初めての刺激
半ば強制的に店を手伝うことになってから、とんとん拍子で話が進んでいった。先ずはうちの親、
「あの店には贔屓にしてもらってんだ。働いてこい、働いてこい。」
だってさ。もうちょっとなんかあるだろ。次は学校、
「ん?矢間か、聞いたぞ。宮濱の親父の腰のこと、手伝わなきゃいけないんだろ?頑張れよ、本当はだめだけど。まぁ職業体験って形なら問題ないらしいから、給料もらうなよ」
だってさ。もうちょっと止めてくれよ。あと学校のおかげでただ働き決定だよ。でもって追加で職業体験レポートだってさ。チキショー
「店を手伝うったって何するのさ。僕たちお酒のことなんて全く分かんないよ?ジュースなら少しは分かるけど。」
そりゃそうだ。この歳(14歳)にしてお酒のこと知っててもだろう。
「誰も接客やれなんて言ってないだろ。接客はできるぞ、この腰でもな。その代わり商品の搬入と配達やってくれ。残念ながらバイクに乗れないもんだからな。」
爺さんが店のレジスターの前で銭湯の番頭みたいに座りながら言う。
「配達って、原付乗れないよ?俺たち」
「んなことわかっとるに。坊主じゃないほうの坊主、自転車あるから裏からとってこい」
「俺は香田ですって、坊主じゃないほうの坊主ってそれ坊主ですから」
そういいながら、香田は店の裏に回っていった。
ギィィィキィィィギィィィ
建付けの悪い金属の扉みたいな音を立てて香田が赤い塊を持ってきた。話の流れからして、自転車だろう。でも自転車と呼ぶにはタイヤのゴムはしなびていて、潮風に当てられたみたいにひどい赤錆の餌食になったものがそこに。
「爺さんこれって...」
「自転車」
この爺さん、原付に味を占めてから自転車の手入れをロクにしてなかったな。
「爺さん、これで配達しろっての?まじで?矢間ちゃんこれあげる」
香田の野郎扱いに困って僕に渡してきやがった。
「オッケー爺さん。配達はもちろんさせてもらう。でも自転車は僕のを使う。いい?」
「勝手にしろ、仕事こなせばそれでいい」
良かった。多分あの自転車だったもので配達なんかすればたちまち酒瓶がガラスの粉に早変わりだったろうから。
「じゃあ今日から頼んだぞ。流石にただ働きはくだばった婆さんに祟り殺されるから、一日に賄いと店のジュース一本だ。どうだ」
「俺たち学校に給料もらうなって言われてんだけど?いいの爺さん」
「いいって、給料じゃなくてまぁお駄賃って感じにすりゃ。大丈夫だろ、おん」
「まぁコウ、受け取っとこう。爺さんの善意は黙ってもらっとこうぜ。」
爺さんのこの提案は万年金欠な僕たちにとってすごいうれしいものだ。ばれなきゃ犯罪じゃないってどっかの誰かも言ってたと思うし
「やったぜ!ありがとよ爺さん」
「ああそうだ、お前ら恵菜には店を畳むこと黙っといてくれ。まだ伝えてない」
「なんでまた伝えてないのさ。俺たちが言わなくてもいつかバレるだろ」
「あの子は、あの子にはこの店の事を忘れてほしいのさ」
「なんでまたそんなことを、まだ恵菜ちゃんいるんだろ?矢間ちゃん言いに行こうぜ」
「待てコウ、爺さんにも理由があるんだろうさ。爺さんどうしてそんなこというのさ。恵奈ちゃん、ここの事メチャクチャ好きなんじゃないのか?」
「あの子は俺の孫じゃない。本人は知らないみたいだがな」
え?なんて事カミングアウトしてくれてんのこの爺さん。恵菜ちゃんが本当の孫じゃない?確かにあの翡翠色の目といい、少し鼻が高かったりとハーフかと思ってたけど。って何タバコふかしてんだ。
「あの子はうちの息子の嫁さんのところの姉貴の子みたいでな。息子の嫁さんはスウェーデンだったかのハーフでな、自分の母親だって疑わんみたいだ」
「奥さんの姉さんの子供って、なんでまたそんな複雑な」
「こら矢間ちゃん、そういう野暮な事は聞いちゃだめだ」
「まぁ恵菜には広い世界を見てほしい、こんな小さいところに固執せずにな。だからもう引き返せないところまで行ってから、静かに、ぼんやりと終わらせたい。わがままなのは重々承知だ。頼む」
爺さんが急にしおらしくなって頭を下げる。エビのように曲がった腰のおかげかすごく小さく見えた。香田と顔を見合わせる。返答はもちろん
「ことわr...もごむご...プハァ何するの矢間ちゃん」
このアホはマジで...
「爺さん、わかった。恵菜ちゃんには言わない」
「なんでよ矢間ちゃん。これじゃあ恵菜ちゃんがかわいそうじゃないか」
「かわいそうってのは分かる。でもこれは爺さんと恵菜ちゃんの問題だ。俺たちが首を突っ込むのもあれだ」
「坊主たち感謝するぞ。じゃあ早速仕事を頼む。矢間の坊主、この住所にこの栗焼酎とこのビールを一ケース配達してくれ」
住所の書かれたメモ書きとダビデ火振とヒノデハイパードライのケースを一つ渡された。これを自転車に積むのマジ?転ばないようにいけるかな。
「香田の坊主、お前は今から今日届いた酒を店先に並べてくれ。」
店先に並べる酒って、あの箱の山だよなぁ。香田ご愁傷様
「じゃあこれから一か月頼んだぞ」
その言葉を背中に受けながら僕はよろよろとペダルを漕ぎだした。
スパークリング 樒倉 朱鷺 @toki-shikimikura
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