第9話:生きない、生きられない

「あっ、やばっ!命令したまんまだった!」


 「みんなー!もうおしまいだよ!」

ハナちゃんが慌てて両手を振ってパタパタと現場に駆け寄る。

オレもゆっくり立ち上がり、歩いて、追従した。ハナちゃんと”バケモノ”が10は居ないくらい、集まっている。

オレも着く。そこには最近見た2人の死を混ぜて、更に頭蓋骨を砕いたような光景が広がっている。血も。

さっきまで可哀想な少女だった、可哀想なモノが横たわり、顎から上、額から下はもう無い。床にプリントされているみたいになっている。細かな骨が散らばり歯だけが元々歯だったのが分かる。その人を認識するのに必要なパーツがあった場所には、ヤケドの痕が覗く首から、ドプッ…ドプッ…と溢れ出る深紅の液体が溜まり、小さな水槽みたいになっていた。

「うわ……。こんなんなるんだ……。も~、やりすぎだよ。ごめんね、誰かわかんないけど。」

ハンマーの頭を持った”バケモノ”に注意している。

ソイツの側頭部にはべっとりしたグチュグチュのスライムみたいな、脳かな。脳が貼り付き、粘性の高い赤い液状のなんかが糸を引き、ムツミちゃんだったモノと繋がっていて、これ以上ない”命”を想起させる。死んでいる。

「う~ん、コレ、どうしよっかな……。」

ハナちゃんが指輪を、その小さな右手の薬指から抜く。パァッと光り、私服に戻る。その指輪を首から下げた御守り袋に入れる。

「うー……。フォンくん?どうしよう?」

さっきまでハナちゃんの頭上の輪っかだった蛇の形をした何かが浮かんでいる。

「うん……。しょうがないね。”バケモノ”を使って片付けちゃうしかないかなぁ……。死体はこの子たちに食べてもらえばいいと思うよ。」

……。

「そっか、そうだね。残ったみんなでこの学校の戦いの跡、片付けて。誰か死んだ跡もね。お願いね!」

一斉に残った”バケモノ”達が動き出して、肉を喰らい、血をすすり、舐め取り、瓦礫を食ったり外に運び出したり。それをただ見ていると5分もしない内にムツミちゃんがそこにいた痕跡が消滅した。もうただボロボロになった体育館だった。

「さ!帰ろエイジくん!後の処理は何とかしておくから!」

そう言いつつサンダルフォンにキーホルダーの金具を突き立てて、なにやらストラップにする。

「あ~あ、ストックが減っちゃったな。ユウカちゃんももう居ないし、これから大変だなぁ。」

オレは落ちてた物を1つ拾って、歩きだす。

3人で来て、2人で帰る。家に帰る。


もう本当に全部が、終わった。





 朝、目覚ましが鳴る。

あぁそう言えば目覚まし、セットしっぱなしだったな。もう学校とかどうでもいいのに。眠い。

携帯の目覚ましを機能ごと切って、ついでにトイレに行き、もう一度寝る。

ふと起きる。

トイレに行き、なんとなくなんかを食べる。

寝る。

 起きて、なんかのゲームを起動して、何もしないまま切り、ご飯かなんかを食べて、トイレに行ってから寝る。

 起きて、ヒデトラからの連絡を眺めて、トイレに行き、食べて、風呂に入り、トイレに行き、布団に入り泣いて。寝る。

起きる。

寝る。

起きる。

寝る。



 あー……、あっつい。

もう結構暑くなってきた。そろそろ布団減らそうか。

お役御免になった布団を持って部屋を出る。

「あれ、珍しい。」

……おかん。

「あんまり言えないけど、アンタ、そろそろ学校………。」

「……………。」

「いや、何でもない。みんな、辛いんだもんね……。…ズッ……!」

おかんがまた泣き出す。ずっとこの調子だ。おとんも。

ユウカは、あの廃校にムツミちゃんとこっそり侵入して遊んでいる時に崩落事故に巻き込まれて、2人とも死亡。そんな処理になった。死体も無い葬式をした時、家族とかユウカの友達とかユミさんなんかがすすり泣く中、ムチャクチャするなぁ…なんて思ったのを覚えている。

一体どうやったのか、ハナちゃんがどこまでの力になっているのか、そんな事はもう興味もないけど。

布団をベランダに干す。ベランダからはムツミちゃんの家が見える。今は誰も住んでない。空家ってなぜか暗い雰囲気というか、誰も住んでないのが分かるよなぁ。

ムツミちゃんが死んだから都合が良いらしく、マイさんは後追い自殺って事になった、らしい。よく知らない。あの家は今後誰か住むことになるのだろうか。

あの時2体も出たんだ。もし"バケモノ"が人のストレスを向けられる場所に出るって言うなら今後も湧くんだろうな。誰も住まないだろ。

しばらくぼーっとする。まぁいつもなんだけど。

タバコとか吸ってみようかな……。どうせなんにも変わらないのは分かってるからいっか。

陽気が目を射して、また目が滲んでくる。もう声を上げて泣いたりゲロ吐いたりはしないけど、それでも立ち止まると勝手に出てくるものがある。

ふと、携帯が震える。

着信。ヒデトラ。……出るか。

「…ッうんんッ……!ぁ、あー……うん。はい。こちらテンプル騎士団秋田県大館市部。」

「ねぇよ。」

「あ、ごめん。ついバイトのクセで。」

「求人もねぇよ。」

「ウソウソ、こちら留守番電話サービスです。」

「そんなの通じねぇよ。」

「マジ?じゃあかけ直すね。」

「話が通じねぇよ!」

「ハハッ。ウケんね。」

「面白くねぇよ……。なぁ、大丈夫か?」

「―――何が?」

「何がじゃねぇだろ……。俺は元気出せなんて言えねぇけどさ、大学は来れねぇかな?単位もヤバいだろ。」

「大丈夫だよ、もう子供じゃねぇんだから。明日になったら大学でゲームアンドウォッチでもやってるって。」

「………待ってるからな。」

「おう。…………なぁ、今思いついたこと言っていいか?」

「……いいぞ。」

「うーん……。遅刻と欠席でダ」ブツッ!「ブってしまったぞ……。」

我ながら良い友達を持ったなぁオレは。

暖かいベランダでひとしきり小さく震えてから部屋に帰る。今日も予定はない。ご飯を食べて、風呂に入って、クソして寝る。



 起きる。………3時だった。大学は、いいや。

トイレ行こ。

「おう。」

おとん。よく働いてると思う、尊敬する。「働いてる方が気が紛れるから。」なんて言っていたが、代わりに体壊したりしないだろうか。

「なぁ。散歩とか、オススメだぞ。」

「うん。」

じゃあそうしようかな。1人でも辛気臭い病人みたいなツラなのが3人揃っても葬式の繰り返しだ。

折れた矢が3本揃ってもなんにもなりゃしない。

久しぶりに上着を着替えて、外に出る。どうしようか。散歩と言ったらやっぱり公園かなぁ。

ブランコでも漕いでようかな。



 いつもの近所の公園。ブランコに座りながらただ辺りを眺めて……、いや眺めてすらいない。ただ何となく買ったアイスを口に入れて、目を開いてるだけだ。あ、イヤホン持ってくれば良かった。

あー……………………。どこにいても何も変わらないような、そんな気がする。

……帰るか。

いつの間にかアイスは溶けている。


「あ、エイジくん!」

魔法少女に会う。そういえば葬式の日から会っていなかった。

「エイジくんも帰るとこ?」

「うん。学校?」

……今日何曜日だっけ?うわ分からん。

「もーエイジくん。土曜日だよ今日。」

「あ、そうかそうか。ハナちゃん、これが大人になるって事なんだよ。……きっと。たぶん。おそらく?」

「さっきね、また"バケモノ"が出たって言うから行ってきたところ。あっちの商店街の全部閉まっちゃってるとこね。最近やっぱり多いんだぁ。」

そう……。まぁそうだろう。今までオレたちはただ生きてきた。面白いモノを手に取って悲しいモノ、怖いモノを視界の外へと押しやって。しかしもう知ってしまった。この世界には苦しみで出来ている。

どれほど魔法少女だとかウィッチだとかいう組織ですらない個人達が戦ったところで、この世界どころかこの国ですら救う事なんてあり得ない。

「ま、ハナ強いから全然大丈夫なんだけどね!えへへ。」

そりゃそうだろうな。さんざん言ってるように”バケモノ”は増え続けているみたいだし、あれからユウカが倒してた分の”バケモノ”も全部おもちゃにしてるんだろう。

「………せやね。ホントに強いよ。」

ただ、もう知っている。この子が強いのはその能力が直接的な要素じゃない。そもそもこんな、無条件で誰だろうが洗脳できる力なんておよそまともな人間に扱える力じゃない。ましてやただのレトロゲーマーのガキだ。

それが何だ?警察を洗脳して殺人事件の隠ぺいするし、人をブッ殺しておいてごめんで済ます。最初からコイツが一番狂ってたんじゃないか?

「………怖いくらいだ。」

今だって、全部いい思い出だったなとしか思ってない。どんな”バケモノ”より”カイブツ”より、あの日のムツミちゃんよりも心底恐ろしいものがここに居る。

「あっ、そうだ。ちょっとアレと話せる?あの……、ヘビ?と2人だけで。」

「フォンくんね!いいよ!」

ポケットからキーホルダーを取り出して金具を取り外すと、ポンッと愉快な形の天使が出てくる。

「ごめんねハナちゃん、すぐ終わるから。」

「ええで。」

誰の影響だ。

ハナちゃんは鉄棒の方に走って行き、鉄棒の上で仁王立ちを始めた。動かない。………まぁいいか。

「珍しいですね、エイジさんとキチンと話すのは初めてかもしれません。どうされましたか?」

「うん……。それが悪かったのかもな。でもある意味であの直感?は正しかった。ユウカもハナちゃんも結局ろくな事になってない。……お前らは何だ?」

オレはコイツ等が怪しいと思っている。大体ウィッチ側に居たヤツもデザインがほとんど変わらない。なのにおぼろげな噂程度でしかお互いを認識していないのだ。全員がチームになって戦った方が明らかに良いのに。

「…………。どういう事ですか?たしか最初に言いましたけど、ボク達は魔法少女をサポートする存在です。その役割はヒトから生まれた2つの敵を減らすこと。それ以外にはほとんど存在理由はありません。」

どうもこんなマスコット然とした姿のせいか表情も読めない。

「……ックソが。じゃあウィッチは?今も居ないままか?それくらい知ってるだろ。」

「ハイ。今は新しく選別された人がいるらしいです。ボクが分かるのはここまでですが、敢えて言わせて頂くと、すべて必要な事ですよ。魔法少女もウィッチも、その死も。」

「テメェいい加減にッ……!!……いやいい。そうか、そんな感じか。…………そういう事ね。だからお前らは対立を煽るような事までしてるって訳だ。」

「……。もういいでしょうか?」

「最後にもう1つ。ハナちゃんの事だが……。お前なんかあの子にしたか?」

「いいえ。ハナは自分の意志で戦っていますよ。」

……。

「ぬーん………。分かった。引っ込めクソが。」

ハナちゃんに手を振る。サンダルフォンは何も言わない。コイツはそういう物なんだろう。

「風がよんでたわ……。何だったの?」

「いや、何でもなかった。」

オレにはどうにもならないんだ。そもそも当事者に言える事じゃない。

「そうだエイジくん。ゲームやっててどうしても進めないところがあるの。手伝って貰ってもいーい?」

「いいけど……、連打?」

「それはレーティングあるからダメってエイジくんが言ったんじゃん。改造パーツ使ってくるヤツらにどうしても勝てないの。」

1個世代戻ってんじゃねぇか。

「ぬーん……。良いよ。ホーネットガン取ってる?」

帰ろう。オレの家に。



 「ただいま。」

「あぁ……。おかえり。」

なんだこののしいかみてぇな親。オレのか。オレもか。

「もっかい出るから、メシ残しといてね。」

部屋に戻り、ちょっと用意だけしてすぐ出る。コレを使う覚悟が決まらない事を祈る。我ながら意味が分からない。ダメかも。



 「あぁ、エイジくんね。……その、ご愁傷様、ね。」

「いえ、ありがとうございます。こちらこそお世話になって。」

ユミさんが迎えてくれる。しばらく会っていなかったが何とも言えない顔だ。家ぐるみの付き合いみたいなものだったのだ。オレにとってハナちゃんが妹みたいなように、ユウカの事を娘のように扱ってくれていた。

「うまく言えないんだけどね、エイジくんもおばさんの事、頼ってくれていいから。頑張ってね。」

底抜けにいい人だ。

「ハイ。ありがとうございます……。じゃあ、ハナちゃんにゲーム誘われてるので。」

だからこそ。

「……あのね!ウチの子……。ハナの事、なんだけど。」

だからこそ怖いだろう。

「分かってます。……あぁいや、理由は分からないんですけど。」

「ごめんね……。親として人に頼む事じゃないけど、ましてやエイジくんに……。」

「大丈夫です。」



 コンコンコココン。パフっ。

「はーい。」

「お待たせいたしました。本日のメインディッシュ、エイジくんです。」

「へいらっしゃい!何にしましょ!?」

「お前も店員だったのか。」

「また騙されたな。」

「全く気付かなかったぞ。」

「暇を――。」「なぁコレ学校でもやってたりしない?」

「ミナミちゃんとしてるけど?」

うーん、オレは思ったより重罪人だったかもしれない。あともう1人居る事になるけど。

「楽しいならいいけどね……。」

リュックを置いて部屋を見ると、なるほどゲームキューブが枕元にあり64が設置してある。ゲームのベンジャミンバトンか?あとどこに置いてんだ。あっ。

「エイジくんと遊ぶのも久々だなぁ。ユウカちゃんが死んじゃってからエイジくん落ち込んじゃったんだもんね。」

鳥肌が立つ。人としての何かが無い。

「……あぁそうね。ハナちゃんも頑張ってるみたいだし。ユウカがいな、居ないとどうもね……。さ。やろっか。」

定位置に座る。

「あ、うん!よろしく師匠。」

「ま、教えるだけだけどね。オレは初見のゲームのストーリーやってるヤツには手を出さないのだ。」

コレはオタクの戒め。見守るのが正義。

「オレはオラクルへッドがオススメなんだけど―――」



 「…………んげっ。」

適当に教えたり対戦したりしていたらハナちゃんが次第にこっくりこっくり寝こけてしまった。この無敵の女といえど”バケモノ”が出ると疲れはあるらしい。にしても仮にも女の子がんげって言うな。

とは言え好都合だ。あまりにも今のハナちゃんは異常だ。確証はないが昔からこんなサイコパスだった記憶はない。変だけど良い子だったハズだ。

立ち上がり、学習机にあったひみつの日記帳をめくる。オレはママじゃないのでセーフだ。誰が何と言おうとオレはセーフなんだ。

………ここじゃない。うっわ。ここでもない。…何やってんだコイツ。……あった。何か大きな転換点があるならここしかないだろう。一度話は聞いているが、当時の感情はここにしかない。


5月10日。ハナちゃんが魔法少女になった日。


たぶんここに…………。何か………………。何か、あるハズ。

…………ユウカ。

そうだよなぁ……。いっつもツッコミばかりして。年下に優しくて……。誰かと、一緒にいる時は、兄さん、だなんて。そっか、最初から、守ってたん、だな。


「……………ユウカちゃん。」


ッ!

「……ユウカちゃん………いつも……………ありが、と……。」

泣いて、る……!?

静かに、涙が頬を伝っている。いや通常当たり前の話だが、混乱する。混乱している。完全に頭になかった光景だった。自分の涙はいつの間にか引いていた。

………えっと。これは。

「…………フシュッ。ん?エイジくん……?」

猫か?じゃなくて。

「あれぇ……。ハナの日記だよねそれ……?」

やば。

「うん、ごめんね……。その、気になっちゃって。」

女の子の日記を勝手に読む人間だと思われたくない。そもそもこの状況からしてライン越えの空気がムンムンしている。

「よかたい。」

寝起きでそれか。

「え……、読んどいてなんだけど、ホントにいいの?読むなってあるけど。」

「うん。別にいいよ、ママじゃないし。なんでダメなのか忘れちゃった。」

は?意味わからん。わからんがそれがもうデフォルト。

「あれぇ。また泣いちゃってたかな……。」

目をこする。

「そうだけど……ユウカの名前呼びながら。いつもそうなの?」

「うん……。そっか、ユウカちゃんか………。夢とかは思い出せないんだけどね。」

「……ぬーん。そっか。なんだろうね……。」

拍子抜けだが許可を賜ったので堂々と読む。そこには後輩にイキるユウカがいた。

「この時はユウカ、鞘というか、ケースからしか警棒出せなかったんだな。」

あの日のユウカはタイムラグもケースも無しに全部取り出していた。魔法は成長するんだろうか。

「ホントの最初は棒もただの棍棒みたいだったって言ってたよ。」

「……ならハナちゃんは?元々ありえんくらい強いけど。」

これ以上強くなるんだったらそのうち見るだけで洗脳しそうで怖い。

「ハナはね、最初強制力みたいなのは弱くってね。動くなって言ってもちょっとしたらギギギッて動いたりしちゃったんだけど、段々と強くなってきて、今動くなって言ったらホントに動かないよ。あと触ってる時間が長いほど複雑な命令もできるようになってるの。」

へー。ヤバいだろコイツ。

…………うわ出た。

「ハナちゃん。凄い危なかったんだね。」

「ん?何が?」

「ホラここ。」

日記のハナちゃんが”バケモノ”にあわや殺されるかって場面を指す。

「……あぁホントだ。この時ね、ユウカちゃん、かっこよかったんだよ。」

「え?ああ、そだな。」

…………。

「あっ初変身だ。」

「あ~、懐かしいなぁ。まだ2ヶ月とかなんだね。すっごく色んな事した気がするけど、早いなぁ。」

……………………あ。

「………。」

パタン。

「あ、もういいの?」

「うん。たぶんもう分かったから。ありがとう。」

日記を元の棚に戻す。もう必要ない。そしてそのまま自分のリュックに手を伸ばす。確かめるために。

「……?エイジくん、それは?」

リュックの中から新聞にくるまれた、用意した物を出してみる。

それは幾度か見た、三徳包丁。ムツミちゃんの持っていた物。あの廃校で拾った物。地獄の象徴。オレの楔。

「包丁だよ。あのウィッチ、ムツミちゃんのヤツ。」

新聞をほどきながら意識して淡々と述べる。ハナちゃんの反応を見ながら。

きょとんとしていた。


「ハナちゃんをね、殺そうと思うんだ。」


「…………。え、なんで?」

きょとんとしている。本当にただ気になるから聞いているだけだ。それ以外の感情は見えない。

「なんていうか、今のハナちゃん。……正しくなかったから。かな?」


「えー?じゃあしょうがないね。エイジくんあんまり間違わないもんね。」


あぁやっぱり。確信した。あの時だ。

「って思ってたんだけどね。やっぱりやめます。いえーい。」

「あっいいの?いえーい。」

包丁をしまう。使う気にならなくて、良かった。

「さて、ハナちゃん、」



「怖かった?」

「別に。」



 日記を読まれる恐怖。プライバシーを侵害される恐怖。得体の知れない敵と戦う恐怖。自分の身体が傷つくことへの恐怖。他者が死んでいる状況への恐怖。警察の前で犯罪を犯すことへの恐怖と、その警察を、あらゆる他者の自由を奪う事に対する恐怖。誰かを自分の手で傷つける恐怖。殺す恐怖。死ぬ恐怖。


友達を永遠に失う恐怖。


恐怖の完全な欠如。いや、克服って言うべきだろうな。それが結果だったんだ。

ハナちゃんが最初に変身した後、一番最初に触って願ったこと。自分に言い聞かせたもの。自分に1番長く触れているのは、自分。


勇気を。


ただその無垢な願いが、このいびつな少女を生み出した。親友が死んで残念だけで受け入れる、人を殺してごめんねで済ませる、あらゆる恐れを克服したこの世で最も勇敢な女の子。

「エイジくん泣いてるの?なんで?」

「何でかなんて……、ハナちゃんには分からない事だと思う……。きっと。一生ね……。それが悲しいんだ…………。」

もしこの魔法を解いたとしてもその時この子は完全に壊れてしまうだろう。今だって壊れてるのかもしれないが、それでも完全に壊れる事は絶対に有り得ない。

「?そうなんだ。エイジくんって、1人で考えすぎちゃって頑張っちゃうことあるからそれかもよ。元気出して欲しいな。」

「うん……。うん……。そうだね。じゃあ、さ。」

オレにはもう。ムリだ。

「オレに願ってもらえないかな?」



「幸せに暮らせますように。って。」


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魔法少女は人間か? やねろく @yaneroku

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