第6話
僕は彼女と電車の時間が一緒になるように、豊橋行の急行電車に乗り続けた。
彼女と相対すために。
「今日もいるのね。」
そう言って僕の真ん前に座る。
「そんなに僕が嫌なら、違うところに座ればいいのに。」
「あんたのために席変えるってなると、なんだか負けた気になるじゃない。」
「そっか。」
負けず嫌いなところがあるらしい。今日も彼女の一面を垣間見ることができた。
彼女は椅子に座るなり、すぐに目をつぶって眠ってしまう。
どうやら、電車の中で眠る習性があるらしい。
僕はと言えば、ついこの前まで彼女と同じく電車の中で睡眠時間を確保していたのだが、彼女と会う朝の早い電車のときは、眠ることをやめてしまった。
彼女を前にして電車に乗っている間、僕は夢想する。ことにしている。
例えば、彼女の隣に座ることができたら。
眠ってしまった彼女は船を漕いで、次第に僕の肩にもたれかかってくるかもしれない。
そんなとき、僕はとんでもなく嬉しいのだろう。
なんてことを想像していると、豊橋駅に着く。
「着きましたよ」
僕は彼女に声をかけると、彼女は静かに目を開け、黙って立ち上がり電車から出ていく。
無愛想なところも、可愛いと思った。
明くる日も彼女と同じ電車に揺られていた。
彼女は珍しく、眠らずに何か紙を一枚取り出し、凝視している。
新歓のビラのように見える。何かのサークルが気になっているのだろうか。
気になる。
意を決して立ち上がり、僕は彼女の横に腰掛ける。
「何見てるの?」
「うわ、ビックリした。」
彼女は僕の存在に気づいていないようだった。もうちょっと眼中に入れてほしい。
「それって新歓のビラ?」
「あんたには関係ないわよ。」
彼女の発言を可憐にスルーし、僕は彼女が手に持っているビラを見やる。
「わんだーふぉーげる部?」
紙には『ワンダーフォーゲル部、初心者大歓迎!』と書かれており、大きなリュックを背負ったキャラクターのイラストが書かれている。
「何をするサークルなの?あぁ、ワンダーフォーゲル部だから部活なのかな?」
そう尋ねると、彼女は大きくため息をついた。
「なんでストーカーに説明しなきゃいけないのよ。ワンダーフォーゲル部、通称ワンゲルは、登山とか、キャンプとかをするアウトドア系の部活よ。」
登山!アウトドア!なんか楽しそう。
「新歓に行くの?」
そう彼女に尋ねると、彼女はまた大きなため息をついた。
「あんた、今日の夕方暇?」
その言葉に僕がどれだけ飛び上がったかわからない。彼女に暇?と聞かれたら、どんな予定があったとしてもその予定をブッチして彼女との時間を作る。
それがストーカーというものだろう。
「暇です!超暇です!」
「はぁ、やっぱり暇よね。」
自分で聞いておきながら心底嫌そうにした彼女は、ビラに書かれた新歓スケジュールを指差す。
「新歓焼肉パーティ?」
「これに、一緒に行くわよ。」
「え、一緒に行っていいんですか⁉」
「一人で行くのが嫌なだけよ。変な勘違いするんじゃないわよ。」
「なるほど。じゃあ変な勘違いして行きますね!」
彼女がまた大きなため息をつく。幸せがまた一つ逃げていき、僕がその幸せを吸収している。
そういった流れで、僕はなんと彼女と新歓イベントに参加することになった。
やったぜ。
TO THE COMFORT. もやし @moyamoyashi
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