理想の町に起こった厄介事

 門番の案内で壁の中へと入った姉妹がまず驚いたことは、思った以上にひどい有様な町の様子とは裏腹に、町がなんだか優しく明るい印象を感じたことだった。


 いったい、なぜそんな印象を受けるのかな? と姉妹は考えたが、すぐにその答えが姉妹の視界に入ってきた。


 町のあらゆるところに、淡い灯りを放っている石造りの街灯が建てられているのだ。


 その街灯の優しい灯りによって照らされている、様々な色合いの石造りの住居。そして、きゃっきゃっ、とわんぱくそうな声をあげながら走る子供たち。しかもよく見ると、その子供たちは人間の子供だけではなく、耳の尖ったエルフの子供や獣人族の子供たちも入り乱れているのが姉妹の目に入ったのだった。


「ふ~ん……たしかに、このご時世には珍しい町なのかもね~」

「そうね……」


 姉妹のつぶやきを耳にした門番が、笑いながら姉妹に、


「はははっ。お嬢さんがたの言う珍しいってのどっちのほうだい? あの街灯かい? それとも、あそこの子供たちかい?」

「どっちもかなぁ。ねえねえ、この町の身分階級制度ヒエラルヒーってどうなってるの?」


 門番の横から門番の顔を覗き込みながら問うレミリア。


 身分階級制度ヒエラルヒー――――この世界には様々な種族が混在しており、一般的には人間を頂点としたピラミッド型の身分制度が確立されている。


 この身分階級制度というものは、基本的には人間がピラミッドの頂点であることには変わらないが、町によって人間以下の階級が変動している。なので、レミリアとエミリアが他の町に着くとまずやらなければならないことの一つとして、町の中の身分階級制度がどなっているかを把握しなければならない、ということがあるのだ。それを怠ってしまうと、しなくてもいい苦労と面倒をしょい込むことがあるので、姉妹としては身分階級制度が好きではないが、それを守る努力はしているのだ。郷に入れば郷に従え、である。


「人間が頂点で――って普通なら言うところだろうが、ここでは人間が頂点ではないんだ。いや、一応人間が頂点になるといえばなるのかな?」

「なぁ~んか、ややっこしそうだなぁ」

「いやいや、実にシンプルなものさ。ここの身分階級制度の頂点は御領主様で、その下は、それ以外の全種族ってことになってるよ」


 この門番の言葉に、レミリアは両手を広げてオーバーリアクションで驚いて見せた。


「えぇ~~?! っていうことはさぁ、人間と他の種族達の身分が平等だっていうことぉ?!」

「ああ、そうさ。もちろん、そうなったことにはそれなりの理由があるんだよ。この町の人間は、御領主様の他に魔術師階級ヘクセがいないんだ。昔はいたそうなんだけど、ほら、この辺って土地が痩せてるうえに水源も乏しいだろう? それで、魔術師階級の連中だけが別な土地に移り住んで、足手まといの平民階級ビュルガーリヒェミッテルシヒト奴隷階級スクラーヴェの他種族達をここに置いていったんだ」

「ってことはつまりぃ――その置いていかれた平民階級と奴隷階級の人達がこの町を作ったから、この町は領主様以外の人達の身分が一緒になったってことぉ?」

「ご名答。俺達の御先祖様は身分としてはさもしいもんかもしれないけど、その心持ちはどんな上流階級アーデルや魔術師階級の奴らなんかよりも立派なもんだったって、町の人間は誇りにしてるんだよ」


 ふふんっ! と得意気に鼻を鳴らす門番に、


「そうだねぇ。うん。とぉっても立派な御先祖様だと思うよっ♪」


 レミリアが弾んだ声で賛意を示す。すると、すぐにエミリアが、


「ええ、とっても素敵なことだと思います。しかし、そうだとすると、あの街灯は一体どのような構造になっているのでしょうか? あのように恒久的に灯りをつけるには、それ相応の魔力が必要です。それを御領主様だけで供給するには、いささか難しいのではないかと思うのですが……」

「たしかにお嬢さんの言う通りだね。でも、あの街灯にはほとんど魔力を使っていないんだよ。まあ、最初に灯りをともすのに魔力はいるが、その最初の魔力だけであの街灯は用足りるのさ」

「なるほど……ということは、あの街灯は触媒が特殊――つまりは魔道科学の産物なのですね?」

「よくわかったね。さてはお嬢さん、魔道科学に詳しいのかい?」

「詳しいというほどではありませんが……多少、かじっている程度ですよ」


 ふふっ……と意味ありげな笑みを浮かべるエミリア。


 魔道科学――――この学問は、魔術師階級の者達が自分達の魔力を高めるための触媒探しを始めたことから始まった。現在、魔力を高める様々な触媒が発見されており、その触媒たちは魔力を高めるだけでなく、人々の日常生活に役立つように様々な場所に利用されている。


 例えば、火を起こす時には普通に魔法で火をおこすよりも、触媒を利用して火をおこしたほうが効果が高いし、剣や鎧を作る時に触媒を利用して製作したほうがよりよい品物ができあがるのだ。


 そんな様々な効果を持つ触媒を、どのように使い、そして応用し、新しい効力を発見しようとする学問を総称して魔道科学と呼ばれている。


 ちなみにこの魔道科学の対の学問として、魔道化学まどうばけがくというのが存在する。


 この魔道化学という学問は、触媒を利用して何かを作る魔道科学と違い、触媒そのものを作り出す学問である。


 簡潔に言うと、一を百にするのが魔道科学で、ゼロを一にするのが魔道化学と考えてくれればいいだろう。要は、魔道化学は錬金術みたいなもので、魔道科学は科学的に理論にもとづく純粋科学ようなものだ。


「ふぅ~ん……なぁ~んか話だけ聞いてるとさぁ、ここって、理想郷ユートピアみたいな町じゃない? そんな町に、一体どんな厄介な問題が起こってるって言うのぉ?」


 レミリアが小首をかしげて上目づかいで門番に言うと、


「そう――理想郷さ。理想郷だった、この町は。だからこそ――奴らが帰ってきちまったんだ」


 忌々しそうな顔して吐き捨てる門番の顔に、姉妹は厄介事の匂いを感じ取るのだった。

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