3
『もはや己に勝ち目はあらず。そうとなれば憎き
「ひょっとしたら殺されているのか、と思っていた妹が無事だと知った安堵に
慌てて飛び降りると、奴は咽喉を掻き切って息絶えたあと、奴に斬りつけられた汝の母は虫の息で、かすれる声で吾に訴えた。
『
「吾は何度も頷いた。わかっている、と妹に答えてやった。汝が慕ったのは己の夫だけだと、ちゃんとわかっているぞ、と答えてやった。妹が納得したかは判らない。息を引き取る間際に娘のほうを見て吾を見詰めた。それに吾は頷いた。そして妹は薄く微笑むと目を閉じ、それきり動かなくなった」
吾は己の不明を恥じた。館に吾を訪ねる度に見せた奴の妹に向ける視線、そして妹が奴の前で見せる
「汝は傍らで、その一部始終を見ていた。己の父によって幽閉された母、そして父によって殺された母親を……壁には汝の言うとおり、爪で掻いたあとがあった。キリキリという音はその時、心に刻まれた音なのであろう」
自ら命を絶った実の父は、
その夜、やはり月は赤く、だが燃えるような赤味は消え始めていた。
父者は長い話のあと、『汝を責めるものは誰もいはしない』と言い置いて部屋を後にした。上の兄者は、何か言いたげだったが、迷ったあげく『大事にしろ』とだけ言って部屋を辞した。それは、身体を大事にとも、もっと違う意味にもとれた。
目覚めたのはどれほど眠ってからだろう。差し込む光は月が高く上がっていると教えている。
予感に誘われて、吾は部屋の戸を開けて庭を見た。思ったとおりそこには地に座し、そして吾を見上げている涼しげな瞳があった。吾もまた、その瞳を見詰めた。全てが明かされたためなのか、もうあの、キリリと吾を責める音は聞こえない。思ってみればあの音は、後ろめたさが己を責める音だったのかもしれぬ。
「いつからそこに?」
「……母者が己の居室に戻ってからだ」
吾が聞きたかったのはそんなことではなかった。上の兄者が言っていた、婚儀が決まってから
「明後日までに月は色を戻すであろうか?」
鷹目ははっと吾を見たが、すぐに視線を月に投げた。
「妻になってくれるのか?」
「……妻にしてはくれぬのか?」
ゆっくりと鷹目が吾に向き直った。
月はさらに清らかな光を増したようである。
< 完 >
その音 寄賀あける @akeru_yoga
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