57. あなたを愛してる(最終話)

 鞭の音と悲鳴って、どうしてこんなに合うのかしら。この世界に生まれ直して、初めて知ったわ。薄れた記憶の前世では、こんな知識得られそうにないもの。


 腹痛から回復した時点で、ラピヨン子爵家は貴族名鑑から消えていた。お父様ったら対応が早すぎるわ。呆れ半分で朝食の話題に出したら、シルも絡んでいたことが判明する。そのお仕置きを兼ねて、シルにも鞭を入れておいた。勝手に散歩する飼い犬は、手を噛みそうで嫌なのよ。


 明日は第一王子アルフォンスが王太子として確定する。夜会をするらしいが、私の体調不良を理由に欠席の通知を出した。面倒なのよ。腹痛は治まったけど、怠いし。万が一、夜会のドレスが赤く染まったら事件でしょう。


「シル一人で出てもいいのよ?」


「レティの隣がいい」


 代わりにルーベル公爵夫妻が出席する。ときどき忘れそうになるけど、シルはまだ爵位を継承していなかったわ。招待状は公爵夫妻と、私達の双方へ送られた。アルフォンス王子としては、何か思惑があるのかしら。


 単にエルネストの王籍剥奪に成功したから、はしゃいでるのかも。第二王子だったエルネストは、ラピヨン子爵の後釜に据えられた。二度と王族を名乗れない。正妃も同じく、子爵領で幽閉となった。私が考えるより軽い処罰だけど、軟弱で優柔不断の国王にしては頑張った方ね。


「難しいことを考えているね? レティ」


「そうでもないわ。夫婦生活をどうしようか、迷ってるだけ」


 国王陛下の思惑も、継承権争いも関係ない。私が望むのは、目の前にいるシルが私を殺さないこと。ここまで愛されたら、浮気でもしない限り大丈夫そうね。


 するりと腕を絡めて、シルに抱きつく。手にしていた鞭を放り投げた。さっとロザリーが拾うあたり、あの子は優秀ね。マノンの指示で、罪人が牢へ戻された。今日の調教……じゃなかった、運動は終わりにしましょう。


「俺に身を任せてくれる気になった?」


「そうね……考えてあげるわ」


 抱き上げたシルに身を任せ、自室へ戻る。痛みが消えても、怠さと貧血はそのままだった。ベッドに横たえられ、上に被さる夫の鼻をぱちんと指で弾く。


「っ、レティ?」


「忘れたの? まだ無理よ。明後日以降ね」


「夜会の日だね」


 にっこりと微笑むシルは、ようやくお預けが解除される見通しが立って、尻尾が全開だ。幻影が見えるほど喜んでいた。水を差すのもなんだし、シルのことは好きだからいいけど。


「言っておくけど、私を抱いたら二度と他の女に触れられないわよ?」


 浮気したら、アレを潰すわ。冗談じゃなく、出会った夜に見たでしょう? 微笑んで返答を待てば、青ざめてぶるりと震えたシルが頷く。浮気する気はなくても、想像だけで痛いと呟いた。前世も今生も女だからわからないけどね。そういうものなの?


「俺は一生、レティ一筋だ。死んでも来世も追いかける」


 異世界にだって追いかけたんだ。そんな意味不明の言葉はスルーして、私は微笑んだ。


「じゃあいいわ。夜会の日に、準備していらっしゃい」


 あくまでも上から許しを与える。目を輝かせるシルの重さと温もりを感じながら、悪くないと苦笑いした。ここまで私を愛する男はいない。


 王位継承権は片付き、ヒロインは物語に介入しない。強制力もシナリオも行方不明で、私を狙う愚者も処分した。残るのは貴族の跡取り問題のみ。


「愛しているわ、シル」


「レティ! 俺も、愛してる。誰でもない君だけを愛し続ける」


 監禁癖のある男にここまで許したら、きっと閉じ込められてしまう。それでいいと思うあたり、私も壊れてるわね。柔らかな黒髪を手で撫でながら、明後日を楽しみにする自分を見ないフリでやり過ごした。









「レティ、ありがとう」


 乱れた荒い呼吸を整える私は、酸欠で朦朧としながら微笑んだ。生まれた娘を抱くシルは、後ろのマノンへ赤子を渡す。ようやく生まれたわ。半日近いお産が終わり、私はシルの手をしっかり握り締めた。


「シル」


「うん、レティ」


 先に感動して泣くなんて、夫失格よ。私が泣けないじゃない。孫が生まれたら、なんとしても爵位を押しつけ、自由時間を孫と過ごしたいと力説した公爵夫妻が、大泣きしていた。誰も彼も、私より先に泣くなんて。


 この子が大きくなったら、鞭の使い方や暗器の扱いを教えなくちゃ。ルーベル公爵令嬢で、シモン侯爵家の血を引くんだもの。まだまだやることはたくさんあるわ。


 友人のクリステルの結婚式が近いし、王太子殿下の即位も来年に控えている。歳の離れた妹も、最近は鞭の扱いが上手になった。物語の強制力が、余計なことをしなくて良かったわ。妹の存在が消えるかもしれないもの。


「レティ、愛している」


「知ってるわ」


 答えながら、ヤンデレ攻略対象だった夫を見上げる。黒髪の美形で厄介な性癖がある、狂犬。


 あなたを愛してる、前世からよ? タカシ兄さん。記憶が戻ったのは、絶対に教えてあげない。








 The END or……?







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 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(o´-ω-)o)ペコッ




こちら、新作です。完結しています。よろしければご賞味くださいσ(*´∀`*)ニコッ☆


【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

初の一万文字以内の短編です(*ノωノ)


https://kakuyomu.jp/works/16817330651619984220

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