第17話 「ごめんなさい」

すみません、遅くなりました。次の更新はできれば木曜にします。


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 大型の台風は、その勢力を衰えさせることなく本州に上陸を果たし、事前の予報よりも甚大な被害を各地に与えている。

 市内の幼稚園、小中学校は休校で、私の通う端洗高校も急遽お休みが決まった。


「タイミング、悪いなぁ」


 昨日は、ずっと敬遠していた恋愛ものの映画を見た。正確には、高校生を主人公とした恋愛もの、だけれど。

 ずっと避けてきたそれに、やっぱり感動してしまって、武井先輩にもって、思っていたのに。

 屋根に当たった雨が、ばらばらとベランダに落ちていく。外を、遠くを眺めたって、今日は先輩とは会えないんだ。


「うー……好き、なんだよね」


 ごろん、と寝返りを打つ。いつもならとっくに起きて着替えなきゃいけない時間だけど、休みだと思うと布団も寝巻も捨てられない。

 いつまでも薄い生地のパーカーのまま、ベッドの上でスマホを開いた。


 メッセージは……来ていない。武井先輩からも、喧嘩別れのようになってしまった時透先輩からも、美術部のメンバーからも。

 気にしない、気にしないって言い聞かせているのに、どうしても少し寂しさを感じてしまう。きっとそれは、昨日見た映画のせいなのに。


「見なければ、よかったのかな」


 昔、小さい頃。私は、今ほど忙しくなかったお母さんと、お父さんの間に座って、よく一緒に映画を見ていた。

 どんな映画を見ても、私は決まって鼻をすすって号泣してしまって、お母さんが背中をさすってくれた。

 中でも小学校低学年の頃に熱中していたのが、恋愛映画だった。


 高校生を主人公にした、ありきたりな青春もの。私はそれに熱中して、何度も、何度も、繰り返し見て。そして、ヒロインの女の子に憧れた。

 お母さんに、「どうしたらあの子みたいになれるの?」なんて、しょっちゅう尋ねていたっけ。


 だけど、心に映った綺麗なヒロインなんて、本当はいなくて。私には、なれなかった。


 そろそろ、十時を回る。お腹は空いてきたし、いつまでも寝返りをうつことくらいしかしない自分に、嫌悪感を湧いてくる。

 でも、なぜか今日は、どうしても起き上がる気になれなかった。

 ぎゅう、と布団の中で縮こまって、胸の前で手を組めば、何度でも蘇ってくる。あの日の記憶トラウマ


 お母さんの起業に合わせて、私たち家族は引っ越しをした。

 前に住んでいたのは、別の県の大きな街で。その頃の友達とは、一切連絡をとれていない。

 いや、友達だって思っていたのは、きっと私だけで。


「物語のヒロイン」に憧れた愚かな私は、


「誰にでもいい顔をしちゃってさ。男の子も、先生たちも、みんな恋夢ちゃんを贔屓してる。転校するんでしょ?よかった。恋夢ちゃんがいなくなったら、みんなもっと普通になる」


 転校する前にそう、私に告げた女の子の顔を、よく覚えている。


「おまえ、誰が好きなの?俺、わかんないよ。俺のこと好きなのかなって、思っちゃうよ。違うんだよな。なんで、そんなに優しくするんだよ」


 放課後の廊下で、私を呼び止めた男の子の声を、よく覚えている。


「ごめんね、恋夢ちゃん。私、本当は恋夢ちゃんと話した日は、いつも悪口を言われていたの。ごめんね、もう、恋夢ちゃんとは、お話、できないよ」


 涙をぼろぼろこぼして、私から逃げ出した親友のことを、忘れられるはずがない。


 私は、失敗したんだって。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ、それは周りからの壁越しのような視線で気付かされていって。転校を伝えたあの日、決壊した。

 私は誰か好きな男の子がいたわけじゃないし、仲良くしたくない女の子がいたわけじゃないし、先生に媚を売っていたつもりもない。

 でも、周囲からは私はそういう目で見られていて、そのことに全然、気づけなかった。


 私は、ヒロインにはなれなかった。


 転校してからは、友達を作ることをやめた。恋愛映画を見ることもやめた。

 間違えることは辛いから。

 裏切られることは辛いから。

 別れることは辛いから。


「……はぁ」


 思い出しては、後悔して、ため息をつく。

 それでも、昨日の映画は面白いと思ってしまったし、武井先輩には……好意を持っていると、思う。

 でも、やっぱり心の底には泥のように暗い思い出が溜まっていて、誰かに心からの笑顔を向ける度、ぐずぐずと古傷が痛むんだ。


 やっぱり、もう嫌だ。

 先輩とまた映画を見たいなんて、ううん。気の迷い。

 気づきかけている好きの気持ちにも、蓋をしよう。


「武井先輩。告白のお返事、させてください」


 ぐ、と伸びをして、深呼吸。ふるふる頭を振ってから、私はそう、メッセージを送った。

 ちゃんと、終わりにするために。これ以上、苦しくならないように。

 先輩に、迷惑をかけないように。


「わかりました。電話、する?」


 返事は、すぐにきた。

 告白や、その返事なんて大事なこと、確かに電話をしたり、直接会って話したりしないと、不誠実だろう。

 でも、私は先輩の声を聞くことが、どうしても怖かった。

 せっかく、自分を奮い立たせて、ぴしっと決めた覚悟が、簡単に揺らいでしまうような気がして。


「ごめんなさい。メッセージで、お願いします」


「OK。いつでもどうぞ」


 ずるいなあ。本当に。

 逃げて、逃げて、目を逸らして。

 楽な方へ、楽な方へ、辛くないように。


「先輩と、恋の勉強をさせてもらえて、よかったです。とても、楽しかったです」


 一文字、一文字、スマホの画面を叩くたびに、胸が締め付けられていく。

 でも、今よりもずっと、苦しい思いをするくらいなら。


「でも、ごめんなさい。私は、武井阿里先輩の恋人には、なれないです」


 その一言を送信するのに、ずいぶんと時間をかけてしまった。本当に、覚悟の中途半端な私。

 でも、送ることができた。震える指先で、紙飛行機のボタンを押すことができた。


「わかりました」


 ぽん、と戻ってきたのは、無機質なデータの羅列。彼の声音も、気持ちも、なんにも伝わってはこない。

 ああ、やっぱり、失敗したな。そう思っても、遅かった。


「ごめんね。君の気持ちを考えずに、振り回しちゃって」


「学年も違うし、たぶん、顔を合わせる機会もなくなると、思うけど」


「もし会ったら、挨拶くらいは、してもいいですか」


 画面を見ていられなくて、目を瞑ったまま、スマホを握りしめた。

 本心じゃないなんて、言い訳。だって、私は確かに傷つくのが怖くて、恋することが怖くて……たぶん、キスをすることが、怖い。

 先輩のことは好きなんだろう。ドキドキと高鳴る気持ちの正体が恋なら、恋しているんだろう。

 だけど、だから、先輩とは、お付き合いできない。私はそう、彼に言ってしまったんだ。


「はい。大丈夫、です」


「ありがとう、ございました。先輩」


 街の上空を、台風が通過していた。ざあざあ、降り続く雨は、まだ止まない。

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天使な彼女は夢見がち〜どうやら俺の周りにはヘンな高校生しかいないらしい〜 りあ @hiyokoriakyo

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