一縫い 女子高生

 ―どうしても一人じゃできない悩み事―


 ―日常のちょっとしたものから多少の厄介事まで―


 ―一週間の時間を代償に叶えましょう―


 ―それが私達『イトヒキ』のお仕事ですから―



「ここがあのイトヒキ……なの?」

しげりすぎた草木は森の中なのかと疑いかけ、つたはその家の隅から隅まで絡みついていた。聞いていた物語のような綺麗な館と想像していた分、脳内に出てきた単語は『魔女の館』だった


私は町内でも最も学生の多い高校、夜凪よなぎさ高校の生徒だ。文化系に力を入れているらしいが私は特別な理由はなく、家から近かったからと言う典型的なものだ。別に裁縫や芸術に興味はない。何か趣味らしい物があるとすれば、今鞄に付けている『モチモチ丸』グッズの収集くらいだ。ちなみに名前は入野結実いりのゆみ、名付け親のおばあちゃんが人と人を結んで硬い絆を実らせる優しい子になるようにって考えてくれた。実際そうできてるのかは謎なんだけど…

話を戻そう。今日私が来たのはこの目の前の店に用事があったのだ。最近クラスで流行ってた『イトヒキ』の噂、一週間の時間を代償にするだけで何でも願いが叶うと言う内容に皆は雑談の一つとして扱っていたが、私にとってはとても魅力的なことだった。これといった素敵な趣味も時間の潰し方も持っていない私にとって一週間なんて常に持て余している。有効活用できるのなら寧ろ良いこと尽くしだ……と思っていたが、いざ目にしてみるとその気は失せ始めていた。苦い薬ほど体にいいという意味のことわざはあるが、ボロければボロいほど職人の腕は信用できるなんて言葉はない。テレビでよく見る一流は皆最高の環境と設備がセットだ

「やっぱり噂は噂なんだ…帰ろ」

私は肩を落とした。そもそもデメリット無く何でも叶うなんて現実には可笑おかしいんだ。都会の方ではお金や身体を売ってるってドラマでよくあったことだし、女子高生の私にはそんなお金も度胸もない。どうせなら好きな人になんて一歩も進んでない私にとってはその夢物語と同じくらい無理なことだ。もう諦めようときびすを返すと、背後でドアの軋む音が聞こえた

「え?」

思わず振り向けば、いつの間にいたのか執事服の成人男性がいた。濁りのない純粋な白い髪が後ろで緩く結われていて、目元を黒い包帯で隠すように覆っていた。肌は陶器のように白いという言葉のままで、その人間味がない異様さに私はたじろいた。その青年は何も言わず笑みを浮かべたまま館のドアを開いた

「…入れってこと?」

私が問えば青年は頷き私に手を差し伸べた。正直、分かりましたとこころよく入る気はない。人には見えない青年、不気味な館、怪しい噂と三連符で来れば誰だって警戒はするだろう。でも私の足はそれとは裏腹に一歩、また一歩と前に進む。幼児みたいにおぼつかない足取りで、私の足は止まらず気づけば青年の手に自分の手を重ねていた。可笑しい、自分の意思はあるのに身体は誰かに操られている。恐怖で何も考えられず身をゆだねた先に視界を向ければ


そこは大小様々な人形が飾られた綺麗な部屋だった。洋服、和服、漢服、いろんな顔が並べられており、シャンデリアの暖色な灯りが人形たちの白い肌を温かみに染めていた。動くことはないと分かっているのに、その綺麗な衣装と顔立ちに私は見惚れていた


「あら、珍しいわね。こんなに若い子が来るなんて」

部屋の奥にある扉から出てきた少女はそう言った。肩甲骨まである灰色の髪は絡まることを知らないかのように綺麗で、服はこの部屋にある人形よりは落ち着いた印象の真っ黒なゴスロリワンピース、ミニブーツが近づくたびに奏でる足音は軽やかで、私を見つめるルベライトトルマリンの瞳に目が離せなかった。彼女は私に人一人分の距離まで近づけば服の裾をつまみ会釈えしゃくをした。確かカーテシーって名前だ

「ようこそイトヒキへ、お客人。わたくしは主のリオよ」

そう言って顔を上げた少女、リオはまたニコリと微笑んだ



「こ、こんにちは…」

「フフッ、緊張してるのかしら。とりあえず彼処あそこでお話しましょ」

落ち着かない私にリオはお茶菓子が置かれた椅子とソファーに案内してくれた。青年と目配せをして彼は部屋の奥へと消えていき、部屋には静寂が訪れた。入ったときは気づかなかったが、部屋にびっしりと置かれた棚にはきれいに並べられた人形、洋服店で見るマネキンは物語のワンシーンを切り取ったようなポーズをしていた。そしてその人形たちが自分を見ているのではと感じ始めて、居心地の悪さを紛らすために目の前のクッキーを無心で食べる。プレーンとココアを交互に食べているが、普段家で食べるクッキーよりも食感と風味がいい。市販のものより美味しいとなると高級品か手作りか、前者だと思うと解れた緊張がより増して手が止まった

「クッキーはお嫌い?」

「い、いえ!家で食べるのよりずっと美味しいです!寧ろ持ち帰りたいくらい…すみません」

「お気に召したのなら嬉しいわ。うちの助手も喜びます」

「え!?さっきのお兄さんが?」

ええと返答し優雅に紅茶を飲むリオに私はまた固まった。身なりだけではなく女子力まで高いとは…恐らくリオの助手ならこの館の家事もこなしている可能性が高い。何故か痛みだす胸を無視してクッキーをまた一つ頬張る、美味しいけど心の隙間をじわじわと広げる甘さだ。カチャンと音を立てなかったリオが態とらしく置けば、俯いていた瞳がこちらに視線を向けた。今更だが、矢張り助手が助手だからか主のリオもかなり不気味さはある。ルベライトトルマリンの紅色とは裏腹な白い肌と灰色の髪、周りに配置された人形と似た雰囲気だが彼女は人間…と思っていいのだろうか

「それでお客人、本日は如何様にしてここに?」

「あ、すみません忘れてました…」

私は慌てて紅茶のカップとクッキーを置いて、身なりを整えてリオと向き合う

「ここの噂を聞きまして、一週間の時間を代償になんでも叶えてくれるって本当ですか?」

「ええ。勿論なんでも叶えましょう」

「本当ですか⁉」

「但し」

食い気味に聞いた私の勢いを断ち切るように、リオは言葉を発した

「一週間の代償は人間にとっては大きな損傷。賭け事、偶然の幸運、才能の開花、お客人の年代で言う青春でしたか…そのきっかけがあるかもしれない一週間を赤の他人に預けることになります。そこはさすがの私も請け負いきれません」

「え……あ、でも私これといった特技も趣味もないですし、寧ろ浪費し続ける人生なのでぜんぜん大丈夫ですよ」

「……そうですか。ならばもう一つ確認させてください、ポン」

リオは少し微笑んだ後いつの間にか戻ってきていた青年に指示を出す。そういえば今リオは彼のことを『ポン』と呼んでいたが、仕事中に使う呼び名だろうか。モチモチ丸と似た雰囲気で親近感を覚える。そしてそのポンと呼ばれた青年は持っていた籠から二つの人形を取りだした。掌より少し大きい人形の片方は私と同じ制服、もう片方はリオと同じ服装と髪型をしていた

「確認の前に私たちの職種をご説明します。他のものでは例えにくいので。私たち偽装人形ダミードールはお客人の願いを叶えるためにお客人と魂の器、人体の交換を行います」

「人体の...交換?」

「はい。お客人が私の身体にいる内に、私たちはお客人の環境観察、計画内容を練り、実行する。かかる時間は個人差がありますが、私の一週間は同業者の間では早い上に確実に成功いたします。依頼内容以外の環境劣化は起こしませんし、入れ替わり期間の世話は私の助手が行います。ですのでお客人は一週間だけ私の身体で生活してもらいますわ」

とリオが話しているに対応して人形が身振り手振りをしている光景や内容はファンタジーじみていた。人体の交換?憑依とは違う感じのそれは本当に信用していいのだろうか?怪しい雰囲気の館のせいで胡散臭いが、元々彼女たちは存在が異質さを隠す気がないようで、嘘は見受けられなかった。そしてリオが瞳を瞬いたと思えば、ルベライトトルマリンの輝きは失われ、そこには不気味な赤い瞳の人形がいた。作り笑いのない、表情筋が一切の動作を止め真顔と言えるその表情に私は息をすることを忘れかけた

「そして、これから話すことが確認事項です。先程の説明内容で理解したと思いますが、人体の交換中は他人の魂が己の身体に居座ることになります。その感の感覚と記憶は魂にのみ記録されるので、戻った後の違和感はありませんが、秘密の筒抜けや一部だけでもガラリと変わる事は、人間の営みでよく言われる異物感とは比べ物にならない程の不快さがあります。決して解決しない冤罪と同じですね」

「は、はぁ.....」

「これを聞いても尚、お客人は依頼をしますか?」

輝きをを戻したリオは微笑んで私の返答を待つ。脅しや警告に近い確認に正直私は悩んだ。可能なものが大きければ大きい程、代償もそれに伴った大きさだ。生半可に頼んではいけないことは彼女の瞳が語っている。でも生きている内にこれといった個性や将来もないのなら、一度くらい大きなことに賭けてみても良いのではと、不安より好奇心が勝った

「はい!お願いします!」

「良い返事が聞けてよかったです。それでは依頼内容を」

「えっと、この人の彼女になりたいです!」

私が見せたスマホには今学園で一番人気の生徒が写っている。品行方正、文武両道、顔立ちも綺麗なのに恋人いない歴が年齢な彼は学校では『会いに行けるワンチャンアイドル』なんて変な呼び名があるが、私と同じ二年生で今年は同じクラスという幸運に恵まれた。話しかけに行く度胸は無いけれど、リオに頼めばもしかするといけるのではと馬鹿らしいが浮かれてしまった。私だって未だ青春や恋人のいる生活に夢見る乙女だ。一度でいいからそういう経験がしたい。そして目の前でその生徒を見るリオとポンは互いに目配せらしきことをした後、縦に頷いてくれた

「分かりました。それでしたら最終確認と契約書にサインを」

「良いですけど...最確認って?」

「簡単ですよ。ひとつの質問に答えてもらうだけです」

そう言ってポンに人形を片付けに行かせ、リオは人形だらけの戸棚の方へ向かった

「そのお方と恋仲になれるなら、手段は構いませんか?」

「え!?真逆ころ...」

「そのような汚れ仕事はしません。手間がかかりすぎるので」

逆に事前準備すれば受ける場合でもあるのだろうかと考えたが、触れてはいけない気がして忘れることにした。そしてリオが戻ってきたと思えば一枚の紙を提出した。さっき話した内容から汲み取るに契約書だろう

「ここにサインをすれば、今からきっちり一週間後、お客人の願いは叶いますよ。それで、生死を伴う手段という事でよろしいでしょうか?」

「はい!!」

「ではここにお名前を」

そう言われリオに渡された万年筆で私の名前を書く

「これで契約成立ですね。入野結実様」

「様なんて付けなくても...」

「では入野さんとお呼びします。暫くは私の身体でお過ごしください。何かあれば助手に言いつけを」

そう言って立ち上がったリオは私の後ろに来て、両手で私の視界を塞ぐ

「貴方の居場所、少々お借りするわ。良い夢を───」

耳元で囁かれた内容を理解しようとしたが、その時の私の意識は徐々に薄れていった

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Lio ―世間は彼女を偽装人形と呼ぶ― 夢境のマシュマロ @dekopon30

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