宿の中で


「たぁ~~のもぉ~~~~っ!!」


 威勢の良い声をあげながら宿の中へと入るレミリアに続いて、おじゃまします――と控えめな声をあげながら中へと入るエミリア。


「へぇ~~……」


 レミリアが、ぐぅ~~るりっと中を見渡したところで、感嘆の声をもらした。


 おそらくニスのような塗料によって表面が艶やかな光沢を帯びた木製のテーブルが、広々とした室内に所狭しと並べ立てられ、薄暗くなっていた室内を、町の街灯と同じであろう光源が壁や天井にいくつも添えつけられ、それらが柔らかな灯りでもって室内を淡く照らし出していた。


「中々雰囲気のいいお店じゃないっ♪」


 雰囲気のいいお店には、おいしい料理とお酒があるものよと、きゃぴっ♪ と喜ぶレミリア。しかし、そんなレミリアとは対照的に、


「ええ、確かに姉さんの言う通りだけど……その分、こうもガラーンとしてては、なんだか異様な感じね」


 と、エミリアが冷静に口にする。


「そうだねぇ……。この閑古鳥状態って、やっぱりこの町を狙ってる奴らのせいなのかな?」


 そうなのかもしれないわね。と、エミリアが同意したところで、


「おや? ひょっとして、お客様でございますか?」


 店の奥から、年輪を感じさせるなんとも渋い声が響いてきた。声のした方へと視線を向ける二人。すると、店の奥からスキンヘッドの筋骨たくましいナイスミドルが、店のカウンター席に姿を現してくるのが見えた。


「そうっ!! お客さんだよぉ!! それも、お腹をいぃ~~~~~~~~~っぱいすかせた上客さんなんだぞぉ!!」


 むふぅ~~!! と鼻息荒く、肩をいからせながら大股でズンズンとカウンター席へと歩み寄るレミリア。そして、どっかりと席につくなり、


「ほらぁ!! エミィ!! はやくおいでよぉ!!」


 と、店の入り口でたたずんでいるエミリアに向かって手招きをはじめた。


「まったく……少しはお行儀よくしてよね……」


 やれやれと肩をすくめながら、エミリアもカウンター席へと歩み寄り、背負っているリュックを足元へとおろして、レミリアの隣へと腰をおろす。


 そんな二人を見て、ナイスミドル――店のマスターが目を丸くしながら、


「おやおや……お客さんがいらっしゃるだけでも珍しいというのに、これはまた珍しい装いをされたお嬢さんがたですね。しかもお嬢さんがたのお顔から察するに、お嬢さんがたは双子のようでございますな」


 ほっほっほっ、といかつそうな見た目とは裏腹に、温厚そうな笑みをマスターは浮かべた。


「そうだよぉ。そ~れにぃ~――お肌も珍しいツヤッツヤの褐色肌なのよぉ♪」


 すべすべぷにぷにのほっぺを手のひらで撫でつつ、マスターに艶っぽい流し目をおくるレミリア。


「ほっほっほっ。おっしゃる通りですな。それに、そのしなやかなスタイルを惜しげもなく披露なされている服装もよくお似合いでございます。私がもう少し若ければ、きっと放ってはおけなかったと思います」


「ふふんっ♪ そうでしょそうでしょ~~♪」


 きゃっきゃっ♪ とレミリアが人懐っこい笑みを浮かべる。それにマスターも、ふふっ、と穏やかな笑みで応えてくれた。


 こんな調子で、レミリアは初対面の相手でも、すぐに長年の友のような親密さを相手に抱かせる才能をもっている。それゆえ、酒場や盛り場といった、町の情報が集まる場所での情報収集はレミリアの役目なのだ。


「とりあえずぅ……何かおいしいものちょうだい!! ガッツリと食べれるおいしいもの!!」


「ガッツリ、ですか」


 ふふっと笑みを浮かべるマスター。


「ならば、この町の名物である、子牛の香草蒸しなどいかがでしょうか? ただし、少々お時間をいただくことにはなりますが……」


「お時間ってぇ、どのくらぁ~~い?」


「そうですな……おおよそ、三十分ほどといったところでしょうか」


 えぇ~~~!! と声をあげかけるレミリアの口を、エミリアがしゅびっ!! と手を伸ばして塞ぎ、


「名物だなんて、是非ともいただきたいものですわ。御時間がかかっても構いませんので、その子牛の香草蒸しとやらをいただけませんか?」


「かしこまりました――――」


 そう言うと、マスターは姉妹に軽く頭を下げ、調理のために店の奥へと入っていった。エミリアはそれを見送ったところで、モガモガと何か言いたげなレミリアの口から手を放した。ぶはぁ!! と大きく一息ついたところでレミリアが、


「もぉ!! なんで勝手に注文しちゃうのぉ!! お姉ちゃん、三十分も待てないよぉ!!」


 ぐぎゅるるるるるぅ!! と、地響きのような腹の虫の音をあげながら、レミリアがむふぅ~~!! と鼻息荒くエミリアに訴える。


「さっきも言ったでしょ、姉さん。ご飯の前に、色々聞きださなきゃいけないでしょ?」


「それはわかってるわよぉ!! 食べながらじゃダメなのぉ?!」


「だって姉さん、ご飯を食べ始めたらご飯を食べることだけに集中しちゃうから、それどころじゃなくなっちゃうじゃない」


「むぅ~……それはそうかもしんないけどぉ……」


 でもさぁ~でもさぁ~……、と身体を小さくして指でカウンターをいじいじこねまわす姉の姿に、しょうがないわねぇ……と妹が放つは姉を一瞬にして天へと昇る気持ちにしてしまう殺し文句。


「わかりました、わかりました。ここのお勘定は全部私がもつから――――」


 エミリアが言い終わらぬうちに、


「ほんとぉっ?!」

 と、顔をエミリアの顔に触れんばかりにずずずいっと近づけて、瞳をきらめかせながらレミリアが言った。


「ちっ、近いわよっ!! 姉さん、顔が近いからっ!!」


「ほんとなのぉ?! ねえ、エミィのオゴリってのはほんとなのぉ?!


「ほっ、ほんとだから、とにかくまずは顔を離してよ姉さん!!」


「いぃぃ~~やったぁぁ~~~~っ♪」


 エミリアから顔を離して、ぴょんっと身体を跳ねさせて喜ぶレミリア。しかし、すぐに何かを思いついたような声をあげ、またもエミリアへとずずずいっと顔を近づける。


「ねぇ~エミィ~。お姉ちゃん――お酒が飲みたいなぁ♪」


「何言ってるのよ姉さん。この後、芸をするのよ? そ、それと、顔が近いって言ってるでしょっ!!」


「だぁいじょぉぶだぁってぇ~~~♪ お姉ちゃんがお酒に強いことくらい、エミィはよぉく知ってるでしょぉ~~~?」


「そういう問題じゃないでしょっ?! ダメっ!! ダメダメダメダメっ!! ぜぇ~~~~ったいに、ダメぇっ!!」


 エミリアが、顔をぶんぶんと振って拒否する。しかし、そのくらいでお姉ちゃんがひきさがるもんかと、レミリアがエミリアの身体に自らの肢体を絡ませながら、


「ねぇ~~ん、エミィ~~~――おねがぁ~~いぃ~~♪」


 エミリアの耳元で艶やかな声でささやいた。ついでに、妹の弱点である耳たぶをペロリとひとなめ。


「ひゃぁんっ?! や、やめてっ!! やめってったら姉さん――っ!! わ、わわわわかった!! わ、わわわかりましたっ!! 一杯だけ、一杯だけならいいからっ!!」


 姉のスケベ攻撃に頬を真っ赤に染め上げ、心なし艶っぽい声でエミリアが、承諾の声をあげた。


「ほんとっ?! やっぱりエミィは優しいなぁっ♪ だからお姉ちゃんは、エミィのことがだぁ~~いすきなんだよぉっ♪」


 赤く染まったエミリアの頬に、レミリアが感謝のキスをチュッ♪ と、ひとつ。


「も、もうっ!! いいから、早く離れてよ姉さんっ!!」


 エミリアはさらに頬を真っ赤に染め上げながら、まとわりついているレミリアを、えいっ!! と押してひきはがした。


「ほっほっほっ。じつに、仲がよろしいようですね」


 料理の下準備を終えて戻ってきたマスターが、姉妹の仲睦まじい様子に、思わず顔をほころばせながら言った。そんなマスターの声に、エミリアは表情いっぱいに羞恥の色を浮かべながら、


「す、すみません……みっともないところを見せてしまって……」


 と、マスターに向かって頭を下げて言うと、


「どこがみっともないのよぉ、エミィ~~! 仲良し美少女姉妹のサービスショットじゃないのぉ~~!」


 レミリアがまたエミリアにベタベタしようとするので、慌ててエミリアが、


「あ、あのっ!! 姉に、このお店で一番おいしいお酒をいっぱい注いであげてくださいっ!!」


 マスターに注文して、姉の注意をお酒へとそらそうとした。エミリアのこの策は見事に成功したようで、レミリアは目をきらめかせながらマスターへと身体を向けなおして嬉々として言った。


「エミィの言う通り、ここの一番おいしいお酒をい~~~っぱいちょうだいっ♪」


「イントネーションが違うわよ姉さん!! いっぱい、じゃなくて、一杯だから!! すみません、姉の言うことは無視して、一杯だけ注いであげてください」


 えぇ~~?! と、不服そうな顔をするレミリアに、まずはやることがたくさんあるでしょ?! と眉を吊り上げるエミリア。そんな姉妹の微笑ましい姿に、またもマスターは表情をほころばせて言った。


「はい、かしこまりました――――」


 身をかがめて、カウンターの下から一升ビンほどの大きさのビンを取り出すマスター。取り出したビンを、レミリアの座っている前へと置き、


「これは、この町の御領主様に献上するために作られているお酒です。ですから、その品質に関しては保証をいたします。ぜひ、ご賞味くださいませ」


 と、誇らしげに解説をした。


「きゃんっ♪ ご賞味するするぅっ♪ 早くちょうだい~~~♪」


 では――、と小さめのグラスをレミリアの前へと置く。そして、そのグラスにお酒を注ごうとした、その刹那――――、


「ちょいまちっ!!!!」


 レミリアが大声をあげながら、お酒の入ったビンをがしっ!! と、掴んだ。


「な、なにか問題でもございましたか?」


 レミリアの迫力にうろたえるマスター。


「……ちっちゃくなぁい?」


「な、なにがでしょう?」


「グラスがちっちゃいって言ってるのっ!!」


 むきぃ~~~~!! と怒るレミリアにエミリアが目を吊り上げて、


「何言ってるのよ姉さん?! このグラスで十分でしょう?!」


「ちっちゃいよぉ!! こんな大きさじゃあ、レミィお姉ちゃんは満足なんかできないぞぉ!!」


「ふざけたこと言って!! このあと芸をするんだから、満足するほど飲んじゃダメでしょう!!」


「でもエミィ言ったもんっ!! 一杯だけならいいって言ったもんっ!!」


「たしかにそう言ったけど、ものには限度っていうのがあるでしょう!!」


「言ったもんっ!! 言ったもんっ!! 一杯だけならいいって、エミィは言ったもんっ!! だからお姉ちゃんは大きいグラスで一杯だけ飲みたいって言ってるだけだもぉ~~~~~んっ!!」


 カウンターを手のひらでビシバシ叩きながら、だだっこのように喚き散らすレミリア。


「人の揚げ足をとるなんて、ひねくれ者のすることよ!! 姉さん、いい加減に――――!!」


「ま、まあまあ、お二方、落ち着いてくださいませ。実を申しますと、このお酒はそんなに強いお酒ではないのですよ。この町の御領主様は、お酒が好きなのですがそこまでお酒に強いわけではないのです。ですから、そんな御領主様でもたくさんお飲みになられるようにと、アルコール度数をかなり落としているのです。なので、大きなグラスでも大丈夫だと思いますが……」


「ほらぁ!! 大きなグラスで飲んでも大丈夫だって言ってくれてるよぉ!!」


 ほ~~らみろぉ!! とドヤ顔するレミリアとは裏腹に、マスターの言葉尻に不吉なものを感じ取ったエミリアが、低い声でマスターに問いかけた。


「ですが……の後に、言葉が続きそうですね?」


「え、ええ……このお酒はそういう謂われでございますがゆえ、少々お値段の方が高くなっております。ですから、その小さなグラスにお注ぎさせていただこうかと思いました次第でして……」


「高いと言いますと――どのくらいですか?」


「そうですね……このグラス一杯で、二十ゴルといったところでしょうか」


「に、二十ゴルですか……」


 二十ゴルといえば、姉妹の一日の食費に相当する額だ。この小さなグラスで十ゴルとなると、大きいグラスではどのくらいになるか。


 しかし、一杯だけならいいわよと言った手前、エミリアも後にはひけない。それに、ここで姉の言うことを聞いておかなければ、それこそへそを曲げてしまって芸をやってくれなくなってしまうかもしれない。エミリアは決心した。


「わかりました――!! これで、姉にお酒を大きなグラスで注いであげてください!!」


 エミリアはポケットに手を突っ込み、何か緊急事態が起こった時のためにとへそくりしておいた虎の子の五十ゴルをポケットから取り出して、勢いよくカウンターへと叩きつけた。


「よ、よろしいのですか?」


「ええ!! わたしにも、意地がありますから!!」


 むふぅ~~!! と鼻息荒く言うエミリアに、


「きゃぁんっ♪ さっすがエミィ~~~♪」


 と、猫なで声をだしながらレミリアが抱きつく。そんなレミリアを、エミリアがキッ!! と目を吊り上げて睨みつけながら、


「いいこと!! 姉さん!! やることはちゃんとやるのよ!!」


 トロールでさえも逃げ出してしまうような迫力でレミリアに言い放つが、言われたレミリアはというと、


「うんうんうんうんっ♪ ちゃ~~んとやることはやるから心配しないでよぉ♪」


 エミィのこんな迫力なんて慣れたものといった様子で、きゃぴきゃぴ喜びながらマスターへと向かって促した。


「というわけで――おっきなグラスでちょうだいっ♪」


「か、かしこまりました」


 そう言って、マスターはレミリアの前に置いていた小さなグラスを引っ込め、かわりに小さな木製のタルに取っ手をつけたようなビールジョッキをレミリアの前へと置いた。そしてそれにお酒を注ぎはじめた。


 お酒がジョッキ一杯になるまで注がれると、レミリアが待ってましたとばかりにジョッキをひっつかみ、


「いっただっきまぁ~~~~すっ♪」


 と言うが早いか、ごっきゅごっきゅと聞く者が気持ちよくなるほどに喉を鳴らしながら酒を飲み始め、ジョッキの中の酒が半分になったところでジョッキをカウンターへと置き、ぶっはぁ~~~~!! と大きく息を吐きながら、身体を小刻みに震わせ、魂のこもった声をあげた。


「おぉ~~~~~いしぃ~~~~~~~~っ♪」


 キラキラと瞳を輝かせながらご満悦な姉のレミリアの姿とは対照的に、大事なへそくりを使うはめになってしまったエミリアが、半泣きの体で、はぁ~~~……という特大のため息を吐いた。


 そんな二人の姿にマスターは苦笑いを浮かべつつ、二人に抱いている疑問をぶつけるのであった。

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Fallen Angels ~堕ちた天使たちと漆黒の空~ 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

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