君を信じて穴ひとつ

今野綾子

第1話

来客を玄関で見送り、私は応接間に戻った。暖炉の上にある時計によると、彼が来てから随分と時間が経っていた。カーテンを開ける。招かれざる客である新聞記者が車に乗り込むのが見えた。

汚れた中古車がドンドンと危なっかしい音を立てている。爆発しそうなエンジン音が丘の向こうへ消えていくのを見届けた。ほっとすると共に疲労感に襲われる。

『あんたの疎開体験を聞きたいんです』

猫背の記者はそう言った。

私が疎開をしたのは十二歳の頃。住み慣れた家を離れ、この地へ越してかれこれ二十年。そしてそれは、最愛の双子の兄弟を失ったのと同等の月日でもあった。

三流ゴシップ誌のライターである猫背の彼が、私の過去を面白おかしく書き立てるのは明らかだった。しかし、ひと月にも満たないあの日々の出来事を、私は誰かに話すつもりは無い。

膝に肘をつきしばらく俯いていたが、ようやく重い腰を上げる事ができた。

今、するべきことは他にある。

先日届いた新たな『疎開通知』の通りならば、明日の朝には軍から迎えが来る。それまでにここを出る準備を済ませておかなければいけない。この家に戻る事は二度とないのだ。

私は二階へ向かった。寝室へ入りまず確認したのは、ナイトテーブルの上にある二つの黒い箱。中には五センチ程の小さな試験管が収まっている。

それぞれの中身が間違いなく入っている事を確認し、箱の中に戻す。それから、まだ手を付けていなかったチェストを開ける。持ち込める荷物は一人につきサイズの決まったアタッシェケース一つ。余計なものを持ち込む余裕はない。

これを最後と懐かしい手紙やはがきに一枚一枚目を通していく。すると、封筒の間からひらりと一枚の写真が舞った。色褪せた絵の中には他界した私の両親と二人の少年が写っていた。子供の頃の私と双子の兄弟だ。

疎開により命を落とした彼について考えると、様々な感情が込み上げる。

あの時の私の行いは正しかったのか、或いは間違っていたのか。

写真を撫でても答えは出ない。

私はしばらくセピア色の半身を眺めていた。


***


疎開生活が始まってから間もなく半月を迎えようとしていた。

俺は、ここでの生活にいい加減うんざりしていた。

政府の指示に従い先に新しい土地に引っ越した両親と再会するまでの一時的な滞在。そう聞いていたのだが両親からは手紙の一つもなく、どこでどうしているかを知る術もない。シスターの恰好をしたいかつい監視者と武装した兵士が目を光らせる中、毎日毎日、ひたすらここを出る日を心待ちにして『訓練』を受ける。こんな日々は、退屈というより他なかった。

穴の隙間から夕焼けの匂いがする。上を向いても空は見えない。部厚い鉄の蓋が遮っているからだ。腹の空き具合からしてそろそろ『テディ』が騒ぎ出す頃合いだ。

――訓練終了。蓋を開けてね。

――訓練終了。蓋を開けてね。

熊のぬいぐるみが喚き始めた。ひび割れた甲高い音はひどく耳障りだ。背伸びをし、鉄蓋の取っ手を思い切り引いた。

暗い穴に鮮烈な夕日と新鮮な冬の空気が流れ込む。巡回の兵士は次々と開く蓋を見つけては子供たちを穴から引っ張り上げていく。

深さ約一・五メートル。幅はそれよりももっと狭いこの穴は子供一人では這い上がる事は難しい。俺も兵士に腕を引っ張られ地上に這い出た。『行きなさい』とそっけなく言う苔色の軍服を無視し、弟の姿を探した。

「ノア!」

「フィン!」

駆け寄ってくる弟を見てほっとした。

「待っていてくれたの? ありがとう」

おっとりとした口調で微笑む弟に、俺も笑顔を返した。

俺とノアは双子の兄弟だ。同じ砂色の髪。同じとび色の瞳。しかし、気性については少々違う。

――ノアはのんびりしているから、あなたがしっかり面倒を見てあげなさい。

両親から繰り返し言われてきたことだ。ここに来てからも、俺はその言いつけを忠実に守っている。

「早くシャワーを浴びに行こう。埃っぽくてたまらない」

このおんぼろの施設では、水圧の強いシャワーブースは常に取り合いだ。今日も土まみれになった子供たちが我先にと駆け足で訓練場から飛び出していく。

「でも、当たりのシャワーブースは取られてしまっているね」

「そこは……譲るんだよ。特に女の子は何かと大変だろうし」

わざと咳払いをしたのは、俺の隣をエリーゼが駆け抜けたからだ。長いブロンドを瞳と同じ青いリボンで束ねた彼女は、こっちを振り向く事はなかった。だけど、姿を見られただけで満足だった。ノアはまだ周囲を見回していた。

「忘れ物か?」

「ヘルタがいないんだ。見なかった?」

さっきまでの浮かれていた気持ちが一瞬にしてしぼんだ。

ヘルタは俺達より年下の子供だ。多分、十歳にもなっていない。縮れすぎて鳥の巣みたいになった頭と、そばかすだらけの顔。いつもぼうっとしていて空気が読めずに間が悪い。それだけなら放っておくのだが、虐められがちなヘルタをノアはやたらと庇うし、そのせいでヘルタもノアに懐いていた。

「兵士たちがどうにかするだろ」

「だけど、まだ穴の中にいたら可哀想だ」

「放っておけよ」

引き留めたその時、土だらけのヘルタが兵士に抱きかかえられてやってきた。鳥の巣頭のちじれっけは、俺達二人を、いや、正確にはノアを見つけると欠けた前歯を見せてにかっと笑った。

「まっていてくれてありがとう」

返事はノアに任せた。兵隊はヘルタを下ろし、俺達をシャワー室へと促した。

「フィンの爪、まっくろだね」

ヘルタに指摘され、俺はポケットに手を突っ込んだ。

「関係ないだろ」

「兄さん」

「さっさと行くぞ。このままじゃ汚れて夕食をとることになる」

この施設のルールは厳しい。訓練場は兵士が、居住棟ではシスターたちが俺達を見張っている。時間や順序を乱せばすぐさま叱責が飛んでくるのだ。

どうにか時間内にシャワーを終え、向かった食堂にはいつも通りの粗末なメニューが並んでいた。

硬い黒パンに、野菜の欠片が浮かんだスープ。運が良ければドライフルーツやチーズが一切れトレイに転がっている事もある。

逼迫した食料事情については理解していた。それでも食べ盛りの俺たちのために工夫を凝らしてくれた母さんの料理が恋しかった。

ここは一時的な避難所。必ず、また、家族と再会できる。それまでの辛抱だ。しかし、俺はどうしてもこの場所がただの避難施設だとは思えなかった。むしろ陰では他の子供たちと『収容所』なんて悪口を言い合っていた。

土と砂利だけの広大な土地は高い金網で囲まれていて、その中にコンクリートの建物がいくつか立ち並ぶ。出入り口をはじめとするあらゆる場所は二十四時間、銃を持った兵士が巡回している。彼らが時々、雨傘のようなレーダーを付けた戦車を弄ったり操縦しているのも見た。子供たちの間では、金網の向こうに潜んだ地雷を操作しているのではないか、という噂もあった。

施設の中では、巨木が修道女の服を着たシスター・トロールが大きな目をぎょろぎょろとひっきりなしに動かしていて、ルールをちょっとでも破ればたちまち怒号が飛んでくる。

おまけに、俺達はここに来て早々、持ち込んだ私物のほとんどを没収された。持つことを許されたのは着替えや日用品。そしてなぜか支給された熊のぬいぐるみ、通称『テディ』。

訓練にはこのテディを必ず連れて行かねばならない。一体なんのために。分からないことばかりだった。

これからどうなるんだろう。みんな不安だった。だからこそ言われた事を信じ、多少の疑念には目をつぶって彼らに従った。そんな中でも俺が大人たちを信じ切れなかったのは、ここに来る前、父さん宛ての『疎開通知』をこっそり見てしまったせいだ。

『従来通り――装置により――子供の……遺伝子と――』

難しい言い回しの文章全てを理解する事はできなかったけれど、拾える単語を繋ぎ、内容を推測した。

『――穴に潜り……爆発により――肉体を、破壊し、――選別、』

爆発、肉体、破壊。

ぎょっとする単語の数々。月明かりの下、俺は目を凝らしてその先を追った。しかし、思わぬところで邪魔が入った。扉の開く音に振り返ると、寝ぼけ眼を擦ったノアが立っていた。

「何しているの? トイレ?」

「あ、ああ」

「ここ、書斎だよ」

「窓が開いていたから閉めに来たんだ」

そう言って、こっそりと元あった引き出しに手紙を戻した。ノアはぼうっと俺を見つめていたが、特にこれと言って追求される事はなかった。

次の夜、もう一度書斎に行ったが手紙はなかった。父さんが隠したのかもしれない。両親には何も聞かなかった。どうせ答えはいつも同じ。手紙の話はノアにもしなかった。優しくて気の弱い弟に余計な心配をかけてはいけない。何かあったら弟を守るのは、俺の、兄の役目だと思っていた。


翌朝。起床の音楽に叩き起こされた俺達は朝食を済ませ、昼食用のパンと水筒、それからテディを連れて訓練場へ向かった。今日も一日、穴の中だ。

訓練場は等間隔にテープが張られている。まるでオセロ盤だ。穴はテープが区切った正方形の中に掘られていて、やっぱり黒一色のオセロみたいな鉄の蓋で閉じられている。指示された穴の区画の前に行くと、見張りの兵士が蓋を開けた。そうして、問答無用で狭くて暗い穴に滑り降りるのだ。

せっかちなテディはすぐに騒ぎ出した。

――蓋を閉めてね。

――蓋を閉めてね。

喚き声があちこちの穴から漏れ聞こえる。兵士も俺が蓋を閉めるのを見張っている。重たい鉄蓋の取っ手を両手でつかみ、完璧な暗闇を作り出すとテディは黙った。もう外の様子は分からない。

この蓋は一見するとただのマンホールのようだが、外の音も匂いも完璧に遮断し、しかし空気だけはきちんと通すという仕様になっていた。

しばらく膝を抱えて暗闇に目を慣らす。頃合いを見計らい、俺は穴と蓋の隙間を指で少しずつ削る作業を始めた。慎重に、爪の先に土を詰まらせながら微かに風が通る程度の小さな隙間を作る。テディは沈黙のままだ。うまくいった。景色は見えないが、風が運ぶ匂いや温度、運が良ければ兵士の話声が聞こえることもある。とにかく外の情報が欲しかった。

だけど、ここに来てから空回りの平穏な日々が続いていた。今日も例にもれず収穫はゼロ。毎日が無為な日々。あの手紙の内容はなんだったのだろう。悪い夢でも見たのだろうか。そんな事を考えて訓練を終えた。

だが、意外なところで動きはあった。

夕食の時間、お祈り前にシスター・トロールが窓ガラスを震わせる勢いで声を張った。

「ヨハン! ヨハン・クラウゼ!」

椅子をひっくり返して立ち上がったのは、栗色の髪に丸眼鏡をした少年だった。ひどい猫背で、とにかく意地が悪く、自分より弱い子供を見つけては虐めていた。もちろんヘルタもその対象だった。シスター・トロールは続ける。

「食事が終わったら礼拝堂へ来るように」

「は、はひ!」

猫背をピンと伸ばしたつもりだろうが、ヨハンの背中は相変わらず丸まっていた。

「何かあったのかな」

こそっとノアが話しかけてきた。食事中の私語はすぐにシスターたちの注意対象になる。俺達は食事に集中するふりをして小声で会話を続けた。

「説教だろ。あいつ、自分より小さい子をいつも虐めていたし」

「ヘルタも髪を揶揄われていたな。可哀想に」

それに対して、俺は何も言わなかった。

翌朝の食堂は、ちょっとした騒ぎになった。なんと、貴重な白いパンが振舞われたのだ。こんがりと焼きあがった丸いフォルムは、ここに来た最初の夕食以来の再会だ。わっと食堂の空気が湧く。シスター・トロールが『静かに』と注意を促したが、誰もが食前のお祈りよりもいち早くフカフカのパンにありつきたくてたまらなかった。

「美味しいね、兄さん。パンが柔らかいだけで僕は幸せだよ」

「大げさだな」

とはいえ、俺もこの思いがけない贅沢に感動していた。何しろ今朝はバターの他にチーズの欠片もついていたのだから、こんな嬉しい事はない。ヨハンもいそいそとパンを頬張っている。どうやら昨日の説教はあまり堪えなかったらしい。

昼食用に渡されたのはいつもの黒パンだったが、それでも久しぶりの白いパンが振舞われた事に大いに満足していた。

いつもより緊張に欠いた顔でみんなが訓練場に向かい、また指定された区画の穴に籠る。そして頃合いを見計らい、テディが騒がないように慎重に土を引っ掻く。

冷たい土の壁に背をあずけ外の音を聞いていた。鳥の声に混じり兵士の足音が聞こえる。

時間は穏やかに過ぎていく。ぼちぼち昼時か。紙袋から手探りに黒パンを取り出した。あっと言う間に平らげ、口に残る酸味を水で流しこもうと水筒を開けたその時、微かに地面がゆれた。地震? それにしては揺れ方がおかしい。俺は耳を澄ませて外の様子を覗った。

きゅるるる……。きゅるるる……。

ぎぃい、ぎぃい。

奇妙な音が近づいてくる。それはどんどんこっちに向かってくる。密閉されていない蓋がカタカタと揺れる。土の欠片が落ちてくる。

俺は無意識にテディを抱きかかえていた。

やがて音は止む。静けさは一瞬。次の瞬間、ドォオン! という衝撃が腹に響いた。指先がビリビリする。耳がキーンとした。

空けた隙間から風が吹き込む。生温い空気と共に焦げ臭さを感じた。火薬と、鉄と、肉の焼ける臭い。暗闇の中、音と、初めて遭遇した悪臭が忘れかけていた記憶を呼び起こした。

――子供、爆発、肉体、選別。

混乱と恐怖の中、俺はその場で嘔吐した。


夕食のお祈りの前にシスター・トロールから話があった。ヨハンは今日、無事に両親の元へ出立したらしい。誰もその話を疑わなかった。

お祈りの最中も、食事中も、俺はずっと唇をかみしめていた。ノアはあの爆音を聞いたのだろうか。聞こえていたなら絶対に何か言ってくるはずなのに、祈る横顔はいつもとなんら変わりない。誰か、誰かほかにあの音を聞いた奴はいないのか。下を向いたまま視線を左右に動かす。すると、隣に座っていたエリーゼが小さく呟くのを聞いた。

「嘘よ……」

彼女は見た事もない険しい顔をしてテーブルを睨みつけていた。急いで食事を終え、食堂を去ろうとするエリーゼを呼び止めた。

「あなた、フィンの方ね」

「そう。よくわかったね」

「弟よりいくらか賢そうな顔をしているから」

なんだか嬉しくなり、俺は精一杯恰好をつけて笑顔を作った。しかしエリーゼはどうでもよさそうに『それで、何の用』と形のいい眉を片方だけ上げた。俺は慌てて本題に入った。

「今日の訓練中にものすごい音を聞いたんだ。君は何か知っている?」

「あなた、蓋をしめていないの? 音なんて聞こえるはずないじゃない」

「それは……いや、だって、」

狼狽えると、彼女はちょっと意地悪な笑みを浮かべた。

「嘘よ。私もそうしているわ」

「本当に?」

「テディが騒がなければバレやしないし。だから、もちろん今日の異変だって気付いたわ」

仲間がいた。そう思えた。嬉しかった。俺はもっと彼女から話を聞きたかった。

「あのさ、ヨハンは」

「死んだわよ。そうに決まっている」

あまりにも迷いなく断言するのに驚いた。

「君は何か知っているの?」

「この施設がまともじゃない事くらい分かるわ。そもそも穴に籠るだけで何が訓練よ。このあたり……国境付近はむかし埋められた地雷や化学兵器が使われた影響があるって有名だから。変な人体実験でもしているのかもね」

「人体実験……」

たちまち身近にいる兵士やシスターたちが得体の知れない恐ろしいものに思えてきた。

「いずれにせよ、私はここを脱走するつもり。だまって殺されるなんて嫌だもの」

大胆な彼女の告白に、一瞬言葉を失った。

「脱走なんてどうやってするのさ。柵の外は地雷原だっていうし、森の中は危険な野生動物でいっぱいだって……」

エリーゼは細い顎を軽く上げて笑った。

「それが本当だという証拠は? 私達を脱走させないための嘘だったら?」

「嘘……」

「私は色んな情報を集めたの。もちろん噂話の域をでないものもあったけれど。抜けみちは必ずある。絶対に家に帰ってやるわ」

自信満々に語る彼女の声に釣られ、地雷や森に潜む危険な動物の存在が嘘のように思えてきた。

「詳しい話を知りたいでしょう。そうね。気が向いたらこっそり教えてあげてもいいわ。あなたの事、ちょっとだけ気に入ったし」

その悪戯っぽい笑顔が可愛くて、俺はしばらくその場でぼうっとつったっていた。

消灯前、エリーゼと話した事をノアに伝えた。昼間聞いた爆発音についてもだ。てっきり好意的な反応が返ってくると思ったのに、話を聞いたノアは意外な事に表情を曇らせた。

「どうして隙間なんて開けたの? 訓練中は絶対に蓋を閉め切っているようにと散々言われてきたじゃないか」

「バカ。そんなもの正直に従ってどうする」

「大人たちの言う事を信じて従いなさい。父さんも母さんもそう言っていたよ。だいたい何を根拠にエリーゼの言葉を信じるのさ」

がっかりした。ノアは俺の話を肯定的に受け止めてくれると信じていたからだ。

「兄さん、約束して。明日からはちゃんと訓練を受けて。エリーゼの話も忘れるんだ」

それに対して俺は否定も肯定もしなかった。二段ベッドの下にもぐり、もやもやとした気持ちが消化できないまま親指の爪を噛んで夜を過ごした。

それから二日後。

夕食前にエリーゼの名前が呼ばれた。エリーゼは食事に一切手を付けず、真っ青な顔で下を向いていた。まさかこんな早くに自分の番がくるとは思っていなかったのだろう。そうして、そのままヨハンと同じように礼拝堂に呼び出された。

話しかけるタイミングもなく、消灯時間になってしまった。エリーゼは脱走すると言っていた。彼女はここから逃げるための何かを知っている。ひょっとしたら一緒に、ノアを連れてここから出られるかもしれない。明日。明日の朝、彼女を見つけて話をしよう。

しかし、俺が朝一番で聞いたのは起床の音楽ではなかった。

夜明け前の一番暗い時間。巨大な太鼓を丸太で殴りつけたような轟音が響いた。全員、一斉に飛び上がる。

「何! 何なんだ!」

「爆弾?」

「敵が来たの? 嫌だ! 怖い!」

「シスター! シスター! 怖いよお!」

静かだった寝室はハチの巣をつついたような騒ぎになった。俺は真っ先にノアの無事を確認しようとしたが、それよりも早くノアが二段ベッドから飛び降り、俺をみるなりほっとした顔をしてみせた。

「よかった。そこにいたんだね」

「畜生なんなんだ。耳が痛いぞ」

「兄さん、あれ」

ノアは鉄格子が嵌った窓の外を指した。暗闇が白んでいく窓の向こうで黒い煙が上がっていた。それから、耳をふさぎたくなるほどの悲痛な声が聞こえてきた。

あああ! 痛い! 痛い! 助けて! ママ! ママ!

「エリーゼ……?」

草むらの中。のたうち回る細い真赤な手足が見えた。次々と兵士たちが集まってくる。昇る朝日が外の惨劇を照らしていく。

ママ! ママ……! 助けて! 痛い、痛い! いやあ! 助けて! ママー!

兵士は集まるだけで決して柵を越えようとはしなかった。助けに行かないのかとヤキモキしていると、あろうことか彼らは銃を構えた。乾いた音が悲鳴をかき消す。

その後は、ただ静かな朝の景色が窓の外に広がっていた。兵士たちはエリーゼの遺体を回収することもなく、それぞれの持ち場へと戻っていく。

「エリーゼ……そんな。どうして……」

「どうしてって。地雷原に突っ込んだらああなるでしょう」

俺を見るノアの瞳があまりに冷たくてぎょっとした。

「あれほどシスターに言われたのに。この辺りは地雷原に囲まれているから危険だって。野生動物は遺伝子が変異した凶暴なものがたくさんいるから森へは近づかないようにって。兵隊さんだって、僕たちを守るために見回りをしてくれているのに、あんな事したくなかったと思うよ」

驚いて何も言えなかった。ノアはこんな事を言う奴だっただろうか。反論の言葉を探しているうちに起床の音楽が鳴った。

「ヘルタの様子を見てくる。きっと、あの爆発で怖がっているだろうから」

ノアはあっさりと俺を置いて部屋を出て行ってしまった。


エリーゼの訃報は朝食時にシスター・トロールから告げられた。

「外はとても危険です。ご家族が待つ安全な場所に移るまでは、勝手な真似はしないように」

ノアとは一言も交わさず朝食を終え、訓練場へと向かった。もう、エリーゼの靡くブロンドを見る事はない。悲しいという感情はなく、何か、悪い夢でも見ているような気分だった。

俺は穴の中で様々なことを考えた。地雷はあった。シスターたちが言っていた事は本当だ。それじゃあ、俺がここで聞いた爆発音は? 何よりも、エリーゼを助けようともせず迷わず銃を向けた兵士の姿が恐ろしかった。

目の当たりにした事実たちは、抱えていた不安をいっそうかき立てた。この施設に潜んでいた死の気配が明確になったことで、ここから出たいという気持ちが強くなっていった。

訓練を終えた俺は、ノアに話し合いを持ちかけた。もちろん脱走についてだった。

夕食後の僅かな団欒の時間。ノアは一人で本を読んでいた。何を恰好つけているのか、小難しそうな小説だった。

「ノア、ちょっと、」

声をかけようとしたところを、ヘルタが横切った。

「ノア。本の続きを読んで」

ノアは膝の上にヘルタを乗せ、ぶ厚い小説を閉じてヘルタが持ってきた絵本を開いた。

「この本を読めばいい?」

「うん。森の魔法使いのお話ね」

ヘルタの明るい表情に無性にイライラした。ノアは何も分かっていない。この施設の危険性も。やがて訪れる運命も。こんなチビにかまっている暇なんてないのに。

俺がしっかりしなきゃいけない。一日も早くここを出て、元の家に戻ろう。父さんも母さんもどこへも行ってやしない。あの家で俺達の帰りを待っている。帰る時は二人一緒だ。ヘルタなんか連れて行かないし、暗い穴にこれ以上籠るのもごめんだ。

「ノア。話がある。ちょっといいか」

「今、ヘルタに本を読んでいるんだけど」

俺に睨みつけられたヘルタはノアにしがみついた。面白くなかったのは、ノアが抗議するように睨み返してきた事だ。だけどここは引けない。構わず顎で外に出ろと促した。

「ごめんね。続きは後で読んであげる」

俺はノアを誰もいない寝室に連れ戻した。単刀直入に切り出す。

「脱走しよう」

ノアは思い切り顔をしかめた。

「まだそんな事を言っているの?」

「ここにいたら殺される」

「地雷原に突っ込むようなバカな真似をしなければ死なないよ」

「そんな言い方はやめろ」

「兄さんこそ、何をそんなに疑心暗鬼になっているんだ」

 バカバカしい。とノアは吐き捨てた。

唖然とした。目の前にいるのは本当に俺の弟なのだろうか。小さな喧嘩は今まで何度もあったけれど、こんな重く鋭く険悪な空気は初めてだった。

「どこへ行くんだ」

「ヘルタの所だよ。本の続きを読んであげないと」

「話はまだ終わっていない」

踵を返すノアはこっちを見ようともしなかった。

「僕も兄さんも脱走なんてしない。ここにいるんだ」

 扉が閉じたとたん、ひどい孤独感を覚えた。

いっそヘルタが死ねば。そうすればノアは元の弟に戻るだろうに。

そしてこの願いは意外にも早く天に届いた。

数日後、シスター・トロールがヘルタの名前を叫んだ。ついにあのチビの番が来たのだ。心臓がぎゅっと掴まれた。奇妙な高揚感のせいで唇の端がひくひくと上がってしまう。

「おい、ヘルタが危ないぞ」

嬉しくて声が上ずりそうになるのを堪える。ノアは面倒臭そうに一瞥してきた。

「殺されるって言ってるんだ。脱走するなら連れて行ってやらなくもない」

「結構だよ。地雷に吹っ飛ばされるのはごめんだ」

「ここに居たって穴の中で爆死するだけだぞ」

そう言えば一時期、ノアは父さんと母さんに下の兄弟が欲しいと言ってきかなかった。

ヘルタはその代替だったのかもしれない。だけどノアは俺の弟だ。俺が守って、俺の言う事を聞いて、俺の後ろにいて、俺と一緒にいるべきなんだ。

朝食時。せっかくの白パンにノアは手を付けずヘルタに譲っていた。別にいい。餞別だ。最後の日くらい目をつぶってやる。いつもなら一緒に向かう訓練場も一人で向かった。

今日、俺が指定された場所はヘルタの隣の穴だった。なんて運命だろう。胸が高鳴った。

しかし困ったことに巡回の兵士がいつもより多い。おまけに雨傘のついた戦車まで近くに停まっている。蓋に隙間を作るよう細工をしたかったけれど、見つかると厄介だ。しかたなく、きっちりと蓋をし、しばらく時間を置く事にした。即席の密室と暗闇が出来上がる。

(まずいな……眠い……)

興奮と期待のせいで昨日の晩は眠れなかった。そのため静かな穴の中で、俺はあっと言う間に睡魔に屈服してしまった。気づいた時にはテディを枕代わりにしていた。いけない。外の様子を覗わなくては。慌てて身体を起こした時だった。

――遺伝子情報が合致しました!

――座標の調整が完了しました!

突然、テディが騒ぎ出した。

――遺伝子情報が合致しました!

――座標の調整が完了しました!

「は? は? なんだよ、なんなんだよ!」

テディが何かしらの反応を示した時は、速やかに腹部にあるスイッチを押すように。

シスター・トロールが言っていたが、混乱と恐怖で気が動転していた俺はその事をすっかり忘れていた。死に物狂いで蓋をあけようと取っ手を掴む。差し込んだ光に一瞬安堵したものの、ふっと、顔に明るい影が落ちた。銃を持った兵士と目が合った。カタカタと奥歯を鳴らす俺に兵士は『どうした?』と話かけてきた。唾を飲み込み、息を飲みこみ、声を絞り出す。

「テディが、テディが……、」

兵士の一人がさっと穴に滑りテディの腹のボタンを押した。俺を担ぎ上げて、軍服の土を軽くはたきそいつは笑った。

「おめでとう。次は、君の番だな」

兵士の言葉はまるで頭に入ってこなかった。目の前に立ち込める黒い煙に釘付けになっていたからだ。あそこは、ヘルタがいた穴。火薬と、肉の焼ける臭いは穴に居た時よりもずっと強く生々しく感じられた。視覚と嗅覚で思い知った。死んだんだ。ヘルタは死んだ。そして、次は、俺の番……?

自力で立ち上がることもできない俺は、兵士に付き添われシスター・トロールの元へ連れていかれた。

「テディが反応したんですね。おめでとう。明日はあなたの旅立ちです。今日籠った穴にもう一度入りなさい。一度眠りにつきますが、目が覚めたらご両親の元へいけますよ」

「弟は、ノアは、どうなるんですか」

「テディが反応を示せば彼の番です」

違う、そんな事を聞いているんじゃない。まだ質問をしようとする俺を、トロールは早々に礼拝堂から追い出した。

とぼとぼと廊下を歩いていると、正面から訓練を終えた子供たちがやってきた。ノアは俺に気づいたらしくけろりとした様子で手をふって駆け寄ってきた。

「兄さん! 今日、テディが反応したんだってね。兵隊さんから聞いたよ。おめでとう」

土まみれの弟の笑顔は無邪気そのものだった。

「一緒に行けなくて残念だけど、先に父さんと母さんの所で待っててね」

たまらず俺はノアの胸倉を掴んだ。

「本気で言ってるのか? 俺は明日殺されるんだぞ! ヘルタだって死んだ! なのになんでそんなにへらへらしていられるんだ」

「まだ、そんな事を言ってるの。シスターからちゃんと説明を受けたでしょう」

「ああ受けたさ。同じ穴に籠れって。眠りに就いたらその後は家族と再会だってさ! やっぱり死ぬんじゃないか! 父さんも母さんも死んでるんだ。眠るって、そういう事だろう!」

「どうしてそうひねくれた考えになるんだ」

「俺は見たんだよ! 今日この目で! ヘルタがいた穴からは黒い煙が上がっていた! 肉の焼ける臭いも、火薬の臭いもちゃんとかいだ! 死体なんて木っ端みじんになったにきまっている!」

「兄さん、落ちついて。事実だけを見るんだ」

「俺は事実しか話していない!」

どれだけ言葉を尽くしても、ノアの態度は頑なだった。どうして分かってくれない。

「……そうか。お前は怖いんだな? 逃げたいけど怖いんだよな。ヘルタの前では恰好つけていたけど、お前だって本当は逃げ出したくてたまらないよな」

「……兄さん」

「わかった、俺が先に地雷原を抜ける。お前は俺の後ろをついてくればいい。それなら安全だ。二人で逃げよう。今夜を逃したらもうないんだ」

大丈夫、大丈夫。ノアに、自分に言い聞かせた。

明日を待てば必ず穴の中で殺される。だけど、もしも外へ逃げられたなら。そう、きっと、本当は地雷なんてないんだ。エリーゼはたまたま不幸な事故に見舞われただけで、金網の向こうには危険な物も有害な物も何一つない。全部、全部が俺達を閉じ込めるための嘘。そうに決まっている。無責任なほどのプラス思考だった。そう思わないと立っていられないくらい恐ろしかった。

「兄さんは本当にそれでいいの」

俺は大きく頷いた。

「わかった。もう、止めない」

「大丈夫。俺はお兄ちゃんだから。必ずお前を守ってやるよ」

ノアは目を細めて小さく笑った。やっと弟が分かってくれたのが嬉しかった。

みんなが寝静まった頃、俺はそっと起き上がった。二段ベッドの底をノックする。ノアがぶらりと手を下げてきた。脱走の合図だった。

私物をまとめたリュックを背負い、寝室を後にした。欠けた月が明るい。窓の向こうは暗くて見えない。だけど、ノアがあそこで見ている。俺が柵の向こうを渡り、森にたどりついたら蝋燭に火をつけて円を描く。そうしてこちらへ呼び寄せる算段だ。マッチも蝋燭も礼拝堂から失敬したものだが、生き延びるためだ。神様だって許してくれる。

金網をよじ登り、一歩を踏み出した。ノアが覗く窓から真っ直ぐの位置から歩き始める。それは、エリーゼが藻掻いていたあの場所から森までの最短ルート。恐らく彼女が通った道。エリーゼが死んだ場所までは少なくとも地雷はない。つまり、安全が保障されている。

(大丈夫、大丈夫、きっとうまくいく)

森は目と鼻の先。地雷があったとしても、彼女が最後の一つを踏んだのだ。

昨日から不気味なくらい前向きな気持ちになっていた。きっと、運命が俺の背中を後押ししているんだ。今逃げろと、ここから出るべきだと。いつもいる見張りの兵士だって今夜は現れない。いいぞ、運命は、俺の味方だ。それでも足どりは遅かった。

森へ近づくほどひどい悪臭が強くなる。鼻が曲がりそうな腐臭だ。それから、俺は何かを踏んだ。ぐにぐにと靴底を通して感じる気味の悪い感触に一瞬身をこわばらせた。地雷ではない。鉄や石とは違うそれはエリーゼの肉片ではないかと頭をよぎったが、考えない事にした。

ぐに、ぐに。ざく、ざく。

暗い森が手招きしている。早く向こうに行きたいのに、なんだか急に怖くてたまらなくなった。

俺は振り返った。

(ノア……!)

ギリギリの理性が、叫びだしそうになるのをどうにか堪えさせた。しかし、一人でいるのが恐ろしく、ノアをこっちに呼びたくてポケットに隠していた蝋燭とマッチを取り出そうとした。震えた手から蝋燭が転がる。いけない。慌てて手を伸ばした一瞬、半歩右に足を踏み出してしまった。何かを踏んだ。音がした。カチっと。ラジオのスイッチを入れたような、硬い感触。

瞬間、ものすごい力で何かに背中を弾かれた。視界が反転する。月が、星が、目の前に迫る。

何が起こったのか分からないまま、それでも飛んでいく蝋燭に手を伸ばそうとしたが、どういうわけか、俺の腕は肘から先が消えてなくなっていた。


***


私はセピア色の写真を膝の上に置いた。

あの瞬間は、今でも夢にみる。

打ち上げられた兄の、フィンの四肢が千切れて夜空に舞ったのを。

視線はずっとこっちを見ていた。

お前も早く来い。そう、言っているような気がした。

だが私は兄の元へは行かなかった。最初から彼を見捨てるつもりだった。実際、そうした。兄が脱走を試みるその間、暗闇に紛れて兵士たちがその様子を眺めている事にも気づいていた。そして確信した。ここでの生活全てが『訓練』であり『選別』の過程だったのだと。

そして翌日、私のテディは反応を示し、週末には両親との再会を果たす事ができた。兄がいない事を二人はとても悲しんでいたが、それ以上に私が訓練に耐え、大人たちの言う事を信じ抜いたことを褒め、喜んでくれた。

そう。誰も、何も嘘なんて言っていなかった。

ただ少し、真実を隠していただけ。

一世紀以上前の世界大戦で使用された化学兵器は、地球上の生物に多大なダメージを与えた。植物は枯れ、家畜は死に、野生では凶暴化した異形の生物が暴れるようになった。

人類もまた化学兵器の影響を受け、存在そのものが動植物へ有害な物質を放つようになり、私達は数十年で星を食いつぶしては別の星へ移動すると言う事をくりかえしていた。己の残した負の遺産との戦い。それこそが『戦争』の正体だった。

そして兄が疑い『収容所』と揶揄していたあの場所こそが子供たちを新しい星へと転送させるための保護施設だったのだ。

大人たちはカプセル型の転送装置、通称『カンオケ』により超短期的コールドスリープ状態で新しい星へと送られる。しかし、肉体が未発達な子どもに対するコールドスリープの安全性は確立されていない。多発する死亡事故に対応するために考案されたのが、あの施設での『転送』だった。

転送先にいる両親の遺伝子を頼りに子供たちの現在地の座標を合わせ、特殊なレーダーと爆薬を用いて肉体を細分化させ『情報』として宇宙空間を移送。そして、転送先で肉体を再構築させるという方法だった。子供たちに配られたテディの中には両親の遺伝子情報――爪や髪――が埋まっていて、鉄蓋を装った探索機械、戦車を再利用したレーダーを通じ位置情報、遺伝子情報を合致させてより安全性の高い座標を探し出す……。

もちろん、こんな事を説明したって子供は怖がるし理解なんてできるはずがない。だから、最低限の情報しか与えられなかった。

そしてそれには別の意図も絡んでいた。技術が発展しても全ての人類を養える食料はないし、全国民を避難させるようなエネルギーもない。

そこで、政府は国民を選別した。

生き残るべきは従順で、大人しく、疑う事なく国策を受け入れる人間。つまり兄のような人間はこの世界では淘汰の対象だったのだ。

きっとあの訪問した記者――ヨハンも、次の星には移送されない。彼らマスコミは政府にとって都合の悪い動きしかしないからだ。

だけど、僕だって最初から大人たちの言う事をうのみにしていたわけじゃない。あの日、兄が盗み見た『疎開通知』を僕は翌朝こっそり確かめにいったのだ。得意なことは少ないけれど、本を読む事が好きだった僕にとってあの手紙を理解するのは容易だった。

兄に手紙の内容を打ち明けるかはもちろん悩んだ。しかし、話したところできっと兄は信じない。自分が読めなかった手紙を僕が理解できたと認めるはずがないと思ったからだ。フィンは僕の事をいつもごく自然に、悪気なく見下していた。その状況に劣等感を覚えていたことは否定しない。だから、疑心暗鬼になり見えない敵を作りだした兄が苦悩している様を見るのは気分がよかった。

ヘルタの、妻の存在もそうだった。

自分が庇護しなければいけない存在がどれほど優越感をくすぐるか。承認欲求を満たしてくれるものか。あの時ばかりは、兄の気持ちが痛いほど理解できた。同時にこの醜い感情が自分の中に在った事を認めたくなかった。だから、私は兄を突き放したのだ。

私は写真を二つに千切った。

窓の外を見ると煙が上がっていた。庭では妻のヘルタが娘と焚火をしていた。外に出ると冬の空気を含んだ風が焦げた臭いと黒い煙を空へと押し上げていた。

ヘルタは私を見ると微笑みを浮かべた。

十歳になったばかりの娘は一目散に私に抱き着いてきた。十二歳の長男は唇を尖らせて『本当にまた会えるのか』といつかの誰かと同じ質問をしてくる。そして私はいつかの大人たちと同じセリフをなぞった。

「大丈夫。必ずまた会える。信じて待っていなさい」

そうして妻が不用品を焼く焚火の中に二枚に割いた写真を放り込んだ。

「あら、それは何?」

「もう必要のないものだよ」

私達はまた、暗い穴に籠る。

今度の星で再び家族と食卓を囲めるように。幸せな人生を続けるために。

天に昇る煙は、強い風がかき消していった。

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君を信じて穴ひとつ 今野綾子 @yamamori-un5

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