厄介事は魔術師階級達

「奴らぁ?」


 レミリアが目を細めて言うと、門番は声を荒げつつ言った。

 

「ああ。さっき言ったろう。この町は魔術師階級ヘクセの奴らが捨て去った町だって。その魔術師階級の子孫が、どこかでこの町の噂を聞きつけ、この町は元々自分達のものだったんだと言い始めて、この町の御領主様の元へと押しかけてきたんだ。そして御領主様が丁重に断ったら、奴ら、この町に対して色んな嫌がらせをはじめやがった。町の様子を見ただろう? 美しかった俺たちの町が、あいつらのせいでまるでガレキの山さ。くそっ!! 忌々しい奴らだぜ!!」

「そう……だったんですか……」

「なにそれぇ~? むっかつく話だねぇ~」

「まったくだよ。今のところ、御領主様がなんとか奴らを追い払ってくれちゃあいるが、最近、奴らの襲撃のスパンが短くなっていってるんだ。このままだと、奴らに町を奪われてしまうんじゃないかって、町の人達は不安がって戦々恐々としてたんだ。そんな中、お嬢さんがたのような旅芸人さんが来てくれたとあっちゃあ、きっとみんなもよろこんでくれると思うよ」


 そっかそっかぁ♪ と弾んだ声を出しつつ、歩く門番の後ろにちょちょっと下がり、エミリアに手招きするレミリア。それに気づいたエミリアも、門番の後ろに下がってレミリアのそばへと歩み寄る。


「ねぇねぇ……お金の匂いがしない? それも……たぁっくさんのお金の匂いがぁ♪」


 小声でエミリアにささやくレミリア。


「お金の匂いなんていうのは私にはわからないけど、少なくとも町の皆さんが困っていることは確かね」

「だからさぁ。この町の問題をあたしたちが解決してあげたらさぁ……いぃ~~~~っぱいお金がもらえるんじゃないかなぁ? かなぁ?」


 瞳の中に金貨を浮かばせながらエミリアを見つめるレミリア。はぁ……とエミリアはため息を吐きながら、


「はいはい……町の皆さんを助けて差し上げましょうね。でも、いいこと、姉さん。町の皆さんを助けた時に、絶対にお金の請求なんてしないでよ? 恥ずかしくってたまらないから」

「えぇぇぇぇ~~~~~~?! タダ働きなんてやぁだぁよぉ~~~~~!!」


 両手を胸の前で合わせて身体中で大きくイヤイヤをするレミリア。


「もうっ、みっともないことはやめてよ姉さん。人助けに見返りなんて求めちゃいけないのよ」

「でもぉ~~見返りがないと生きていけないもん~~~お腹すいちゃうもん~~~お酒飲めないもん~~~お金がいるんだも~~~~ん」


 ぶぅぅ~~~~とほっぺを膨らませて訴えるレミリア。まあ、姉さんの言いたいこともわかるけど……とエミリアが口にしようとした刹那、


「ほら、ついたぜお嬢さんがた」


 と、門番が足を止めて姉妹にそう言った。どれどれぇ? とレミリアがひょこっと、門番の後ろから身を乗り出す。


「うわぁ~おっきな建物だねぇ~~。それに……」


 すんすんと鼻で匂いを嗅ぐレミリア。そして、きゃぴっ♪ と身を跳ねさせながら、


「おいしそうな匂いに、お酒の匂いっ♪」

「ここは宿屋と酒場を一緒にやってるところなんだ。最近は、さっき言った事情もあってお客がほとんどいなかったから、御――じゃなかった、店主も喜んで泊めてくれると思うよ。それも、お嬢さんがたのような綺麗どころなら、よっぽどさ」

「きゃんっ♪ もぉ、お上手ねぇ♪」


 形の良いぷりっとしたお尻で、えいっ♪ と門番の腰をコツンとやるレミリア。へへ……と相好を崩す門番にエミリアが申し訳なさげに、


「ここまでご案内していただき、本当にありがとうございます。そんな貴方様にこのようなお願いをするのは心苦しいのですが……」

「うん? なんだい?」

「もし、よろしければ、今から一時間後にこの宿の前で私たちが芸を披露させていただきたいと考えているのです。ですので、つきましては町の皆さまに私たちが芸をするということを伝えてはいただけないかと……」

「なんだ、そんなことかい。いいぜ、ひとっ走り皆に伝えてきてやるよ」

「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げるエミリア。だが、レミリアが頭を下げていないことに気づき、ぴしゃんっ!! とレミリアのお尻をひっぱたいた。


「ひゃんっ?!」


 びっくりして飛び上がり、何すんのよっ?! とエミリアをにらむレミリアだが、頭をさげなさいよ姉さんというエミリアの無言の圧力に屈し、しぶしぶ門番に頭を下げた。


「ドウモーアリガトーゴザイマスー」


 明らかに不承不承といった感じでお礼の言葉を口にするレミリア。まったく、もう……姉さんったら……。


「よし、じゃあ――――」


 と、門番は駆け出そうとしたが、すぐにその足を止めてエミリアの方へと振り返った。


「なあ、お嬢さんがた――今から二時間後っていうと、もう完全に真っ暗になっちまってるぜ? まあ、この町は街灯があるから少しは灯りがあるけど、それにしたって、芸をするにはあまり良い時間だとは思えないんだけどな?」


 門番のこの当然の疑問に対し、エミリアがしとやかな口調でもって答えた。


「たしかに、普通の芸ならばそうかもしれません。ですが、わたしたちの芸は辺りが暗い方が――それこそ、周囲が見えなくなってしまうくらい暗い方が映えますから」


 このエミリアの言葉にレミリアも、


「そうそっ♪ 暗い方が、あたしたちの芸は映えるんだからぁ♪」


 きゃるるんっ♪ と身を踊らせながら弾む声で続けた。そんな姉妹の言葉に、門番は首をかしげつつも、


「ふぅ~~ん? よくわからないが、まあお嬢さんがたがそう言うのならそうなんだろうな。よし、じゃあ気を取りなおして、皆にひとっ走り伝えてきてやるよ」


 快活な声をあげ、姉妹をその場に残し、軽やかな足取りで、その場から駆け出して行った。


 遠ざかっていく門番の背中に深々とお辞儀をするエミリア。そんなエミリアを尻目に、ふんふんふんふふ~~んっ♪ と、レミリアは鼻歌高らかにさっさと宿の中へと入ろうとしようとした。


「姉さんっ!!」


 キッ!! と厳しい目つきで、欲望に忠実な姉の銀色の後ろ髪を引っ張るエミリア。


「ふぎゃっ?!」


 びーんっ!! と身体をのけぞらせながら悲鳴をあげるレミリア。そして、髪に手をかけているエミリアの手を払いのけ、威勢よく振り向き、


「何すんのよぉっ?!」


 涙目になりながら、エミリアへと怒声をあげる。しかし、エミリアの静かな威圧感のある声による反撃が、レミリアへと向けられた。


「……わかってるでしょうね、姉さん?」

「な、なにをよぉ?」


 この声を出している時のエミィに逆らっちゃいけない。そのことが細胞レベルで身体にしみついているレミリアが、たじたじになりながらエミリアへと聞き返す。


「ただ飲んで食べるだけじゃなくて、この町を襲っている魔術師階級達のことの情報をしっかり手に入れなきゃいけないんだからね?」

「も、もっちろぉん!!」


 ビシュッ!! と敬礼をして見せるレミリア。それを見ながら、本当にわかってるのかしら……と、ため息を吐くエミリア。そんなエミリアに向かって、レミリアがいじらしい声をあげて必死に訴える。


「ねえ、ねえ……早く入ろうよぉ……お姉ちゃん、お腹すいたよぉ……」

「はいはい……それじゃあ、中に入りましょうか」


 やったぁっ♪ と小躍りして喜ぶレミリアを、やることはちゃんとやってよね? とエミリアがたしなめつつ、二人は宿の中へと入っていくのであった。

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