卒業?
「……うん、まぁ一件落着なの……かなぁ?」
「またこのチームも……」
「なくならないと思うよ」
喧嘩してチームが解散するとでも思っていたのだろうか。
消え入りそうな声で呟くベルクに、インは緊張を解いた口調で言い放った。
「よりいっそう絆が深くなると私は思うよ! うん」
「でも喧嘩して」
「オレンジちゃんとイズミちゃんがまたねって言っていたから、それはないと思うよ」
雲がかった空が晴れ渡るかのような表情するイン。
イズミがどうかは分からない。
しかしオレンジは少なくとも、あの程度で亀裂で縁を切るほど考えたりしない。
これで縁を切るようであれば、過去に何度絶交をする機会があっただろう。
そして、そんなオレンジと共にイズミは「またね」と手を振った。
なら次もまた、いやこれまで以上にベルクを仲間として迎えることだろう。
とにかくこれで終わり。
最後のほんわかした空気から、そんな雰囲気を感じ取ったインはぐぐっと肩を伸ばした。
「私からも、ごめんなさい。騙してて」
「それは」
否定の言葉を紡ごうとするベルクに、インは頭を下げた。
「私が、本当に私がスパイをするって提案しただけだから。面白半分で。ファイのチームを危うくしたのは私だから。本当にごめんなさい!」
インはベルクに頭を下げる。
今までずっと騙していたこと、騙していたのにそれを棚に上げてベルクを敵視していたこと、そしてベルクの居場所を奪おうとしてしまったこと。
中立の立場で居なければいけなかったのに、結局ファイの方に傾いていつの間にか袋叩きにしてしまったこと。
そのすべてを込めてインは頭を下げる。
インの頭上で、ベルクが少し悲し気な顔を見せる。
少し目尻を震わせたかと思えば、瞼をぎゅっと一文字に結んでこらえた。
「……羨ましいよ本当に」
インは不思議そうな顔つきでベルクの顔を見た。
不自然な微笑を浮かべているベルクの顔を。
そうなのかな? そう言いたげにきょとんとした顔つきに変わっていったイン。
ベルクは「そうだよ」と返して言葉を続ける。
「私もごめんなさい。下劣なんて」
今までとは違う、年長者のような顔つきになるベルク。
一瞬、これは誰だろうか? なんて失礼なことを考えてしまったインは誤魔化すつもりで手を振って返した。
「えっ!? いえいえいいんです! 実際下劣なことしていましたし!」
「じゃあこれからも下劣呼びで」
「ええっ!?」
ニヤニヤといつもの顔つきに戻るベルク。
誤魔化すつもりではないのだろう。
完全にいつもの、ファイに心酔していたころの顔つきに戻っていた。
「改めてよろしくね、魔女様の姉気味である下劣!!」
「……結局私だけいつも通りか」
ベルクのチームメンバーへの対応が変わったように見えた。
けどそれは、元々チームメンバーでない自分には関係なかったようだ。
ベルクは立ち上がりざまに、「このベルク! 今度こそ魔女様の教えを守らせていただく所存です!」なんて叫び、思いっきり腕を上段に伸ばしている。
そんな前とほとんど変わった様子の無いベルクに、インは軽く肩をすくめる。
そして久しぶりに透明状態のアンに飛びつくのであった。
* * *
「えっと……私一応仮メンバーだったよね?」
そう言ったインは、現在ファイに猛炎の世に呼び出されていた。
後ろには炎熱耐性の紙片を貼りつけたミミとウデも一緒だ。
触手をくねらせて自分の身体を大きく見せているミミの上で、ウデは「いつも通り好調のようっすね!」とでもいいたげにはしゃいでいた。
そのすぐ隣で「これくらい熱くないだろ」と涼し気な表情をしているアン。
インの頭にはまだ名前を決めていないヒヨケムシが、なぜここにいるのかも分からない様子で居座っていた。
「こう見ると壮観だね!」
「ええ本当に、悪感あっかん過ぎて鳥肌立ちそう」
そう答えるのは、楽し気にインの仲間達を見て近寄りに行くオレンジと、ファイの背後に隠れてブルブルと震えるイズミ。
はしゃぐオレンジのひんやりとした手の感触が気持ちよかったのだろうか、ミミは触手で絡み取り盛大に高い高いを繰り出す。
そんなひとりと一匹の様子に、イズミは「絵面がやばいから降りてきなさい!」と慌てふためいた。
「ふん、情けない。それでも紅蓮と灰塵の魔女であるわたしの仲間か」
そんな風にファイは尊大ぶった言い方をしているが、よく見れば足の震えを一切隠せていなかった。
いや、よく見なくともファイの顔は徐々に青ざめているのだが。
あくまで体裁だけは整えておこうという魂胆なのだろうが台無しである。
その隣で「あの程度! 私に任せれば一瞬です!」と少々鼻にかけたような、ズレた発言をしているのがベルクだ。
指輪をすぐにでもなぞって武器を取り出さない辺り、インの仲間達を認めているということだろうか。
「それで今日はどうして呼び出されたの?」
「なに、ちと少しわたしが手本を見せてやろうと思ってな」
インを呼びつけた張本人であるファイは、虫たちから少々視線を逸らして尊大そうに言い放つ。
それからいつもの燃えている森を指さし、説明することもなく向かって行く。
「ねぇねぇ、ファイどうしたのかな?」
インはイズミの後ろ肩をちょいちょいと指で突いた。
するとイズミの代わりにオレンジが振り返る。
「なんかね、ファイちん。チームの連携を見せるって意気込んでいたんだ!」
「道理で」
ファイとチームを組んでからというもの、中々アン達を外に出す機会がなかった。
ファイやイズミが怖がるので、出すに出しにくかったというのもあるが。
そんなファイがアン、ミミ、ウデと新入りを出した状態で出発すると言い出した。
何かあるのだろうと思ってはいたが、そういうことだったのかとインは頷いた。
思えばテイマーとして、虫たちのチームとして、上級者としての姿を見せてやりたいのかもしれない。
そんなファイの意図を組んで少し嬉しくなったのも束の間、イズミが爆弾発言をする。
「私はここ以外にも適切な場所があると思うんだけどねー。あそこの焼き尽くされた黒染めの遺跡とか」
「分かるよイズちん! あの森より強敵はいっぱいだし、連携という面なら見せやすいのに」
オレンジも同調してきて、少々雲行きの怪しくなってきた。
そこにベルクも割って入ってくる。
「魔女様、【ヘルフゴーレム】を倒しに行くって言わなくって」
ヘルフゴーレムといえばインがベルクと出会うきっかけになった、ルビーのような光沢を持つゴーレムのことだ。
目からレーザーを放つなど多様の技を扱うことのできる魔物だ。
「えーー!! それ漢字テストで満点取るのと同じくらい出てこない奴じゃん!」
出にくさを漢字テストで表現するところがオレンジらしいといったところだろうか。
イズミも「満点は出る物じゃなくて取るもの」とツッコミを入れている。
「まぁ魔女様のことだ。何か考えがあって――」
「あの、既に私。運の数値80台まで来てます」
すごすごとインは挙手をする。
すると当然というべきか、何事だとばかりにファイと虫たち以外がインに詰め寄った。
インはこれにかなり前、ピジョンに話したのと同じ回答をした。
戦いはアンちゃん、ミミちゃん、ウデちゃん、新入りちゃんがやるから運を上げよう、という回答を。
オレンジとイズミ、ベルクは
「一緒に戦う方が楽しいのに!」
「理にかなっているのかな?」
「流石は魔女様と同じ血が流れているだけはある」
三者三様の反応を見せていた。
それからインは、運の数値が上がったことによる恩恵を話していった。
最初こそは関心というべきか、聞き入っていたような態度をとるオレンジとイズミであったが、段々前を進むファイに憐憫の目を向けるようになっていた。
「リーダーもしかして、博士ちゃんの運を体よく利用しているだけなんじゃ……」
「ファイちん……」
「いやいや、魔女様は……!」
どうにかこうにか援護をしようにも、流石のベルクでも無理であったようだ。
徐々に声色を失っていき、最後には「授業料だから!」とかなり上ずった声に変わっていた。
「何を話している」
知らぬが仏とはこのことだろうか。
振り返りざまに質問をするファイに、イン以外のチームメンバーは釣り気味に微笑んで誤魔化すのであった。
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