Anthyaの果実

@Anthya

第1話

実は、彼女との邂逅はかなり人生を遡ったところにあります。同じ学校に通いだしたのはつい最近ですが、僕は学友としての彼女ではなく、家から二番目に近いスーパーのフードコートに居る少女としての彼女の方がよく知っているのです。



家から一番目に近いスーパーは、確かに品揃えもよく、決して高くは無いのですが、フードコートがないのが駄目です。家が決して居心地の良いものでは無い僕にとって、フードコートで食べるスーパーの惣菜が、毎晩の食事なのです。



「今日は『ぱすた』がありませんでしたか?」

はじめに声をかけてきたのは彼女の方でした。先程から「彼女」と呼んでいますが、名前はシライ ツキノというそうです。名前は学友になってから知りました。



「えっと、はい......ありませんでしたが、えっと、何故それを?」

僕は戸惑いました。確かに同じ時間帯に、同じ位置に彼女が居るのは毎日目の端で認識はしていました。しかし、話しかけられるのは今日が初めてです。毎日存在を確認はしていても、わざわざ声をかけるような人間では無い僕です。彼女もそういった人間には思えませんでした。



「いえ、お兄さん、毎日『ぱすた』を食べていたので、今日は無かったのかなって気になって」

そういう彼女の手にはフォークが握られており、フードコートの電子レンジは見知ったオレンジ色に光っています。

「無かったかを気になっていたかというよりは、今日は『ぱすた』、残り一つしか無かったんですよ」

彼女がそういうと同時に、電子レンジがあたため完了の次第を音を鳴らして知らせ出しました。



「なので私がもらおうと思いまして。お兄さんは『ぱすた』が無ければ何を食べるのかなって」

彼女は僕のそばを離れると、電子レンジの中からあつあつの惣菜パスタを取り出した。あまりに熱いようで、彼女は自分の服の袖を少し伸ばして手を覆い、その手でパスタの容器を抱えて戻ってきました。そうです、彼女が話しかけてきたのは薄手の長袖がぴったりな、冬がチラつく秋の日でした。



「けど、結局『ぱすた』を買ったんですね。『さらだぱすた』って美味しいんですか?」

彼女は僕が手に持つ『豚しゃぶの冷製サラダパスタ!』を一瞥して、面白くなさそうにそう言った。

「あ、まあ、はい......仕方ないので」

僕が勢いに圧倒されたまま思わず返事をすると、彼女は呆れたように笑いました。

「じゃあ今度は意地悪しないで残しておきますね、『ぱすた』。というか『ぱすた』って高いんですね、私いつもパンだから」



彼女との邂逅はそんな些細な出来事で、しかし彼女らしい出来事でした。

普通はフードコートで一緒になるだけの少年に話しかけることなんてありませんし、意味の無い、試すような意地悪はしません。



それとも、意味はあったのでしょうか。その出来事以降彼女と過ごした長くて短い時間の中、起きた全ての出来事には、彼女なりの思惑と意味があったのかもしれません。



ただ、今更その意味を知ったところで、彼女はもうここには居ませんし、彼女はもうどこにも居ません。

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