第34話 いつまでも、永遠に
「これ、お土産」
「ありがとう!」
ぱんぱんに詰まった紙袋をマークに渡すと、彼はさっそく中身をテーブルへ並べ始めた。
「日本旅行はどうだった?」
「すっごく楽しかったよ。温泉は気持ちよかったし、揚げ饅頭も美味しかったし」
「これなに?」
「これはかりんとう。揚げたお菓子だよ。甘くてちょっと固い」
「ああ、知ってる! 食べてみたかったんだよね。コーヒー淹れてくる!」
ルカは今、エドワードの弟で親友のマークの家へお邪魔していた。
大学を卒業してからはなかなか会えなかったが、久しぶりに会うと時間を忘れて話してしまう。
「来てくれたのは嬉しいんだけどさ、エドと何かあった?」
「特にないよ?」
「俺としては、薬指の指輪について聞きたいんだけど。それに今日一日泊めてって、意味わかんないんだけど」
左手の薬指にある、真新しいシルバーリング。
「それはちょっと、いろいろあって……」
「まさか旅行中にケンカ?」
「違うよ。そもそもケンカなんて普段もしないし」
「じゃあなに?」
「よく判らないんだけど……一緒にいるのが恥ずかしくなっちゃって」
「……………………」
マークは呆れ果てた顔だ。ルカ自身もばかばかしくて意味が判らない。付き合いたての未成年ではないのだから、こんな感情が蘇ってくるとは夢にも思わなかった。
「前はエドと住んでなかったから心の準備ができたけど、今はほぼ毎日顔を合わせるしっ……自分でもどうしようもないんだ」
「旅行中はそんなことなかったの?」
「旅行中……ちょっとあったかも。夜に指輪をもらって、徐々に頭がうわあーってなって……」
「とりあえず、今日は泊まっていってよ」
「うん、ありがとう」
久しぶりにマークと会うと、恋愛の話はそこそこにクラスメイトや大学時代の想い出を語ることが多かった。
付き合っているのがマークの兄なので、彼いわく「兄のデレは聞きたくない」らしい。
夕食は二人で作って食べ、先にシャワーを使わせてもらった。
見たこともないハーブのソープがいくつも並んでいて、長い付き合いなのに知らない一面が見えた。
ふと、エドワードの顔が浮かんでくる。一緒に住み始めてそれなりに経つが、彼の知らない一面もまだある。旅行へ行って、初めて知った部分もあった。
『ルカ、結婚しよう』
あらためて旅館でのやりとりが浮かび、シャワーを頭からかけた。赤くなっていても、温度が熱かったと言い訳ができる。
「マーク、先にシャワー…………っ」
リビングでコーヒーを飲んでいたのは、マークとその兄・エドワードだ。
「な、なんっ、なんで…………」
「俺が呼んだんだよ。ちょっと話した方がいいと思って」
「珍しく仕事が早めに終わったんだ」
「ちゃんと話すべきだと思うよ。家に戻ったとき、今みたくぎこちなかったらルカだって居づらいでしょうが」
「それは……そうだけど、」
「じゃあ俺もシャワー浴びてくる」
マークはさっさとリビングを出ていってしまった。
「あいつ、けっこういいところ住んでるんだな」
「住む場所はこだわりたいって大学時代から言ってました。ずっと寮でしたし」
「ルカ、会いたかった」
背中に回った手に、身体が大きく揺れてしまう。
エドワードはすぐに離した。
「ごめん、いきなりだった。……付き合いたてに戻ったみたいだな」
「すみません」
「謝るのはおかしいだろう? 指輪はしてくれてるんだな」
エドワードはそっとルカの薬指に触れる。
エドワードの薬指にも同じものがはめられている。まだ真新しく、初々しさも感じる指輪だ。
「プロポーズは早急すぎたんじゃないかってずっと思ってた。困らせたくて渡したわけじゃないんだ」
「その言い方だと一方的に聞こえてしまいます。僕だって嬉しかったんです。ほんの少しだけ、昔に戻ってしまったのは本当なんですけど……」
「キスしようとしても逃げるし、嫌われたのかと思った」
「まさか。そんなことはありえません」
断じて違う、と強く首を振った。
「引っ込み思案で恋愛に疎い僕が結婚できるとも思ってなかったし、今も夢の中でふわふわしてる感覚なんです。多分、徐々に慣れていくと思います」
「そうか。それなら安心した。あと、今日泊まっていくことになったから」
「ええ? 本当に?」
「明日、仕事が休みだからね。ゆっくりできる」
がちがちに緊張した肩に手を触れられると、意識が吹っ飛ぶほどの高揚感で満たされる。
「手、繋いでもいい?」
「もちろんです」
手を通して心臓の音が聞こえませんように、と願った。
残念ながら願いは届かず、エドワードは目を見開きながら浮き出すのを必死でこらえている。
同じベッドで寝るのもおかしい話ではないが、今日は別々に寝たい気分だった。だがふたり揃ってゲストルームに通されてしまった。兄弟が口を揃えて「同じ部屋で寝るのは気持ち悪い」。仲は悪くないのに、こういうところはよく似ている。
指輪を渡されて恥ずかしくなっただけだ、と聞いて心底ほっとしていた。
エドワードの気持ちとしては、人の目を引くルカと早めに籍を入れたい。彼は気づいていないが、ルカは人の視線を集めてしまう子だった。それも男女問わずだ。
弟にも邪魔をされたくなくて、ルカを連れて午前中で家を出た。
「海にでも行かないか?」
「いいですね、ぜひ」
昨日に比べるとぎくしゃくした居心地は抜けてきて、一時的なものだったと安堵する。
助手席でぼんやりと外を眺めては、無意識なのか薬指の指輪を触っている。
ここで話題に触れようものなら意識させてしまうので、特に言わないでおいた。
ビーチに近づいてくると潮の香りが車内に充満してくる。
「僕、あまり海へ行ったことがないから嬉しいです」
「俺もだよ。家族で数回程度かな。本当に久しぶりだ」
「ここに美味しいチェリーパイがあるってネットで見ました」
「いいね。まずは腹ごしらえでもしようか」
扉を開ければ、よりいっそう潮の香りが増した。
子供の笑い声が聞こえ、振り向いた。ルカは懸命に端末をチェックして調べている。
ルカにはまだ気が早いが、エドワードは子供を意識する年齢だ。いずれルカも通る道だが、彼は男を好きになった時点で考えは浮かばないのかもしれない。
「エド、ありました! あっちです」
「じゃあ、行こうか。ルカはパイ類が好きだったんだな」
「アップルパイや、ハニーパイも好きですよ」
「覚えておこう」
昼食がてらカフェに入り、チェリーパイとホットサンドを注文した。
「水着、持ってきてもよかったですね」
「泳ぎたかった?」
「ちょっと経験してみたかったなあって」
ルカにしては珍しく、大きめのパイを平らげようとしている。
「今度来たときこそ、水着を持ってこよう。今日はいきなり決まったからね」
「この後、土産品でも見て回りませんか?」
「そうしようか」
カフェを出ると、何やら騒ぎとなっていた。
だが事件の臭いがする騒ぎ方ではない。誰か著名人がいて、浮き足立っている様子だ。
「なんでしょうか?」
ルカも不思議そうに見上げてくる。
「芸能人がいるとかかな」
「事件に発展しないといいんですけど」
人の波は海よりもショッピング街へ向かっている。
「俺たちの行く方向だな」
駐車場には黒の高級車が数台停車している。
ショッピング街から向かってきたのは、大統領家族だった。
「あ、エディ」
「驚いたね。すっかり大きくなってる」
すぐ横にロバートも立っていた。あれからしばらく会っていないが、思い出すのは彼と過ごした学生時代の日々だ。
たいして仲が良いわけではなかったが、悪い想い出ばかりではない。
遠くにいても、ロバートは気づいた。驚いて足が止まっている。付き人に背中を押され、歩き出した。
エディは最後までルカに気づかなかったが、ロバートは車に乗る直前まで視線を外さなかった。彼はまだ独身で、結婚はしていない。立場上しなければならないが「大切な人が忘れられない」とインタビューで笑いながら答えていたのが印象に残っている。
「……驚きましたね。エディが大きくなってました」
「そうだね」
「僕のこと、覚えているでしょうか」
「もちろんさ。なかなか会える環境ではないが、君たちは良き友人だ。それはこの先も変わらない」
「そうだといいですね」
「ルカ、これから教会を見に行かないか?」
「え……どうして急に?」
「なんとなく。そんな気分なんだ」
「ロバートを見て?」
「そうだね。うん、そうかもしれない。久しぶりに友人に会ったら、なあなあにして立ち止まっていたらいけない気がして」
「ああ……わかります。あんなに大きくなったエディを見てると、時間は有限なんだなあって思い知らされました」
「じゃあ、行こうか」
──それから数か月後、ふたりは家族と友人に囲まれて教会から新しい人生を歩み出した。
名前のない手紙が届いたのは数週間後で、結婚おめでとうと記されていた。
冤罪人の恋文と、明けない夜のSOS 不来方しい @kozukatashii
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