佳き隣人たち 🎪

上月くるを

佳き隣人たち 🎪





 年に一度の公民館掃除の朝、厚く曇った空からいまにも雨が降り出して来そうで。

 防寒と感染の用心のため、ダウンコートにネックウォーマー、ゴム手袋の重装備。


 三々五々、集まって来た二十数人を手際よく割りふってくれるのは美容院の店主。

 こういうリーダーがいないと事がスムーズに運ばないので、たいへんありがたい。


 数人の主婦たちと台所に配された橙子は、いまどき使う人もいない食器棚を拭く。

 湯呑やお皿? 洗わなくて、いいいい。それより手早くちゃちゃっと済ませよう。


 声も腹も太っ腹な(笑)リーダーにみんな大賛成で、布巾の乾拭きで一丁上がり。

 一階と二階の四つの会議室も手早く済ませ、終了までに三十分もかからなかった。




      🏞️




 みんなで機嫌よく帰りがてらの話は、コロナの第八波から自然にお墓に行き着く。

 四十年前の造成地に住む同世代のほとんどの人が入るお墓を決めていないという。


 人気だった市営霊園も手狭になって来たし、あまりに郊外過ぎて墓参も大変だし、かといって一般の寺ではいつ潰れるか分からないし、いっそ樹木墓か散骨にする?


 話題の映画では、妻の遺骨を長く家に置いていた主人公が、最近亡くなった義母の遺骨と一緒に湖に撒いていたけど、あれって、自分が逝く前に、ということだよね。




      💚




 率直で飾らない話に頷きながら、橙子は近隣の女性たちに恵まれた感謝を深める。

 男社会でツッパッテいた仕事時代は「※のくせに生意気だ」と加虐が頻繁だった。


 だが、ひとたび家に帰れば近所の女性たちのさりげない労りが待っていてくれた。

 プライベートがどん底だったときですら、変わりのないやさしさで接してくれた。


 取り立ててどうということのないごくふつうの専業主婦やパートで働く女性たちがあれだけの思いやりを保持してくれた事実に、いまでも信じがたい思いがしている。


 首都圏に住む息子夫婦に同居を勧められたとき、気持ちは本当にありがたいけど、あんたたちの故郷で一生を終えたいの……そう辞退した理由のひとつはそこにある。


 


      ☔




 掃除の時間よりもはるかに長い(笑)立ち話は、ポツンと来た雨で解散になった。

 小中学校の同級生同士のように大きく手を振って「元気で冬を乗り越えてね~」。


 いつものひとりにもどった橙子は玄関の鍵を開けながら「なんだかコロナもわるいことばかりじゃないみたいだね」人情にホカホカに温められた胸につぶやいてみる。




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