Spring

第4話

朝の電車は眠い。1限に間に合うように地元豊田から大学へ向かう電車は、通勤ラッシュと被るのが余計につらい。とはいっても都会のラッシュに比べたらまだまだ人は少ないほうなのだと思うが。

寝ぼけ眼をこすりながら、知立駅まで吊革につかまることができない中どうやってか到着し、乗り換えの電車を待つ。特急豊橋行きは8時6分発。10分近く待てば電車が来るはずだ。スマホをいじりながら待っていると、ホームに赤い電車が滑り込んできた。僕は電車に対決の視線を向ける。

「今日こそ座るぞ。」

なかなか座れない朝の電車。特例は除くが、基本的に鋼の意思を持ってボックスシートに向かわなければ椅子には座れない。僕はそこで睡眠時間を確保するのだ。

ぞろぞろと電車からたくさんの人が出てくる。小さいころ電車に乗る習慣のなかった僕は、こうして満員電車に飛び込んでいく自分の姿をよく想像していた。なんとなく、大人になるっていうのは、満員の通勤電車のことだと、漠然と思っていた。

「まぁこれは通学電車だけど。」

とマスクの中で独り言ちながら電車に乗り込んだところで扉がしまる。するとそこにはいつもあるはずのたくさんの人影と、ボックスシートがない。そこにあったのは、乗客のほとんどいない客室と、お見合いシート。僕は驚いて進行方向に取り付けられた電光の文字盤を見やる。

「急行 豊橋行き……」

どうやら僕は一本乗る電車を間違えたらしい。


「とはいっても、行き先は同じなんだよなぁ。」

空いている車内。お見合いシートの一番隅に腰掛け、電車に揺られる。スマホを開き調べてみると、この電車は8時3分発で、豊橋に到着するのは特急の5分後だ。大学の最寄り駅は愛知大学前駅で、豊橋駅で渥美線に乗り換えるのだが、豊橋駅到着後9時発の電車に乗るのは特急でも急行でも変わらず、つまりは知立駅でどっちの電車に乗ってもよいということになる。

「空いているけどお見合い席の急行をとるか、混んでいるけどボックスシートの特急をとるか……」

付け加えると、急行に乗ると特急電車よりも遅く豊橋駅に着く関係で、乗り換えた後の渥美線が激込み状態のところに飛び込んでいかなければならないのだが、まぁそれはともかく。

「お見合い席だと寝づらいんだよなぁ」

そう、進行方向に対してまっすぐ体重を預けられるボックスシートと違い、お見合い席は進行方向に対して体の横側に力が加わるので、体が左右に揺れてしまい、非常に寝づらい。ここが僕をボックスシート至上主義たらしめる非常に重要な点だ。

僕としては、混んでいたとしても何とか座席を確保してボックスシートで安眠にたどり着きたい。

「明日の電車は、特急に乗らなきゃなぁ。」

知立を発車した電車は、田園地帯を走る。愛知県は工業産業が盛んな県だといわれるが、ちょっと町を外れれば、案外田んぼが広がっていたりする。特に知立、新安城は広い田んぼが広がっていて壮観だ。

僕は眠れないでいた。ロングシートのお見合い席では、やはり眠れない。朝の陽ざしに目を細めながら、僕以外に乗客のいない車内にしばらく揺られていた。

変な感じがした。

いつもと乗っている路線は同じなのに、座席の配置と混み具合が違うだけで、こうも違うのだろうか。

いやそれだけではない。何か予感に近いような、奇妙な感じがあった。

新安城駅に着いた。

僕はその奇妙な感じに違和感を覚えつつもあまり執着するようなことはせず、スマホを取り出し、乗り換えアプリを開く。どうやらこの急行はこの新安城駅で後続の特急に抜かされる関係で、10分ほど停車するようだ。今更特急に乗り換えたところでどうせ椅子には座れない。ならばこのまま急行でゆっくりいこう。そう心に決めた、その時。

一人の少女が、車内に入ってきた。

すとんとしたショートカット。凛とした顔つき。小柄な体躯に不相応な大きいグレーのパーカー、黒のスキニージーンズ、そして背中には小さなリュック。

彼女は僕の前の席に座ると、リュックを抱きかかえるようにして持ち、目を閉じた。

僕に目を合わせることなく眠りについたことが救いだった。もし目でも合っていたら、僕の凝視具合にきっと不審者がられていただろう。

しかし、そんなことに気が回らないほど、僕の視線は彼女に夢中だった。



僕は、見ず知らずの彼女に惚れたのだった。

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