お遊び短編集

式王子小夜の美少女に関する考察

 薄暗い空間にざわざわと人が集まる。


 講堂のような構造をした空間だ。そこに蠢く人影はどうにも表現し難いものだった。詳しい描写を省き、分かりやすさ優先と言う名の責任放棄が筆者に許されるならば、それは3頭身程度の少女の群れだった。何処か人類が衰退しちゃっている感じの妖精さんよりも少し頭身はある程度だ。その上、少女たち全員が同じ顔をしていた。


 長い黒髪の髪型が違ったり服装が違ったりアクセサリが違ったり、細かな部分に差異があるものの、姉妹かクローン細胞かドッペルゲンガーか判断が困るぐらいにそっくりだった。


「はい集合。全員の式王子小夜しきおうじさよ、集合」


 頭にあんたが議長、と言うノボリを立てた少女が講堂の中央に立って声をかける。


「我々式王子小夜達の第一回、美少女考察会を開催します」

『わーどんどんぱふぱふ―――!』


 どうやら彼女達(?)は式王子小夜と言う個体達らしい。


 彼女たちはやんややんやと騒ぎ立て、議長が静粛に、とかんかん木槌をまるで裁判長のように鳴らして取りなす。


「今日から始まる美少女考察。その記念すべき第一回としてのテーマです。―――ででどん!」


 そして仰々しい効果音とともに、講堂の白いスクリーンにプロジェクターから光が伸びる。そこにはこう書かれていた。


「美少女とは何か?―――一回目からえらく抽象的な内容が来ましたね」

「美しい少女、とまぁ直訳するればそうなりますけれど、捻りがありませんね?」

「面白い面白くないで言えば面白くないよね。いや美少女大好物ですけれど。―――ペロペロしたい!」


 ざわざわとする中、一人の式王子小夜が危ない発言をするが―――。


『どうか―――ん!』


 その場にいる全員が大きく頷くのでこの場では危ない発言ではないらしい。従って憲兵もOMAWARIも同心もNINJAもやって来ない。


 そんな中、議長がこう言う。


「とは言え、そこまで大真面目に討論する会ではありません。考察者の疑問や問題提起に皆さんで考え答えていく………そんな会です。なので、直接的に答えなど出なくてもいいでのす。―――ぶっちゃけ、作者の休憩中の暇つぶしですし」

『メタい!メタいよ!』

「昨今はスマホでネタ書けるからいいよね。では、前半の考察者は挙手をして発言を」


 そんな突っ込みをスルーして、議長が進行を促すと群れの中から手が上がった。眼鏡を掛けた式王子小夜だ。以降、彼女はメガネ小夜と呼ばれる。


「そも、美少女と言う単語が世に氾濫しすぎていると思います」


 メガネ小夜は粛々と告げる。


「ほほぅ。その心は?」

「漫画、アニメ、ラノベ―――往々にしてフィクションに出てくる登場人物はたいてい美少女です」

「まぁ、美化はされるよね。見栄えの問題的に」

「別にそれは良いのです。特に映像化されているのならば、美的センスを致命的に外していなければ見る人全員が『美少女だ』と理解できます」


 誰かの言葉に、メガネ小夜は頷く。フィクションの登場人物が美少女だったり美少年だったりするのは良いのだ、と。ある意味仕方ないのだと。


「ですが、ですが―――特に文学に限って言えば、人物が登場するたびに美少女美少女と連呼しすぎているがために、酷く陳腐化している気がします!」


 ざわり、と周囲が騒然となる。


「確かに………。いや、でも想像する側のビジュアル的に登場人物が美少女じゃありませんブッサイクですと言われても楽しくないのでは?」

「認めましょう。しかしもうちょっとこう、言い方と言うか、表現の仕方というか、そういうものがあってもいいと思います」


 確かに、と同意する声が幾つか飛んだ。


 議長は重々しく頷くと、こう尋ねる。


「成程、メガネ小夜。貴女は昨今の美少女に対する表現の問題提起を主張するわけですね?」


 それに力強くメガネ小夜は頷いた。


「成程。―――では考察を始めましょう。何か意見は?」


 ざわざわと幾人もの式王子小夜達が意見を交わす。そんな中、一人の式王子小夜が手を上げた。長い黒髪をポニーテールにした式王子小夜だ。以降、ポニテ小夜と呼ぶ。


「はーい。メガネちゃんの言いたいことはわかります。分かるんですけど―――それってどうしょうもなくありません?」

「と、言いますと?」


 小首を傾げるメガネ小夜にポニテ小夜は頷く。


「まぁ、メガネちゃんが言うように、テレビや漫画やアニメに関して言えば視覚的な情報を視聴者に直接与えるのでさておいて、小説―――主にラノベですが―――に関しては一概にガチガチに固めてしまっては駄目なんじゃないかと」

「ほほぅ?」

「そもそも、文学自体、読者の想像に任せる部分があるじゃないですか。例えば、ここに金髪碧眼の美少女がいるとします。皆さんで想像してみましょう」


 その言葉に、式王子小夜達は一斉に瞼を伏せ、想像する。


 金髪碧眼の美少女だ。大好物だ。きっと抱きしめたいぐらいに可愛いのだろう。やおら、皆が妄想を垂れ流し始めた。


「ブロンドふわふわですね?―――じゅるり」

「白い陶磁器のようなぷにぷにタマゴ肌ですね?―――じゅるり」

「おっきなくまさんのぬいぐるみとか両手でぎゅっと抱えてますね?―――じゅるり」

『なにそれ可愛い!抱きしめたい!ペロペロしたい!!』


 式王子小夜達の総意だった。


 ここに公的機関が存在したら、しょっぴかれるかテロリストもといペロリストとしてRPGでもぶち込まれ殺処分されていたことだろう。


 残念ながら、ここは公権力が及ばぬ場所だ。


「ほら、こんな感じで金髪碧眼の美少女というだけで読者が勝手に想像してくれます」

『―――っ!?』


 ポニテ小夜のドヤ顔に、式王子小夜達は恐れおののく。


「これがどうでしょう。例えば年齢七歳で髪の本数から爪の長さ、交友関係の広さから両親の離婚歴等々事細かに情報を記載されてしまったら。曖昧だからこそ想像力を掻き立てるというのに、それを始めてしまえば設定の領域を飛び越えて最早プロファイリングの領域です。説明だけでバベルの塔が出来ます。某K先せ―――もとい、某K氏の如くラノベ一冊千ウン百円千ページ超えの超大作です」


 因みに筆者は某K氏の作品をバイブルとしている。終わり○クロニクルは至高だと思います。


「た、確かに。如何に私達を始め、世間一般のちっちゃい子ダイスキーなおっきなお友達でもぽっとでのヒロインのプロファイリングを膨大な量で読むのは難儀しますね。特別気に入っているのなら話は別ですが、初登場でそこまで気に入ってしまうのは一目惚れを通り越してサイコです。サイコパスです。犯罪係数とか気にしちゃうレベルです」

「その通り。ですので、最終的なディティールは追々詰めていくにしても、最初の登場は特徴を挙げた上で『美少女』と言うラベリングをするのです。すると、読者が後は勝手に肉付けしてくれます。その後読者が考えた妄想を逆輸入とかすれば人気の伸びしろも加速します。なので、一概に美少女という言葉が陳腐化しているというのにも理由、と言うか意味があるのだとそう愚考します」


 成程、と皆が納得しているとやおら議長がしたり顔で呟いた。


「―――まぁ、ぶっちゃけ、絵師さん次第ですし」

『身も蓋もな―――い!』


 総ツッコミをスルーして、議長は次を促した。


「おほん、気を取り直しまして後半の考察者」


 次に手を上げたのは長い黒髪を右側でポニーテールにした小夜だ。以降、片ポニ小夜と呼称する。


「はい。私は―――属性についてです。フェチとも言います」

「来ましたね変態淑女」

「はい。しかし避けては通れない問題かと」


 避けては通れない問題、と言われ皆が身構えた。


「ただ、これに関して言えば争点の美少女もそうですが受け手側も考察せねばなりません。皆さんも好きなはずです。―――美少女の属性」

『重要ですね』


 そう、そうなのだ。属性は大事だ。一口に美少女と言っても様々ある。ただ美少女なだけでは角の取れた金平糖だ。歯のない歯車だ。それ自体に価値や意味があっても、発展性がないのである。だから重要だ。


 属性は重要、全ての式王子小夜が頷いた。


「そう、美少女を構成する中で、おそらくビジュアルの次に、あるいはそれ以上に大事な物―――それが属性です。これ如何によっては如何に優れた容姿を持った美少女でも、好みの属性ではないと言うだけで受け手側から跳ねられてしまう。そんな構成要素です」


 うんうん、と式王子小夜達が同意する。


「しかし一口に言っても属性は多岐に渡ります。70年台80年代―――まだサブカルが幼稚なものと括られていた時代。オタク達が最も迫害を受けていた時代。属性は幼馴染、眼鏡っ娘、ドジっ子、元気っ子―――まぁ、あまり多くはありません。作られている作品数の関係もあるのでしょうが、あの頃はそれほど多くはありませんでした。翻って昨今はどうでしょう。ツンデレから始まるデレシリーズ、ポニテツインテから始まる髪型シリーズ、暴力系、セカイ系、健気系に無邪気系、キモウトを始めとする家族シリーズ。最早我々でも把握しきれない上に、今後もっと増えていくに違いありません。その時代その時代の隆盛はあれど属性は多岐にわたって展開しています」


 正直、属性を網羅するとどれぐらいになるのか見当がつかない。ニッチになものを含めたらこのネット社会でも回収しきれないんじゃなかろうか。


「私が皆さんに疑問を投げかけたいのは―――ぶっちゃけ、属性何個まで許せます?」

「属性何個までか、サイドテール小夜、それが貴女の問題提起ですか?」

「はい。例えば―――私のようなサイドテールの美少女がいたとしましょう」

『自分で美少女と宣うのはちょっと………』

「はいみんな甘引きしない!想像するの!サイドテールの美少女!!」


 憤慨する片ポニ小夜の指示に、渋々従いながら式王子小夜達は想像する。


「―――それだけだと、上手く想像できない。あるいは、寂しくないですか?」


 確かに地味だ。もっと情報が欲しかった。


「では、もっと属性を盛ってみましょう。そうですね―――眼鏡、体操着、ブルマ」

「健康的な美少女が見えてきましたよ!」

「委員長の体育姿ですね!」

「眼鏡が汗でずれ下がりそうになりながらそれでも走る委員長!」

『なにそれ可愛い!太ももに頬ずりしたい!ペロペロしたい!!』


 やんややんやと式王子小夜達が騒ぎ出す。


 その様子を満足そうに見ながら片ポニ小夜は言葉を続ける。


「まだまだ行きますよ―――巨乳、褐色、銀髪」

「あ、れ?委員長で褐色に銀髪はちょっとない気が………」

「巨乳は良いけれど、軽快に走ってる健康的な美少女の想像が何だか揺れるおっぱいを抑える想像に………?」


 若干、皆の想像がぶれてきた。統一されていた想像が、個々人に寄って違ってきたのである。


「ふふふ、困惑してきましたね?―――エルフ耳、八重歯、涙もろい」

「ダークエルフ?ダークエルフなのね?」

「あぁ………八重歯くりくりしたい………」


 属性をさらに付与。整合性が取れたり、趣味に走ったりするものが出てくる。


 ここで片ポニ小夜は畳み掛ける。


「加えていきましょう。―――古武術道場の跡取り、猫耳、異世界転生者、主人公の幼馴染で前世からの因縁ありと言うか前世で生き別れた妹………」

「待って待って待って!」

「おかしい!何か色々おかしい!」

「えっと、道場の跡取り?転生者って?ダークエルフなのに体操着着ててその上猫耳?しかも前世って………?えぇ?」


 ブレブレの属性付与に式王子小夜達が騒然とする。


「こんな風に、属性を加えていくとこうなります。最早原型が分かりません。と言うか、編集が舵取り間違った週刊連載の様相を呈してきます」


 確かにそうだ。


 定番と思われる武闘会トーナメントするなら兎も角異世界行ったりなんだりしちゃって最早何がしたいかわからない漫画のようだ。最終的には打ち切りされそう。


「さて、ここで最初の疑問に戻りますが―――皆さん、幾つまで属性付与が許されると思います?」

「最初の3つかなぁ………?」

「でも、最初の3つだけだと地味じゃない?ヒロインの友達とか仲のいいクラス委員長で埋没しちゃいそう」

「でも最初の3つで委員長の設定が見えてきたのに、巨乳は兎も角褐色と銀髪は何だか違うと思うの。好物だけど、褐色ペロペロしたいけど銀髪ハスハスしたいけど―――私が考える委員長じゃない」

「エルフ耳で、八重歯で、涙もろいぐらいの設定は………まぁ、何とか?」

「でも委員長がエルフ耳?異世界学園系?」

「うーん、ありっちゃありなんだけど、と言うかエルフ耳に猫耳て混ざってる混ざってるから!獣人とエルフ混ざっちゃってる!!」

「最後の設定は意味わかんない。一個一個ならまぁ、バックグラウンドとして良いかもだけど、全部盛ったら流石に………」


 ざわざわと式王子小夜達が考察する。


「―――と、このように属性を無闇矢鱈に乗っけまくると色々おかしなことになります。その適性属性を幾つまで許容できるかですが………」


 締めくくるようにして、議長がこちら・・・を向いてこう訪ねてきた。


「さて、皆さんは幾つまで許容できますか?」




 ●




「ぶっちゃけ食い合わせよければ幾つでも―――!」


 がばり、と起き上がって式王子小夜は右腕を天へと向かって突き上げた。


「あ、れ?」


 すると視界に入ったのはあの変な講堂ではない。


 自分の部屋だ。掛け布団を跳ね除けて、パジャマ姿でベッドの上に立ち、我が生涯に一片の悔い無しポーズを取っていた。


「―――これって所謂」


 詰まるところ、まさかの夢オチだった。

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