第5話
はっきり言おう、僕は意気地なしだ。
彼女を見つけた後、僕はあれほど首を垂れて苦手だといったお見合い席の急行に毎日乗り込み、新安城で彼女が乗り込んでくるのを待っていた。
1限から授業がない日もあった。それでも欠かさず僕は毎朝満員電車に揺られた。
彼女もさすがに平日に毎日1限の授業があるわけではないようで、月、木、金曜日の週三回早朝の急行電車に乗るという規則性を発見できた。
行き先も特定できた。なんと、僕と同じ大学だった。これが分かった時の僕の飛び上がり様と言ったらない。
しかし。こんなストーカーまがいなことをしておいて、僕は彼女と一言も言葉を交わしていない。
「意気地なし。」
急行電車で彼女を(勝手に)待ちながら、僕は戒めのようにつぶやく。
4月の中頃。大学のオリエンテーションが終わり、本格的な授業が始まろうという頃。僕は授業どころではなく、彼女のことで頭がいっぱいだった。
「何しに大学行ってるんだろうなぁ」
「本当よ。何しに大学行ってるの。」
突然話しかけられて、びっくりする。そもそも僕が話しかけられたのか?
あわててきょろきょろする。
「君だよ、君。いつもこの電車に乗ってるよね。」
「はい。」
攻撃的な口調。なんだか嫌な予感がする。
「いつも同じ座席に座ってるよね。」
「はい。」
「私の真ん前の。」
「……はい。」
だんだんと僕の声色に力強さが無くなっていくのを感じる。
この尋問が他人事だったらいいのに。
彼女はさらに続ける。
「豊橋駅降りてからも追いかけてきてるでしょ」
「……それは通ってる大学が同じだから」
「本当にそれだけ?」
「……。」
僕は口ごもる。沈黙は金だというが、この場合完全に悪手だ。
何とか僕は口を開く。
「……同じ大学なんですよね。な、なに学部なんですか?」
「うるさいストーカー。」
完全に嫌われてしまった。その小さい体からは想像もできないほど迫力を持った声色で、僕は罵倒されていた。
意気地なし。
頭の中でそのフレーズがぐるぐる回る。何か言い返せよ、俺。
「その、かわいかったから。」
「は?」
「君が、か、かわいかったから、その、声、かけようと思って……。」
彼女は少し考え込んで一言。
「……ちゃんとしたストーカーじゃない、それ。」
それが彼女と僕のファーストコンタクトでもあり、ワーストコンタクトでもあった。
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