進化先への悩み

「見て見て凄くない!? 運が80台まで来ると満点漢字テストを三回も取れるんだよ!!」

「いやいや、流石にこれは限度があるってものでしょ」


 元気いっぱいなオレンジは目の前の光景に飛び上がった。

 対してイズミは若干引き気味に背負った盾を大上段に構えていた。

 イン達は森に入ってすぐ、【ヘルフゴーレム】を探していた。

 チームプレイを見せるためにあえて手分けせず、数時間覚悟で挑んでいた時のことだった。

 その出ないでないと騒がれていた【ヘルフゴーレム】が、待ち構える様に三体も現れ出たのは。

 休みの日は延々とFPWに入り浸っているファイでも、予想外の出来事なのだろう。

 手に持つ杖をクルクルと回しながらベルクに問う。


「狂犬、一体は任せてよいか?」

「お言葉ですが魔女様、今回はチームプレイを見せびらかすんですよね!」


 両手を合わせ、弾むような口調のベルク。

 改めて仲間と受け入れられたのか相当うれしかったのだろう。

 いつもの調子で蒼色の巨剣を具現化させた。

 そして我先とばかりに【ヘルフゴーレム】目がけて捨て身の特攻を仕掛ける。

 一撃、二撃。

 紅い宝石で出来た【ヘルフゴーレム】に、蒼の剣筋を幾度となく結んだところでファイの元へと降り立った。


「固ッ!」

「たわけめ! そんなの知っている!」


 戻ってきたベルクに叱咤しつつ、ブツブツと呟き始めるファイ。

 チャンスとばかりに【ヘルフゴーレム】が紅の拳を振り下ろす。

 バキバキと何本もの木々を薙ぎ倒すその威力たるや、まともに直撃すればただじゃすまないだろう。

 息を飲むインの隣を黒き風が通っていく。


「そのための私ですよっと!」


 イズミだ。ガキィィンッ!! と、これまた身の丈に合わない木製の大盾で防ぎきる。

 踏み込みが深いのか、それとも単純に特別な木材を用いた盾が固いのかは定かではない。

 だがイズミはがっしりと、【ヘルフゴーレム】の一撃を受け止め続けていた。


「かなり重いってこれ!」


 そう嘆くイズミに更なる危機が訪れる。

 視線の先、【ヘルフゴーレム】の後ろにいるもう二体が、左右から顔を覗かせたのだ。

 目に位置する黒い丸が赤く輝きだす。

 レーザーを放つ合図である。

 紅い粒子はゆっくりとだが収束していき、放たれた四条もの光線がイズミ目がけて襲い掛かる。


「まずいまずい! リーダー!」


 イズミはパーティを守るため、防御特化にしている。

 だがそんなイズミであろうと、【ヘルフゴーレム】の放つレーザーを受けきるのは不可能だった。

 しかし四条のレーザーがイズミに直撃することはなかった。

 レーザーはイズミの頬を僅かに焦がすだけにとどまった。

 代わりに直撃を受けた地面はレーザー上に融解していく。


「ナイスオレンジ!」


 レーザーが放たれる直前、オレンジはハンマーで叩いて【ヘルフゴーレム】の射線を逸らしていた。

 熟したみかんに似た形のハンマーを担ぎ、オレンジは得意げな顔でピースする。


「というかあっつぅ……。リーダー! はーやーくー!!」

「今終わった! 【ボルケーノマグマ!】」


 ファイの掲げた杖が輝き、【ヘルフゴーレム】を中心に噴火が迸る。

 吹きあがった溶岩は【ヘルフゴーレム】を上空へと押し上げた。

 さらにもうひとり追加して。


「てやっ!」


 チームの攻撃であれば無傷なのを利用し、オレンジが溶岩に乗って上空へと現れた。

 そこから【ヘルフゴーレム】を足場にして、さらに上空へ。

 ハンマーの自重に身を任せ、落下速度と合わせて連続で殴りつける。

 三つの落下が響き渡った。

 まともな姿勢を取ることもできず、地面へと叩きつけられた【ヘルフゴーレム】には無数の打撃痕が目立っていた。


(……すごい……のかな?)


 確かにファイたちはそれぞれ個々の役割を果たしている。

 盾で守り、攻撃役が攻撃し、相手が立て直していない状態で追撃を加える。

 無駄に動かない堅実といっていい動きである。

 だからこそインはファイたちの連携に【あんまりかな】と評価をつけた。


(攻撃役が攻撃しやすい。目に見える防御役が防御をする。動き方は範疇。これって今もできているような?)


 インのチームには盾役がいない。

 しかしそれは、皆が攻撃を攻撃という形で受けているからである。

 ダメージは入る。

 けれど別に、攻撃された時のダメージがそのまま入っているのではない。

 ぶつかり合うことで、緩和された衝撃分がそのままダメージとなるのである。


 同じ筋力数値でも、キックや拳、デコピンをしたときに与えられるダメージが違うのと同じ理論だ。


 鍔迫り合いをしたうえで、相手に押し勝てるかどうかが重要となる。

 衝撃で手を痺らせることができれば儲けものだ。

 堅実な動きだからこそ極めるものなのだろう。

 だが堅実だからこそ動きを予測しやすいものである。


 何となくインは、一癖も二癖もあるメンバーだからこそ今までやれていたのかもしれないと思い始めていた。


(そう考えるとベルクさんの加入って追い風なのかな?)


 激化する戦いの中で、インはベルクを注目する。

 チームプレイに慣れていない為か、それとも馴染むことができていないせいか、はたまた他メンバーとタイミングが合わないのか。

 分からないが、ひとりだけチームの中で連携が取れていなかった。


 そんな風に思い至っている内に、いよいよ戦いは終幕に差し迫ったようだ。

 ファイの放った【火魔法】、【炎起爆塵えんきばくじん】によって、【ヘルフゴーレム】が光に変わる。

 最後の二体もオレンジの手で葬り去られ、後を追っていくのだった。


 *  *  *


 ファイたちのチームに見送られたのち、インは商店街に訪れていた。

 それというのもミミとウデ、未だに名前が決まっていないソフーガが進化できるからである。

 元々はアンの力を慣れさせるために向かった猛炎の世。

 名の知れたプレイヤーが出向くほどでもある、その地では思いのほか経験値を稼げたのである。

 未だに目的自体は達成できていない。

 しかし進化できるとなれば、戦い方がかなり変わる可能性があるので、先にやっておこうという魂胆である。


 どの道これからも必要となる行為である。

 考えておくに損しない。


(最近、進化について何となく分かってきた)


 進化先は進化前にやっていたことが深く影響する。

 ただのアリからインが愛を注いだおかげで王女アリとなった。

 それから暴走を迎え、ツェルトへと変貌を遂げてしまった結果、進化先のひとつに追加されていた。

 ただのワームに回復ポーションを浴びせていたら、癒しヒーリングミミズに進化した。


 ウデがなぜ蜘蛛の糸を出せるようになったかは分からない。

 だが他ニ匹と比べて、変化が地味なのは大した経験をしていないからだろうと推測できる。


(運が絡んできているのも確かなんだよね。レア枠で出ていたし)


 王女アリは激レア枠、癒しミミズはレア枠だ。

 そこまで踏まえると、進化はある程度特殊な環境下に置いてから行った方が良いかも知れない。

 それから器用貧乏になるよりかは、ある程度指向性を持たせて一芸特化型にした方が良いかもしれない。


(正直言うと、私いなくてもチーム成り立っているのが少し辛いんだけどね。――おわっ!!)


 なんて不注意にも考え事をして歩いていたためか、インは出っ張った道に躓き転んでしまう。

 痛みの信号を発する、少し擦りむいた腕を撫でながら【再生の光】で治療する。


(魔法って便利だよ。もう痛くない。現実でも欲しいくら……い……)


 天啓を受けたとばかりにインは目を見開いた。

 その手はまだ【再生の光】の効果で黄色く光っていた。


(じゃあもしも、魔法が使えなくなったらどうなるんだろう?)


 悪魔的な閃きであった。

 魔法世界なのに魔法が使えなくなる。

 それすなわち、MP消費の技が使えなくなるのとほぼ同義だ。

 これは連携に使えるかもしれない。

 インはある程度、進化先の光景に想いを馳せていた。

 が、当然そんな目論見が上手く行くはずもなく、見事に打ち砕かれる事となる。


(うーん……収穫なし)


 プレイヤーやNPCに聞きこんでみるも、相手にされないか、インの容姿から優しく諭されるか、女性から逃げられるかのいずれかであった。

 やはり魔法を使えなくするというのは禁じ手に近いのだろう。

 幻想は所詮幻想なのか。

 諦める直前で奇跡が起きる。

 インが話しかけたのは黒一色の服装に、マスクで顔を隠した男性プレイヤーであった。


「魔法を使えなくするのはないが、打ち消すってのならあるぜ」


 思わず顔を上げるイン。

 マスクの男はインの顔をまじまじと見つめた末、目元を歪ませてほくそ笑むのだった。

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