氷雪姫と呼ばれる妹がデレるまで

誰がためのこんにゃく

ありふれた話

 近年、いや大分前から妹がヒロインの作品が増えてきたように思う。しかし、妹がヒロインになるなんて事態は有り得ない。例えどんなに美人だったとしても手を繋いだり食べさせあいっこしたりしてもドキドキすることなんてないだろうし、下着姿を見てしまったとしてもなんの感想も湧いて来ないだろう。




 いや、断言はできない。確かに万が一くらいには妹とラブコメする人もいるかもしれない。だが、思春期になる頃にはラブコメ所か会話あんまり無い人が少なくないのではないだろうか。




 御多分に漏れず、うちも昔はともかく最近は氷河期のような凍てついた兄妹関係となっている。今や会話どころか姿すら見えない。




 ちなみに、俺の妹はかなり美人だ。名前を日向瑞樹と言う。年は3歳差だ。栗色のミディアムヘアーに可愛いというより美しい、いや美麗な容姿は男を魅了して止まない。小学校時代は毎日3通ずつラブレターが下駄箱に入っていた。それが何年も続いていたので可笑しいと思ったら、隣の学校からも来ていた。6年生になる頃には隣の市からも来ていた。高校生になってからもその美貌に変わりはないようで、別の高校にも関わらずうちの高校からもラブレターを出す人が続出している。




ちなみに、告白に対して瑞樹は、嫌、と一言しか答えず数人の友人以外は人を寄せ付けない様から氷雪姫と呼ばれているらしい。




 せめて、身内にくらいはそんな氷を溶かして欲しいものだが。




 そんな思考をしながら普通の顔をした深沢連は朝食と、昼食のお弁当を作る。




 妹の分も作っているが、一緒に食べることは無い・・・・・・少しショックだ。しかし、3食全て完食はされてる。




 料理は美味しいと思っているということだろうか。もしそうなら、少し嬉しい。




 お弁当と朝ごはんを2つ分作り終わり、自分の分の朝飯をテレビを見ながら食べ始める。




 この近くがニュースで話題になっており少し嬉しくなるが、暴漢騒ぎということらしく上がったテンションが下降していく。




 「なお、この事件の犯人はまだ捕まっておらず警察各位は警戒を促しております。一旦CMです。・・・最強ユリタッグが帰ってくる!?テレビシリーズよりさらにド派手になったアクション・・・」




 CMに差し掛かったタイミングでテレビを消し、食器を片付ける。




 CMをやるってことは、相当ヒットしたアニメなのだのだろうな。だけど、この近くだとやる映画館1つだけらしい。しかも、かなり遠い。本当にここら辺は不便な土地だ。




 学校に行く準備をし終え玄関に行き靴を履き家を出る。いつもの日常だ。




 昔は瑞樹も一緒に家を出て学校へ向かっていたのだが、中学に上がる頃には別々になっていた。




 お弁当を作るのでいつも瑞樹よりも早く起きる。一度それを利用し遅刻ギリギリまでリビングに入り浸り一緒に出てやろうと画策したが、瑞樹はなんと窓から出ておりギリギリまで待っていた俺は遅刻したというオチが付いた。




 窓から出る程嫌われているのかとかなりショックを受け、それ以降瑞樹に関わろうとはしなくなった。




 しかし、一緒に食事くらいは取りたいものだ。




 少し前まで鳴いていた蝉の声を懐かしく思いながら、すっかり着替え終わった紅葉を傍目に歩いていく。あんなに煩わしく思っていたのに、なくなってしまったら切なく感じるのだから不思議なものだ。




学校に着き靴を履き替え教室に向かうと、幼馴染に話しかけられた。・・・男だが。




 小学校から同じクラスの茶髪ヤンキー風ヘタレの名前は真樹という。目つきが鋭く高身長のため周囲から避けられがちだが、小学5年生の頃から付き合っている交際期間実質6年の彼女にキスすらしてないだけでなく手をつないだのも彼女からというヘタレっぷりである。




 この調子ならキスも彼女からになるだろう。




 「よう、陸。おはよう!」




 腕を肩に組みしながら話しかけてくる。




 「なんでこのフランクさが彼女に発揮出来ないのか」




 痛いところ付かれたという顔になり、一瞬体をビクッとさせる。




 おっと、口に出てしまっていたか。




 「まあ、あんな女俺が本気になれば楽勝だし。キスどころかセックス飛び越してバキュームフェラも余裕だっつの!ただ、なんというか本気になるまでも無いっつーか本気になるのはダサエかなーと思わなくも無いつーかそもそも・・・」




 焦り顔で捲し立てる真樹をジト目で見ながら、前方を指さす。




 「あっ!花音だ!」




 「誠に申し訳ございませんでしたァー――――――――!」




 そこにあったのは、世界遺産と見間違う程美しい土下座であった。




 少し感動した気持ちで席に着くと、次の授業の準備を始める。




 5分程した後、赤色を目にした闘牛のような容貌でヘッドロックを仕掛けようとしてくるプロレスラーが現れた。




 「嘘じゃねーかっ!」




 「1000回以上やってるんだ、騙される方が悪い!」




 「チクショー―――――!!」


 


「それに、6年もキス出来てないヘタレっぷりは事実だろーが!」


 


 「うるっせー――!!俺が本気を出せば超絶テクにより、しょっちゅう俺の下半身を求めるメス豚になっちまうから自重してるだけだっつーの!!」




 ・・・2人の試合が終わったのは、技が決まったからでもタイムアウトしたわけでもなかった。


 呪怨で伽椰子が現れた時のような寒気を感じ、寒気を感じた方に目を向けるとそこに亡者のような顔をしたブチ切れた様子の花音が居た。




 真樹の後ろに震えながら指を差し必死に伝えようとするが、あまりの恐怖に声が出ない。




 その様子を見た真樹はしたり顔をしながら、




 「ハッ!!もう騙されねーぞ!!」




 と後ろを振り返らずに試合を続けようとする。




 瞬間、バッと肩に手が掛かり全く目が笑っていないどころか合わせた瞬間凍り付いてしまうのではないかという目つきをした笑顔が現れる。




 その顔を見た瞬間、流れるように土下座をしていた。その間わずか1秒。




 そんな様子を見ても今度は感動は覚えない。むしろご愁傷様と、せめて苦しまずいってくれと憐みを覚える。




 授業が終わり休み時間。ギャグマンガかと思う程のボコボコ顔をしながら、真樹がやってくる。




 「お前のせいで、酷い目にあった」




 「ご愁傷様」




 労い1割の言葉で応じる。




 「もう少し労えよ!」




 「ヘタレ具合がもう少し下がったら労ってやるよ」




 「お、俺はまだ本気出してないだけだっつーの」




 「なら、キス出来たらハーゲンダッツ奢ってやるよ」




 「安っ!!そこはどうせ出来るはずがないからって、もっと高い物を掛ける所だろ!!」




 「確かに。というか、自分で出来るはずないとか言ってんじゃん」




 「ッ!!そ、そういうお前はどうなんだよ」




 「俺?」




 真樹のことばかりいじっていたが、俺のことかぁ。特に好きな


人は居ないからなぁ。




 「特にないな」




 「そんなことないだろ。瑞樹ちゃんとはどうなんだよ?」




 「相変わらずだよ」




 落ち込んだ様子で返事をする。


 


 「というか、好きな人の話題で妹の話はおかしいだろ」




 「おかしくはないだろ、このドシスコン野郎」




 「違うわ」




 甚だ心外である。




 「じゃあ、瑞樹ちゃんに彼氏が出来たらどうする?」




 「も、もちろんう、う、受け入れる、さ」




 「そんな震えながら言われても、全く説得力を感じねーよ」




 「受け入れるとも」




 「今度は体が震えちゃってるじゃねーか」




 「そんなにシスコンでるのに、まだ仲直りできてねーのかよ」




 「変な造語を作るな」




 というか別に喧嘩しているわけではない。そうであれば、たとえ非がなくともとっくに謝っている。原因も対処法も分からないから困っているのだ。・・・あるいはそういう時期なのかもしれない。過度に干渉せず見守る、それが一番かもな。




 「どうしたんだよ、そんな遠い目をして」




 「ふっ、可愛い子には旅をさせろということ・・・か」




 「よく分からんが使いどころ間違えてるだろ、それ」




次の休み時間。ふと、真樹のカバンに目をやると可愛らしい女の子のキャラクターの缶バッジが付いているのに気が付く。




「それ、どうしたんだ?」




真樹が待ってましたという顔で話し始める。




「これか?これはなぁ、劇場で先着でもらえる転売したらあっという間に数千円の値が付いたという貴重な貴重な缶バッジなのだ」




「ふーん、それって何かのアニメのキャラなの?」




真樹が、こいつは本当に人間なのかといった非常に苛つかせる目でこっちを見てくる。




「お前、ま、まさか、こ、こ、このアニメ知らないの・・・か?」




「そうだが?」




今度はこいつは本当に生き物なのかといった、非常に殴りたくなる目でこっちを見てくる。




「いいか、このアニメは今期いや今年一の覇権アニメといっても過言でないくらい面白かったアニメなんだ!今冷え込みつつあるアニメ業界の救世主と言っても良いかもしれない。そのくらい、面白いアニメなんだ!毎話放送される度にトレンド入りし、最終的にはこれまでのオリジナルアニメ公式アカウントの総フォロワー数を越しオリアニフォロワー数1位に輝いた。だが、伝説はこれだけじゃない。アニメがヒットしたかの判断基準となる円盤売り上げ、それの初動がなんと2.3万枚だったんだ!これは、社会現象を引き起こしたあの鬼殺の刃や呪物回戦を越す大ヒットだ!これだけヒットしたのは偶々だと言う奴も居るが、俺はそうは思わない。ストーリー、構成、作画、キャラクター、曲、どれを取っても最高レベルだった。特にあのエンディングの入り方は鳥肌ものだ!それに何と言っても、キャラクターが魅力的過ぎる!悪役キャラもしっかり信念があって感情移入できたし、味方キャラも良い奴ばかりで応援したくなった。特に主人公の育ての親であるあのキャラは、もう、


最高だった!特に主人公を助けるためあんな行動を取るシーンは、本当に、本当に!感動した!さらに何を言っても主人公タッグが神過ぎる!クール美少女と元気っ子美少女の組み合わせとか、もう最ッ高かよ!特にあの噴水のシーン!本ッ当に神!本当のタッグになったあの瞬間が見れた、それだけでもう生きてて良かったと思えた。後・・・・・」




かなりの熱量で語る真樹を冷ややかに見ながら、演説を右耳から左耳に流す。そして、それをラジオ代わりに宿題に取り掛かる。




そういえば朝、CMでやってたな。あの遠い映画館に行ったのか、すごい行動力だな。


 




昼休み、見慣れた顔を見ながら口に箸を運ぶ。




 「それにしても、彼女持ちが昼休みまで何してんだよ」




 「良いだろ、別に。休みの日とかはで、で、でーととかしてるし」




 かなり顔を赤らめながら言う。




 「行き帰りくらい一緒に行ってもいいんじゃないか」




 「今日は一緒に行ったつーの」




 目を見開く。口が半開きになる。




 「そんなに驚くことねーだろ!」




 「いや、驚くべき事態だ。七つの大罪の一つ、ヘタレを司るお前が!?」




 「七つの大罪にそんなのあったっけ!?つーかそんなの懲役1日ももたねーよ!!」




 「い、や、どうせ、せせ、向こうか、か、ら誘われただけだろ」




 「自分から誘ったつーの」




 こっちも勝るとも劣らず、動揺しながら答える。




 さっきよりも大きな衝撃に襲われ気絶しそうになる。




 「だから、驚きすぎだろ!」




 深呼吸をしながら落ち着かせる。




動揺の代わりにニヤニヤが現れ、微笑みながら尋ねる。 




「それで~、どういう心境の変化があったのですか~」




 「やばい、今月一むかつくわ。・・・心境の変化つーかあいつに引っ張られてばっかじゃなくて・・・引っ張るまでいかずとも一緒にあるきたいなと思って・・・さ」




 目も合わせない程照れしどろもどろになりながら心情を吐露する。こんなどうでも良い会話で本心を語る必要はない。むしろ普通は恥ずかしがって心象を偽る。だが樹は彼女のこと、特に恋人への思いは嘘を付かない。




 こういうところが彼女を惹かれさせる所以なんだろうな。




 かくいう俺も嫌いじゃない。




 「それに、近頃物騒だしな」




 「物騒?」




 「ああ、実はこの近くで暴漢が出たらしいんだ。実際事件もあったらしい」




 「それは確かに物々しいな」




 「だろ?」




 そう言えば確かに今朝見たニュースで言っていた気がする。




 時は過ぎ放課後、玄関で彼女持ちと別れる。




 「またな」




 「ああ、しっかり彼女を護衛するんだぞ」




 返事代わりにニヤリ顔で応じる。




 少し前まで湿っていた風の代わりにすっかり乾いた風を浴び、幼馴染の成長ぶりに感傷に浸りながら歩く。




 そうか、あのキングオブヘタレが・・・。自分から変わるというのはかなりの勇気と覚悟が要る。俺も見習わないとな。




 相手との関係を深めたいのなら、自分が変わるしかない。俺も、もう少し能動的になるべきなのかもな。


 


家に帰りいつも通り弁当の箱を洗う。




 テレビでゲームをやるかスマホでゲームをやるか迷いスマホですることにする。




 全部で7章あるうちの1章進め、ゲーム機を置き夕飯の準備にとりかかる。




 そろそろ日が暮れてきたな、この前までこの時間帯では全然沈む様子はなかったのに。もう、すっかり秋だな。




 そろそろ瑞樹が帰るころなんだが、まあ帰りが遅くなることくらいあるか。高校生だしな。それに比べて俺は学校が終わり次第すぐ家に帰りゲーム三昧。休日は家から出すらしない。




 ・・・いつからこんなごみカス人間になってしまったのか。悲しくなってきた。今度真樹でも誘って映画でも行くか。いやでも、デートするかもしれない休日を潰すのは悪いか?


・・・まあ、いいか。あいつのデートが潰れた所で俺には実害ないしな。




 いややっぱり彼女に悪いな。よし、休日に真樹を借りる代わりに当分昼休みいや全休み時間を彼女過ごせるよう真樹を調教しとくか。




 テレビで撮りためた番組を消化しながら、夕飯を食べる。




遅い。いくらなんでも帰りが遅すぎる。いつもは5時頃には必ず帰ってきていて、夕飯時には自分の部屋に居る。




メールを送ってみるが、返事どころか既読すら付かない。返事が無いのはいつものことだが、普段は既読くらい付く。




電話も何回か掛けてみるが、繋がらない。前に遅くなった時は、無言ではあったがそれでも出てはくれた。




瑞樹も友達付き合いとかあるだろうし、帰りが遅くなることおあるだろう。




 だが、もしそうじゃなかったら?何か危険に巻き込まれていたとしたら?




 真樹が言っていたこと、そしてニュースの内容が脳に映される。




 暴漢、その言葉が浮かんだ途端瞬間家を飛び出していた。




 脳が沸騰しそうになるのを無理やり冷やしどこを探すべきか脳内に地図を描きながら絞っていく。




もし何もなくてなおかつ今の探してる姿を瑞樹に見られたら、かなりキモがられるだろうな。客観的に見ても、妹の帰りが少し遅いだけで探しに出る兄というのはかなりキモい。もしキモがられたとしても、それで妹の安全が買えるなら安いものだ。




まずは通学路、そして高校周りだ。急ごう。




 通学路、特に人気の無さそうな通りは入念に探す。 夜も更けてきたためか通る高校生は滅多に見ない。大声で瑞樹の名を叫びながら。通りすがりの人が奇異の目を向けてくるが、気にしてる暇は無い。




 通学路だけでなくそこから派生していく道も、念入りに探す。裏道などの薄暗い道も注視しながら高校への道を進んでいく。




 高校にたどり着いたがそれらしい陰はなかった。




 他に瑞樹の行きそうな場所は?いや、瑞樹じゃなくても良い。今時の高校生の行く場所は?どこだ!?




 俺は視野じゃ、ゲームセンターかゲーム類を売ってる家電量販店くらいしか思い浮かばない。




 どこだ!どこを探せば良い!!




 かなり焦りながら、頭を抱える連。その目に制服を着た女子高生らしき団体がカラオケから出てくるのが見える。




 そうか!カラオケか!!いや、カラオケだけじゃないあらゆる娯楽施設を探せば良いんだ!!!




 そうして、カラオケを中心にあらゆる娯楽施設を探し回る。




 頼む!居てくれ!




 そう願いながら、走りながら数キロ探し回るも祈り空しく見つからない。




 なんでだ!なんで見つからないんだ!!




 頼む!出てくれ!!そう思いながら電話を掛けるが、一向に出る気配は無い。




 クソッ!




 どうする!?どうすれば良い!!?考えろ!頭を回せ!!




 思考の海に深く、深く潜り脳細胞を冴えわたらせる。




 そうして、少しの間脳に全労力を集中させる。




 すると、あることに気が付いた。




 前に瑞樹とすれ違った時に鞄に付けていた缶バッジ。デザインこそ異なるが、そこに描かれていたキャラクターを俺を最近見た。




 どこだ!どこで見たんだ!?




 さらに、思考を加速させる。




 そうだ!真樹!!あいつの鞄に付いていたんだ!!!




 そして、朝のニュースでやっていたことも思い出す。




 そういえば、最近映画がやっていると聞いた。




 そして、このその映画を放映している地域は1つだけ。




















 瑞樹は鼻歌を歌いながら、家とは逆方向の電車に乗る。




 少女がこんなにも浮かれていたのは2つの理由がある。




 1つ目は学校が終わったことへの安心感。




 2つ目はこれから目当ての映画が見れるということへの高揚感。




 ああ~、あのタッグがまた見られるなんて!しかも劇場で!もう最高!!




 鞄に付いているキャラを見ながら、思いを馳せる。




 マキナちゃんもクールでかっこ良いし、チセナちゃんも明るくて可愛い。




 世間では推しがどちらで割れているらしいが、私に言わせれば世論は分かってない!




 あの2人は揃ってこそなんだ!どちらか1人だけなんて間違ってる!!




 テレビであのコンビを見れなくなった時はかなり絶望したけど、こうして映画でやってくれたから許す!




 そうして、期待感に胸を膨らませながら映画館に向かう。




 チケットを発券して、ポップコーンの列に並ぶ。




 チケットを見ると、終幕予定が夜遅くとなっている。




 お兄ちゃんに知らせるべきだろうか?




 そう思い、スマホに手を掛ける。




知らせた所で、どこに行ってたのかとか、なんでそんなに遅くなったのか、とかそういう親目線のウザったらしいことを聞いてくるに違い無い。面倒臭。




手に掛けたスマホを鞄にしまう。




そして、ブーとブザー音が鳴り、入場が開始される。




良し!楽しんで見よう!


















数時間後、瑞樹が劇場から出ていく。




最ッ高だった!!




あのタッグの息もつかせない連携!やっぱり百合しか勝たん!!




それに、テレビ版で死んだと思われてたあのキャラが生きてるなんて!




敵キャラで男キャラだけど、やっぱりカッコ良い―――!!




特に声、イケメン過ぎる。




非常に大満足だ。




行きと同じルンルン気分で、映画の余韻に浸りながら家路に着く。




やがて道は建物もあまり無く街頭も少ない、薄暗い路地へと入っていく。




後ろから人が来ているのを確認し、横に避ける。




スマホの電源を入れると、お兄ちゃんからの通信が鬼のように入っていることに気づく。




心配性は相変わらずみたいだ。本当ウザい。




返信するのが面倒臭く感じスマホを閉じようをすると、後ろからいきなり腕を掴まれる。




少し暗くてあまりはっきりとは分からないが、そこには中年らしき男がぼうっと立っていた。




この暗さにふさわしいような、どんよりとした目でこちらを見てくる。




 


気持ち悪い!




 


腕を解こうと振り上げた瞬間、勢いよく裏路地に押し倒される。




あまりの出来事に脳が混乱する。それでも、何とか判断出来たのは助けを叫ばなければならないということだった。




 


しかし、叫ぶよりも早く口を手で塞がれスカーフのような物で覆われる。そして、腕を押さえつけられる。




敵意というより殺意に近い目で男を睨む。




そして、精一杯抵抗しようと蹴りを入れようと足を動かすが思うように当たらない。両手も掴まれたまま動かせない。




 馬乗りになっていた男はそんな様子を見ながら、下卑た笑みを浮かべる。




 背筋がゾクっと震える。




 気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。




 男はゆっくりと服をめくっていく。




少女の目に籠るものはとっくに殺意ではなくなっていた。




恐怖と怖気が入り混じった表情で男を見る。




誰かに気づいて欲しいと、今まで出したこと無い程の大声を出そうとし続けるが布に音を吸われ思うように声が出ない。




助けて。誰か助けて。




祈るような思いで、空を仰ぎ目を瞑る。




助けて・・・・・・お兄ちゃん。




ドゴッ!!




そんな鈍い音が響く。




何?何が起きたの?




おそるおそる眼を開く。そこにあったのはさっきまで恐怖の象徴だった男をものの見事に殴り飛ばした少年の姿だった。
































 タクシーを使い、最速で映画館のある町へとたどり着く。




 ここでもかなりの時間を要すると思っていたが、人通りの多い道を避け裏道を探していくと早い段階で見つけることが出来た。




 と言っても、男に馬乗りになられ服をめくられシャツが露わになっている場面だが。




 それを見た瞬間、脳が全て血に代わり沸騰する。




 そして、気づいた時にはもうそいつを殴っていた。




 殴った後、我に返る。まだ、怒りは収まっていない。




 男を憎しみを籠った目で見降ろす。


 


 こいつを血を吐く程ボコボコにしたって、この怒りは収まらないだろう。いや、もしかしたら怒り過ぎてこいつを本当に殺してしまうかもしれない。




 だが、今やるべきことはこれじゃない。




瑞樹を抱きかかえ、急いでその場を後にする。




そして、走りながら警察に電話する。




抱きかかえている間、ずっと震えていた。




劇場から離れ家が近くなってきて全身の震えが収まりだすと、瑞樹が暴れ出した。




「いつまで抱いてんの!降ろせ!!」




言われた通り降ろす。




今立っている瑞樹の姿を見て、感情が抑えきれず抱き着いてしまう。




「ごめん、もっと早く見つけてやれなくて。本当に、ごめん。無事とは言えないのかもしれないけど、それでも怪我が無くて、本当に、良かった」




縋りつくような声の陸。




それを聞き、いつもなら煩わしいと言った様子で振り払う瑞樹も少し安心したような柔らかな目をしながら受け入れる。




しばらくすると良い加減煩わしいといった様子で瑞樹から陸が離れた後、腕を組み仁王立ちしながら少女が話す。




「良い!言っておくけど、別にあんたの助けなんていらなかったから。私1人で何とか出来たし、本当に余計なお世話。ここからは、もう1人でも大丈夫だから」




 そう言って、先を歩き始める。




 その後を追いながら、歩いていく。




 声を震わせがら言われても・・・・・。説得力0なんだが。




 しかも、組んでる腕も振るえてるし。




 そうとう怖かったんだな。




 再び犯人への怒りで震え始める。




 落ち着け、落ち着け。まずは瑞樹の震え、つまり不安を取り除かないと。




 そのためには、手を繋いでやるのが良いだろう。瑞樹には、かなり嫌がられるだ


ろうけどな。




 そして、俺もかなり嫌われるだろう。それはとても悲しいが、瑞樹の安心には代えられない。




 少し小走りして、瑞樹に追いつく。そして、隣を歩く。




 「なあ、手、繋いで良いか?」




 「はあ?絶対嫌」




 ここで諦めてたまるか。




 「頼む」




 「嫌」




 「頼む、この通りだ」




 背中を90度に傾けて頼む。




 歩みを止め、それを眺める瑞樹。しばらくした後、はあ、とため息を漏らす。




 「分かった。分かったよ!・・・・・・良いよ」




 そう言って、しょうがないなといった顔で手を差し出してくる。




 その手をがっちりと掴む。




 そして、しっかりと繋いだまま道を進む。




 もう、腕は震えていなかった。




 家に着く。




 いつものドアを開ける。




 こうしていると、いつもの日常に戻ったみたいだが決してそうじゃない。




 瑞樹は男に襲われた。幸い服を一枚捲られただけですんだが、それでも植え付けられた恐怖は相当なものだっただろう。




 もしかすると、男だけじゃなく外に出るのもトラウマになってしまったかもしれない。




 そうじゃないとしても、心に傷を負ったことは確かだろう。




 だから、その傷が埋まっていくように俺に出来ることは何でもやっていきたい。




 例え、本人にウザがられたとしても。




 「ちょっと、リビングで待っててくれ」




 そう言って陸はキッチンに向かう。




 牛乳をコップに入れ電子レンジで温める。温め終わったミルクに蜂蜜、そして柚子とレモンを入れかき混ぜる。




 「はい、ホットミルク」




 瑞樹に手渡す。




 甘い。そして、暖かい。蜂蜜が、柚子が、レモンが、ミルクが、全身に浸透していくのを感じる。




 荒んだ心を癒すとまではいかないが、それでも幾分か落ち着いた。




 その様子を見て、少しホッとした陸は隣に座って話し始める。




 「俺が瑞樹を見つけられたのは偶然なんかじゃない。何キロも何時間も探した結果だ。かなり疲れたしお金もかなり消えた。でももし、今後瑞樹の身に何かあるかもと思った時には同じことをする。そして、例え何を犠牲にしてでも必ず見つけ出す。必ずだ」




 陸は瑞樹の目をしっかりと見ながら話を続ける。




 「別に俺に頼れとか、そう言ってるんじゃない。頼る先は別に俺じゃなくても良い。ただもし瑞樹が助けを叫んだら、例えそれが声にならなかったとしても絶対に駆けつける。そう、絶対に。だから、困ったらどんな形であれ必ず助けを呼んで欲しい。頼む」




 そういって、頭を下げる。




 そしてまっすぐ、それでいてかなりの熱量に、本気で言っているのだなということが伝わる。




 そのあまりの熱量に、思わず頬を赤らめる。




 「分かった。分かったよ。だから、そんなに頭下げなくて良いって」




 ふとグーとお腹が鳴った。




 鳴らした本人は恥ずかしさから、さらに顔を紅くした。




 それまでの真面目な雰囲気からは想像出来ない、素っ頓狂な音に陸は思わず笑いを堪え切れず噴き出してしまう。




 それを見た瑞樹は釣られて笑ってしまう。




 ひとしきり笑う。






 キッチンに再び立ち、料理を始める。




 少しした後、テーブルに料理が並べられる。




 とても美味しそうな香りが薫ってくる。




 テーブルの上に載っていたのは、瑞樹の大好きな親子丼だった。




 さっそくスプーンで掬い上げ、頬張る。




 ホカホカのご飯とふわふわの卵、そして噛んだ途端染みついた味汁と肉汁が飛び出る鶏肉。




 それらが合わさり、重なり重厚な味を醸し出す。




 美味ッしい!




 食べていている内に、思わず頬が緩む。


 


 玄米、卵、鶏肉の組み合わせだけじゃない。生姜、根菜、カカオ等の隠し味も絶妙に合わさっているのを感じる。




 それだけじゃない、隠し味に秘められたお兄ちゃんの思いやりも感じる。




 体の芯が暖かくなっていく。




 それは体が温まる隠し食材を食べたからだろうか、それとも人の暖かな思いに触れただろうか。




 ふぁ~あ。夕飯を食べて眠気が襲ってきたのだろうか、寝ようと自室へと向かう。




 普段ならお風呂に入ったりと寝る前にいろいろやることがあるはずなのだが、さすがに今日はそのまま寝ようとする。




 その様子を見て、陸はふと昔を思い出す。




 学校から帰る途中で雨が降り出し、一瞬で大雨にとなった。轟音轟く雷鳴の中、何度も転び泥だらけになりながら家に帰った。




 ベッドに入り、眠ろうとしても雷音が聞こえてきて雨の中雷が落ちる恐怖を感じながら走ったことを思い出しなかなか眠れなかったのだった。




 大雨に降られただけでも、暗い夜の中浮かび上がる恐怖は相当なものだった。この夜闇の中瑞樹はどれだけの恐怖が思い浮かぶことだろう。




 そう思った陸は、瑞樹に対してある提案をした。




 「今日は、一緒に寝ないか?」




 「寝るわけないだろ」




 断られるのは想定内だ。ここからが勝負だ。




 「一緒に寝てくれ!」




 「嫌」




 「今日は一緒に寝てくれないと、寝られない気分なんだ」




 「どんな気分よ」




 「頼む!明日大事な授業があるんだ!このままだと、寝不足で聞き逃す可能性がある!」




 明日は絶対に受けなきゃならない、応急救命の実習だった。もし休んだり、聞いてなかったりしたら休日返上で1人だけで補修を受けなきゃならなくなる。




 両手を合わせ、しばらく祈っていると微かな溜息が聞こえてくる。




 「仕方ないな」




 そうして、自室ではなく陸の部屋に向かう瑞樹。




 ベッドに飛び乗ると、そのまま寝息を立て始めた。




 早ッ!まあ、眠れないよりはマシか。




 電気を仄かに明るい程度に抑え、眠りに付こうとする。




 すると、隣から微かにうなり声がする。




 見ると、瑞樹が非常に険しい顔をしていた。




それをさっき震えを止まらせた時のように、そっと手を両手で包む。




すると瑞樹の寝顔は、みるみる柔らかくものへと変化していく。




良かった。




その夜、少女は夢を見た。囚われの姫である自分を助けを来てくれる陸という名の騎士が助けに来てくれる夢を。




翌日、先に目が覚めたのは瑞樹だった。




ふと、手に違和感があるのを感じ見ると自分の手を陸が握っていることに気づく。




それが、陸の優しさから来ていると理解していた瑞樹はまだ寝ている陸に向かって呟く。




「いつもありがと、お兄ちゃん」




そう言うと、部屋を出て洗面所に向かう。




そして、朝の支度を始める。




鏡に自分の顔が映る。




昨日、お兄ちゃんが助けてくれなかったらこんな日常も無かったかも知れない。




もう少し素直になっても、良いのかな。




太陽が完全に目を覚まし活動を始めた頃、陸が起き出す。隣を見ると、既に瑞樹の姿は無い。




どこにいったのだろうかと思いながら、リビングへ向かうとベーコンが焼かれている香ばしい匂いがしてくる。




どうやら誰かが、料理をしているらしい。たぶん作っているのは瑞樹だろう。




リビングに着くと、瑞樹がフライパンを握っている様子が目に入る。




「何してんだ?」




「朝飯作ってる」




「自分の?」




「そんなわけないだろ」




驚く。この数年間俺のために料理作ってくれたことなんて、無かったのに。




 少し嬉しさを噛み締めながら、朝飯を待つ。




 そうしてテーブルに出されたのは、焦げ焦げの目玉焼きとベーコンだった。




 所々墨を噛みながら、食べ進める。




 「うん、美味しいよ」




 「別に気を遣わなくて良い」




 少しむくれっ面で答えると、自身が作り出した墨を苦々しい顔で消化していく。




 「もう午前中も中盤だけど、学校は良いのか?」




 「良いんだ、サボるから」




 1日経ったとは言え、あんな目にあった瑞樹を1人にしてはおけtない。




 「良いのかよ、大事な授業があったんじゃないのかよ」




 「良いんだ、それもサボるから」




 これで、休日返上で補修決定だが妹の方が優先だ。




 「ふーん」




 瑞樹は陸に顔を見せないように、食器を片付ける。




 その後、2人は一緒に映画を見たりゲームをしたりと非常にまったりとした時間を過ごした。




 いつもは絶対に一緒にやってくれないから、すごく嬉しいかった。




 昼時、陸のスマホに一本の電話が掛かってくる。




 見覚えのない番号で、少し警戒しながら電話に出る。




 相手は警察らしかった。どうやら、昨日の犯人は捕まったらしい。だから、事情聴取に伺いたいという内容だった。一先ず確認をとってから、と言い電話を切る。




 犯人が捕まったのは喜ばしいが、あまり事件の事は触れないで欲しいな。




 瑞樹にそのことを伝えると、安心した顔が少し曇る。




 「断ろうか?これはべつに強制じゃない。だから、もし嫌なら断ったとしても良いんだぞ。代わりに俺が受けるから」




 「いや、受ける。これは私がやらなきゃいけないことだと思う。だから、やる」




 緊迫した表情の瑞樹。




 そんな剣呑な雰囲気を変えようと、陸はゲームの続きをしようと提案する。




 そうして、遊んでいる内に嫌な表情は消えていた。




 そして、夕方になる。




 夕飯の準備をしようとキッチンに立ち、冷蔵庫の中を確認する。




 あまり、というか全然食材が無い。




 これは買い出しに行かないとダメだな。




 財布を鞄に入れ、買い出しに向かう準備をする。




 すると、瑞樹が隣に来る。




 「私も行く」




 「そっか」




 そして靴を履き外に出ようとしたその時、靴を履こうとしていた瑞樹の腕が震えだす。




 その震えはあっという間に体全体に広がっていく。




 ダメだ。外に出るって意識した途端あの映像が、恐怖が映し上がってくる。




 怖い。また、あんな目に遭ったらと思うとすごく恐い。




 外に出たらまたあんな目に遭う。きっと、そうだ。だったら、二度と外に出なければ良い。そうだ、今日1日ずっと楽しかったしずっとこんな生活を続けていけば良い。




 どんどん顔が曇り、絶望が支配していく。




 そんな様子を見ていた陸は、瑞樹をそっと抱きしめ頭を優しく撫でる。




 「大丈夫。大丈夫だよ。今は暗闇しか見えなくても、いつかきっと光が見える。それまで、いやそれからも一緒に居る。だから、大丈夫だよ」




 瑞樹の耳元で優しく囁く。




 その言葉を聞き、パンッと自ら頬を叩く。




 そうして無理矢理マイナスな思考を振り払い、足腰に力を入れる。




 しかし、なかなか腰が上がらない。




 陸はその様子を見て言う。




 「無理しなくて良いんだ。今はダメでも、いつかきっと大丈夫になる日が来る」




 「今頑張らなきゃ、私はきっとこれ以降一生頑張れない!だから、私はここで一歩踏み出さないといけない!」




 その努力する様を見て、慰めていた自分を恥じる。




 彼女は俺が思っていたよりも、遥かに強い子だった。




 だったら、俺がやるべきことは慰めることじゃない。背中を押す事だ。




 瑞樹に手を差し出す。その手を瑞樹が握ったのを確認すると、勢いよく引っ張り上げる。




 しかしあまりにも勢いを付け過ぎた結果、勢いよく陸にぶつかりそのままドアが開き外へとへ倒れ込む。




 瑞樹と陸の顔の距離が近づいたことの無い距離まで接近する。




 瑞樹の心臓がバクンバクンと大きく鼓動し始める。




 あの事件の時でさえ、こんなに鼓動は大きく無かった。




 しばらく見つめあう2人。




 少しした後、我に返り瑞樹は急いで飛びのける。




 その顔は今までのどんな時よりも紅く染まっていた。




 はあ~びっくりした。お兄ちゃんの顔があんなに近くにあるなんて、初めて。すっごく緊張した。




 「瑞樹、瑞樹。周り、見てみな」




 陸に言われ、周りを見てみる。




 そこにあったのは外、外の景色だった。




 陸とくっついて、今まで気づかなかったけどもう外に出ていたんだ。




 今まで当たり前のように、出ていた外。それが、こんなに新鮮に感じられるなんて。




 これまで吸ったどの空気よりも、美味しく感じられる。




 外に出た、その足で買い出しに向かう2人。




 しかし、いくら外に出たとはいえまだ少し緊張する。




 買い出し時は常に、陸の後ろに隠れ歩く時も手を繋いでいた。




 帰って夕飯を準備をし、食べ、寝る準備を済ませ寝室へ向かう。




 今日は一緒に寝ない?と聞いたらこくりと頷きおとなしく付いて来た。




 そして、大して抵抗することなく手を繋ぐのを受け入れ眠りに付く。




 翌日、今度は2人同じような時間に起きる。




 そうして、昨日と同じような日常を送る。




 日も暮れ夜が本格的に始まろうとしていた時、ピンポーンとチャイムが鳴る。




 ドアを開け出ると、そこに居たのは真樹の彼女の小野千歳だった。




 「どうしたの?」




 「真樹君が心配だって言うからさ、様子見に来たの」




 「真樹はどうしたの?」




 「風邪だってさ。しかも、長引きそうらしいよ」




 「なるほど、だから代わりに来たんだ」




 「そういうこと」




 「俺も風邪みたいなもんかな、真樹と同じで長引きそう」




 まだしばらくは、瑞樹を1人にしては置けない。




 「陸君も~。流行ってんのかな、風邪」




 「そういうわけでは無いと思うけど、でも小野さんもちゃんと予防しときなよ」




 「うん、そうする。じゃあ、早く良くなってね」 




 「ありがとう。真樹にもそう伝えといて」




 「分かった」




 制服姿が闇に溶けてゆく。




 さて、夕飯でも作りますか。




 食材を冷蔵庫から調達しようとして、卵が無いことに気づく。卵はどこか、と瑞樹に聞こうとするが見当たらない。




 2階もくまなく探したが、どこにも居ない。どこに行ったんだ?






























 少女が居たのは、昔よく家出した時に避難先にしていた公園だった。




 何で、こんなとこにいるんだろう。




 分からない。ただ、お兄ちゃんが見ず知らずの可愛らしい女の子と話しているのを見た途端走りだしてた。




 何やってんだか。




 お兄ちゃんももう高校生だ。そりゃあ、彼女が居たって不思議じゃない。




 むしろ自然だ。




 そう、当たり前、これが当たり前なんだ。だから、納得しないと。納得しないと、なっとく・・・・・・




 嫌だなぁ。




























 今度は割と早くに見つかった。




 小さい頃は、何かあるとすぐにここに隠れていたからな。




 公園に設置された土管に向かい歩き出す。




 そして、隠れた少女が居る土管の隣に腰掛ける。




「なあ、何で出て行ったんだ?」




 返事は無い。それでも、何かしら話してくれるまで待つつもりだ。




 10数分が経過した後、ぽつりぽつりと話し出す。




「お兄ちゃん、は居なく、なったり、しない?」




「ああ、しないよ」




「彼女が居ても?」




「今の所彼女が出来る予定は無いから、安心しろ」




「え?じゃあ、さっき話していた人は?」




「え、あ、ああ、あれは友達の彼女だよ」




 それを聞いた瞬間、耳まで赤くなるほど羞恥心が全身を駆け巡る。


 


 陸は、手を瑞樹の頭の上に乗せながら優しい口調で言う。




「例え彼女が出来ても、好きな人が出来ても、お前の側に居る。だから、安心しろ」




 そういって、柔らかく微笑む。




 その微笑みを見て、これまで抑えて来た感情が、思いが噴き出てしまう。




「好き」




 一度溢れた思いは止まることなく溢れ続ける。




「好き、好き、大好き。ずっと前から好きだった」




 零れる言葉を噛み締めるように、とても愛おしい人を見る顔をしながら続ける。




「この思いは間違ってる。それは、分かってた。だから距離を置いてこの気持ちがバレないようにしたし、嫌いな演技をして自分の気持ちを騙そうと思った。でも、ダメだった。あなたに助けられたあの日、嫌いになることが出来ないくらい好きになってしまった。そして、優しくされる度、好きが増えていった。でも、この気持ちを伝えてしまったらもう2度と家族には戻れない。そして、恋人にもなれない。だって、あなたが私のことを恋愛対象として見てないことは分かってたから。だから、伝えるつもりなんて無かった。無かったのに。・・・・・・」




 涙をこぼしながら、その場から逃げようとする。




 そんな少女の手を、掴む。




 正直、一目惚れなんてものは嘘だと思っていた。




 でも、今は・・・・・・




「俺も好きだ」




「嘘!それが嘘だって誰よりも、私が分かってる!!」




 泣きながら叫ぶ少女。




 そんな少女に、優しく語り掛けるように話す。




「嘘じゃない。嘘じゃないんだ。何故なら、今好きになったんだから」




「え?」




「正直、瑞樹のことはこれまで妹としか見てなかった。でも、さっきの告白。あの真に迫った声と顔そしてそれらから伝わる思いに、本当に好いてくれてるんだっていうのが伝わった。そして、どのくらい好きでいてくれているのかも。あんなのを聞いて、好きにならない男は居ない。まあ、俺が元々瑞樹を好きな素質を持っていただけかもしれないけどな。それに一度好きになった以上、例えその道がいかに険しかろうと幸せにする」




 そう、照れながら話す。




「ふ、ふふ、何それ、ふふふふふははは、アハハハハハハハハハハハハハハ!」




 瑞樹は大笑いする。




「ふう、ふう、ふう、久しぶりにこんなに笑った」




 眼から涙を拭いながら言う。




「ふ~ん、へ~、陸、私のこと、幸せにしてくれるんだ~」




 ニマニマしながら揶揄う。




「そうだよ」




 照れながらそっぽを向く。




 そんな陸の襟元を掴み、引き寄せる。




 そして、唇と唇が触れ合う。




 陸は何が起こったのかまだ把握できず、目をパチクリさせている。




「今までず~と我慢してきたんだから、この程度はまだ序の口なんだからっ!覚悟してよね、お兄ちゃん♡」




 いきなり、そう呼ばれ気恥ずかしさやら何やらで感情が迷子になる。




 そして、顔も沸騰してるのかと思われるくらい熱が上がっていた。




 そんな様子を見ながら、クスクスと笑う少女。




 その目に、顔にもう氷雪姫と呼ばれた面影は無かった。


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氷雪姫と呼ばれる妹がデレるまで 誰がためのこんにゃく @sawatani2002

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