

 まさかなづななは私の脳内に直接!?


(ふぁ……ち…………い)


 小さい。もう少し大きな声で!


(ふぁむ……た…た…い)


 よし聞こえてきた。

 次こそはいける。


(ファビュラスってなに?)


「私も知らない!」


「美羽ちゃん知らないってなにが?」


 私が明らかに別人の心の声を受信している間に、なづななが駆け寄って来ていた。

 なづななとふぁむチキの戦いは終わっていたらしい。


「ねえ。なづななはファビュラスってどういう意味か知ってる?」


「ふぁびゅらす? 私も意味を知らないけど……たぶん」


「たぶん?」


「人類の最終進化形態が使う言語」


「人類の最終進化形態!?」


 ――ザッバーーン。


 私の脳内に荒波が立ち、海の中からセクシーダイナマイツな二人のお姉様が「お~ほっほっほほぉ~~~!」と登場した。


「「いえーい! ファビュラス!」」


 よくわからないがなづななとハイタッチ。

 同じ人物と光景が頭に浮かんでいたのだろう。

 お互いに満足だ。


「よし! じゃあ私はなづななのためにふぁむチキ買って来るね」


「よしくない! どうして急に?」


「だって真剣な表情でふぁむチキを睨みつけていたから、てっきり食べたいのかと」


「えっ!? そ、それは」


「私がなづななにしてあげられることなんて、ふぁむチキを買ってきてあげることぐらいだから」


「もっとあるよ!? ううん……なくてもいいの。美羽ちゃんはそばにいてくれるだけで」


「なづなな!」


「美羽ちゃん!」


「オリジナルと期間限定のハニーメープル味どっちがいい?」


「本当にいらないからね!」


 この声はマジだ。

 ふぁむチキを買ってこられては本当に困るトーン。

 だが私が聞いたなづななの心の声と矛盾する。途中で「ファビュラス」に浸食されたが私は確かに聞いた。なづななは「ふぁむチキ食べたい」と心の中で思っていたはずだ。

 幼馴染としてなづななの心の声を読み間違えるはずがない。

 具体的には期間限定のハニーメープル味の割引がない方をご所望だった。

 だから再度確認する。


「本当にいらないの? なづななはさっきあの横断幕を睨みつけながら『期間限定のハニーメープル味だと!? ふぁむチキたべたい』って思っていたよね?」


「うぐっ……どうしてそれを」


「ほらやっぱり! でも買わなくていいのも本当みたいだし。んー?」


 幼馴染なので心の声ぐらい読める。

 でも購入されると困るのも本当のようだ。

 以心伝心とはいかないものである。


「……実は今朝お弁当の唐揚げを作るついでに、ふぁむチキを家で仕込んできていましてですね。その付け合わせとしてハニーメープルシロップもアリだなと」


「ふぁむチキを家で仕込む!?」


 聞き捨てならぬ発言が飛び出した。

 あれって家で仕込むモノなの?


「なづななまさか! 冷凍状態で流通するという幻の闇ふぁむチキを入手したの!? 都市伝説だと思っていたのに」


「幻の闇ふぁむチキ? 違うよ。一から手作り」


 都市伝説ではなかった。

 少し残念だ。でもそれより手作りの方が驚きかもしれない。


「ふぁむチキって手作りできるの?」


「長方形の平たい骨なしフライドチキンはできる」


「……製法は?」


「独学で」


「…………なづななはふぁむチキの現物を食べたことあったっけ?」


「ない。フィーリングで近づけました」


 果たしてそれはふぁむチキと言うのだろうか?

 けれどなづななからは自信がうかがえる。

 真剣にふぁむチキを再現しようとしているのだ。

 思い返せばなづななはコンビニのホットスナック注文に何度挑んでは負け続けただろう。その度に「私が買おうか?」「ううん……私が乗り越えるべき壁だから」とのやり取りが繰り返された。

 まさかレジでの注文を断念して、自作の道に進むなんて。

 さすがなづななだ。感動した。


「ねえ美羽ちゃん。今日これから家で手作りふぁむチキ揚げようと思うんだけど……うち来る?」


 なづななが上目遣いで私を誘う。

 解答なんて一つしかない。


「ファビュラス!」

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