転生したので死にます。

むく

はじまりはじまり

自分もお湯になったかのように、血液が湯に混じって意識が消えた。

目が覚めたことに絶望を覚えたが、それが病院の天井では無いことに気づいて混乱する。

どこですかここは。


「お目覚めですか!」


頭に響く高い声が私に向かって叫んだ。

目覚めたというか、一応恒久的な眠りについたつもりだったのだが、などと文句を垂れても仕方ない。

薄ぼんやりとした視界がはっきりとしてきて、目の前の空間を認識する。

それは、ゴシック建築のような印象の、その寝台の上にいる自分の視界だった。


「ふ…フローレンスお嬢様?」


声量の常識を思い出したらしい先程の声色が、私に向かってまた声を掛ける。

勿論、私はフローレンスではないが、死の前にメルヘンな夢を見ているのだとすれば、この夢では私はフローレンスお嬢様なのだろう。


理解を進めながら私に駆け寄ってきた女性に目をやる。

自分の知る大衆向けメイドではなく、クラシックで上品なメイドの装いの美女。

赤毛が愛らしく緑の瞳が美しいひとだが、顔が困惑で濁っているために勿体がない。


「はい、フローレンスは目覚めましたよ」


私がフローレンスであり、且つ状況が正しいという前提で彼女に言葉を返す。

思いの外、私の声は私自身の声らしい声色だ。


「良かった…今先生をお呼び致しますので、お待ちくださいね」


不安からか大きなため息をついた彼女は、そう言ってとても大きな扉から部屋の外へ行ってしまった。


「…フローレンスお嬢様…」


名前を呟く。

寝っ転がったまま、自分のものらしき手を目の前にかざしてみる。

綺麗な形の爪に、乾燥気味の真っ白な肌。

繰り返し付けたはずの横殴りの手首の傷は、まっさらに消え失せている。

降り積もった新雪のうつくしい静けさのような手首は、やはり、フローレンスお嬢様のものであり、私のものでは無いらしい。


あったはずの傷跡がない。

ここにあった、おろかな傷跡。

なぞるように、右の親指で掻いてみる。

皮膚の感触がある。

傷のせいで、消えたはずの触感が、ある。


「お嬢様、お待たせ致しました」

「フローレンス様、お目覚めお喜び申し上げます」


急ぎ気味の二人がそう言って扉をくぐってきた。


「フローレンス様?手に何かありましたかな」


白衣の男が大きな鞄を床に、ツカツカとこちらに歩いてくる。扉から近づいてきたそれは、こちらが見上げる側のせいで、ひどくおおきく見えた。


「お見せいただきた」

「大丈夫です」

「……」


言葉を遮って断ってしまった。


「少し痒かっただけです」

「…左様ですか。大事なければ何よりです。では、簡単に診察させていただきますね」

「はい」


その簡単な診察は、あまりにも訳が分からなかったため、大事なければという彼の言葉はのちに全く大事ということになってしまう。


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