第2話 モナ・リザの首から狩る系女子

「……疲れた。ごっつ疲れた。なぜ毎度のことながら昼飯前に叫ばなあかんねやろ」


「お勤めご苦労様。今日もツッコミが冴えわたっていたね!」


「したくてしとんのちゃうねん。お前らが毎日やらかすだけやからな」


 机を引っ付けて四人の島を作る。

 なづななは私の隣が指定席。

 小ぶりな手作りのお弁当の内容は唐揚げ、卵焼き、ウインナー、ブロッコリー、ミニトマト、ウサギさんリンゴ。ご飯には鳥そぼろだ。

 シンプルイズベスト。

 唐揚げが冷凍食品ではなく手作り。ポイント高し。


「それでなにがおかしかったの? ルル様のお弁当の量? それともデザイン?」


「ルルのお弁当の量もおかしいけど、それよりあんたらの関係性が……ん? デザイン? ルルなんやねんそれ!?」


「キャラ弁」


「どこの世界にキャラ弁で再現度の高いモナ・リザ描いてくんねん!?」


 広げられたルル様のお弁当の一段目がレオナルド・ダ・ヴィンチ作「モナ・リザ」だった。

 くすんで全体的に色味が暗く茶色い。男の子が好きそうな色合いだ。

 二段目がフェルメール作「真珠の耳飾りの少女」。

 フェルメールと言えば色の華やかさ。特に青の色彩にはこだわった逸話が多い。でもお弁当に青はあまり美味しく見えない。

 三段目はゴッホ作「星月夜」。同じ題材で何作もあるメジャーな代表作の「ひまわり」や「自画像」ではなく「星月夜」。

 晩年に描かれたグルグル作品で全体的に青い。精神的に病んでいた心象世界が描かれているとも言われている。

 さすがルル様……チョイスが渋いぜ。


「これがキャラ弁……キャラ弁とは一体なんや?」


「凄い!」


「なづなな。私はシンプルなお弁当が好きだからね。描くにしてもご飯の上に桜でんぶのハートぐらいがいい。青はちょっと」


「ん。了解しました」


「いただきます」


「なに同性の幼馴染に対してハートを要求しとんねん。そしてルルはなぜいきなりモナ・リザの首を狩りに行った? あかんツッコミどころが多すぎて飯食われへん」


 細かいことが気になる舞歌将軍はたまにこうなる。頭痛持ちかもしれない。世界には優しさが必要なのに。

 なづななは気にしていても性格的に声をかけられない。

 ルル様はゴーイングマイウェイで箸を動かしている。圧倒的な量のため昼休みは時間との戦いだ。食と眠りに関しては特に我が道を行くスタイルなので、横道に逸れてくれないだろう。

 結局、この四人の中で唯一の常識人たる私が話を進めるしかない。


「で、私たちの関係性がどったの?」


「なにごともなかったかのように話を戻せる美羽はやっぱり凄いな。うちは星月夜が焼きそばやった衝撃に頭真っ白なってたわ」


「青色塩焼きそばだったね。お月様はゆで卵で。ゴッホさんも焼きそばで試したりしたのかな」


「……試してないやろな。それでうちが言いたかったことやけど、いくら何でもあんたの関係近すぎひんか? 同じ弁当やし」


 舞歌の指摘になづなながビクッとする。

 今まで多くの人から指摘されてきたことなので気にしているのだろう。


「ほらお袋の味ってたまに無性に食べたくなるでしょ。私のとってのお袋の味がなづななの手料理なわけで」


「いつもお弁当を作ってくれているお袋さんに謝れ」


「普段自作だし。卵とウインナー焼いて晩御飯残りを詰めるぐらいだけど」


「そうなんか? 美羽が朝から料理して弁当作るのは意外やな。ズボラやのに」


「失礼な。うちのオカンは作ってくれないの。私がお弁当作らないと、なづななが毎日私のお弁当を作る羽目になるんだぞ!」


「それこそなんでや!?」


「お弁当ないなら私が作ってくるね。そう毎日笑顔で言われたら、さすがに罪悪感を覚えて作る習慣ができるよ」


 一人分作るのも二人分作るのも変わらないから。

 実はその言葉に甘えて中学時代に毎日作ってもらっていた時がある。

 オカンの目が冷たかった。


「……あーうん。なんというか相変わらず七十七さんは美羽の世話したがりやねんな。それやのに今日は愛妻弁当か」


「愛妻!?」


「昨日の晩御飯がオカン特製のお好み焼きと焼きそばだったんだよ。あっ! ライスはないよ」


「お好み焼きとライスセットなのは関西でも少数派やし、ウチも見たことない」


「そうなの? まあいいや。前にその流れで焼きそばオンリーにお弁当を持ってきたら、なづななに怒られてさ。これはさすがにダメ! 可愛くないって。そんなわけで粉物の翌日は、なづななにお弁当を任せることになったわけよ。たまにならいっかと」


 そんなわけで家でお好み焼き、焼きそば、鍋、カレーをした翌日はなづななのお弁当だ。晩御飯の残りがないから。

 ちなみに炊き込みご飯弁当はいいが、なづなな判定でチャーハンとオムライスはダメらしい。


「そういう流れか。まあ弁当はいいとして、なぜ美羽の体操着を七十七さんが持っていたんや?」


「あれ? そういえばどうしてだろ?」


「……愛妻弁当」


「なづなな聞いてる?」


「ひゃい! なんでございましょう旦那様!」


「旦那様じゃないよ。私もお嫁さんだから」


「お嫁さん!? 美羽は嫁にはやらんと荒れ狂うおじさんとバトル!」


「うちのオトンもなづななには弱いから負けちゃうね。完勝だ。それでなづななはなんで私の体操着を持っていたの?」


「……なんやねんこいつら。なんで会話成立しとるんや」


 舞歌将軍は頭が痛そうだ。

 一応擁護しておくとうちのお父さんはゴツい。

 遭遇すれば、なづななは私の背中に隠れるしかない。実際に休みの日とか我が家で遭遇するとよく隠れている。

 その度にうちのお父さんは傷ついている。ずっとなづななの勝ち続けていると言っても過言ではない。私はあの光景を見ると、毎回あるメロディーが頭に流れるのだ。

 森のくまさん。


「それはですね。遡ること二か月前。美羽ちゃんがうちに泊まりに来ました。サメ映画とインド映画鑑賞会しに」


「楽しかったね。サメ映画の最初とオチだけの鑑賞会に飽きて、二人でインド映画を踊り狂ったあの熱い夜!」


「二人でなにしとんねん。サメ映画の雑な扱いは……正解かもしれん」


「あの日は学校帰りに直行だったので、美羽ちゃんはうちに体操着を忘れていきました」


「なるほど。そういえば最近一着ないなとか思っていたかも?」


「美羽ちゃんから体操着のことを聞かれない日々。いつ言われてもいいように、体育のある日はいつも学校に持って来ていました。でも言われません。毎週休みの日に美羽ちゃんの体操着を洗濯します。使われていない忘れられた美羽ちゃんの体操着さん。最近ではアロマオイルにこだわって毎週違う香りになっていました」


「今日はシトラス。柑橘系だったね。私好きだよあの香り」


「うん。私もお気に入りだった」


「舞歌! そんなわけで謎は全て解けた」


「お前らの脳が溶けとんのか!?」


「ふぇ!?」


 急に理不尽な怒られ方をした。舞歌から聞いてきたのに。

 舞歌将軍ご乱心なのか?

 クーデターなのか?

 カルシウム不足かもしれない。今度自販機で紙パックの牛乳を奢ろう。


「あっ……二段底」


「二段底? 今日のお弁当のご飯は確かに二段底だね。浅く盛ったご飯に海苔を敷き詰めて、その上からまたご飯を乗せるタイプののり弁。鳥そぼろ以外のにくい演出。この工夫は誉めて進ぜよう」


「ありがとうございます。でも私もまだまだ精進しないと。ルルちゃんのお弁当を見て思いました。二段底とはそのことです」


「ん? ルル様のお弁当は三段重だったはずだけど……ってなんじゃそりゃ!?」


「なんやなんや。ルルのお弁当になにが――はぁ!? モナ・リザの下にもう一枚隠された絵画が!?」


「……見てしまったのだな。このダヴィンチコード弁当の本当の姿を」


「あの世界の謎がこのお弁当の中に!?」


「この謎は……もぐもぐもぐもぐ……いくら美羽達でも明かせない。もぐもぐ……我は証拠隠滅を優先する……もぐもぐ」


「あ……ああ……ダヴィンチコードが。世界の謎がルル様のお腹の中に収まっていく」


「いや謎もなにも……その弁当はルルが勝手に作っただけやろ」


「でもモナ・リザの下の絵柄は気になります」


「……確かに」


 こうしてダヴィンチコードは闇に葬られた。

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