第74話「それから」最終話




「ザロモン侯爵は弟と話したいことがあるんじゃないかな?

 僕は先に馬車に戻っているからゆっくり話してくるといい」


王太子殿下はそう言って馬車に戻って行った。


僕は村の人たちから少し距離を取り、兄上とふたりきりで話をすることにした。


「兄上……僕は……あなたに謝罪しなければいけないことが……」


「リック、生きていて良かった」


不意に兄上に抱きしめられた。


僕にかけられた兄上の言葉はとても穏やかだった。


「どうして……?

 兄上はどうして僕に優しくしてくださるのですか?

 僕は兄上に、いえ兄上だけでなく侯爵家に多大な迷惑をかけたのに……!」 


兄上に罵られ殴られることも覚悟していた。


それほど僕は兄上と侯爵家に迷惑をかけてしまった。


「リックが追放されたとき思ったんだ。

 私はなぜリックの側にいて君を正しい方向に導いてあげられなかったんだろうと。

 君が過ちを犯したのは、兄である私の責任でもある」


「それは違います!

 兄上は何も悪くありません!

 悪いのは全部僕です!

 他人の言うことを鵜呑みにし、裏を取ろうとしなかった!

 そのせいで元婚約者を始め、周りに酷い態度を取ってしまった!

 周りの甘言に惑わされた僕が愚かでした!」


僕が愚かじゃなかったら、父にも母にも兄にも元婚約者にも迷惑をかけることはなかったんだ。


「愚か者でも君は可愛い弟だよ」


「兄上……!」


「リックの部屋はあの頃のままにしてあるんだ。

 よかったら……」


「兄上せっかくのお言葉ですが、僕は王都には戻るつもりはありません」


一度は戻って両親や元婚約者に土下座して謝罪する必要がある。


でもずっと王都に住むことは出来ない。


兄上の左手の薬指には結婚指輪が光っていた。


「兄上にもし子供がいるのなら、僕の部屋は兄上の子供の部屋にしてください」


「わかった。そうするよ」


「一つだけ兄上にお願いしてもいいですか?」 


「なんだい?」


「僕の部屋にある魔導書をこの村に送っていただきたいのです。

 高等な魔術について記された本は高くて……今の僕にはとても手が出せなくて」


この村に来てから、侯爵家にいたとき僕がどれほど恵まれた環境で育ったのか、身にしみて思い知らされた。


「わかった」


「ありがとうございます」


「リック、困ったことがあったらいつでも訪ねておいで。

 私は今でも君のことを可愛い弟だと思っているからね」


「兄上……」


僕は兄上の前に土下座した。


「リック……!」


兄上が驚いたような声を上げる。


「僕が学生時代しでかしたことで兄上には多大なご迷惑をおかけしました!

 申し訳ありませんでした!!」


「リック、もういいんだよ」


「いえ、これはけじめです。

 あとで父上と母上とエミリー……グロス子爵令嬢にも謝罪に行きます」


今なら自分の罪悪感を減らすためではなく、心から謝罪できる気がする。


「エミリーは隣国の子爵と結婚して、今はキール子爵婦人を名乗っている」 


「そうだったのですか」


エミリーが結婚して幸せに暮らしていると知って少しホッとした。





☆ 




このあと僕はザロモン侯爵家へ行き、父上と母上に謝罪した。


父上には怒鳴られ、母上には泣かれてしまった。


兄上の子供たちにも会えた。


かつての僕の部屋だった場所は、兄上の子供たちの部屋になるらしい。


兄上の子供たちには僕を反面教師にしてもらいたい。


成長しても僕のような愚かな過ちを犯すことがないように。


兄上の奥方、義姉上と読んでもいいのだろうか。


義姉上はとても穏やかで優しい人だった。


兄上と姉上の子供なら、かつての僕のように愚かな間違いを犯すこともないだろう。







それから僕は海を越えて隣国に渡り、エミリーに謝罪に行った。


平民の僕が子爵夫人のエミリーに簡単には会えない。


兄上がエミリーに会えるように取り計らってくれたのだ。


「本当に申し訳ありませんでした!」


僕がエミリーに土下座して謝罪すると、彼女は過去の人を見る目で僕を見て、

「そうですか」

と一言だけ述べた。


彼女の中で今の僕などその程度の価値しかないのだろう。


「私とあなたの縁は十五年前に切れました。

 私とあなたは赤の他人です。 

 ただリック様が反省と謝罪が出来る人間になれたことについて、昔なじみとして喜ばしく思いす」


その時のエミリーの言葉はとても穏やかだった。


エミリーに謝罪したとき、少しだけキール子爵にも会えた。


彼には殴られるんじゃないかと覚悟していたが、「エミリーの喉の奥につっかえていた小さな小さな小骨が取れたようだ」と言われただけだった。


彼らに取って僕の存在など魚の小骨以下なのだろう。


キール子爵はたくましい体躯の人格者で、エミリーを守ってくれそうな人物だった。


二人が心から愛し合っているのを見て、僕は心の底で安堵していた。


罪悪感を減らす為に謝罪しにきたわけではない。


自分のことを被害者などと思っていない。


それでも僕と婚約破棄したことで、当時十六歳だったエミリーを傷物にしてしまったことに、罪悪感を感じていた。


彼女が素敵な男性と出会い、結婚し、結婚してから何年も経過した今でも相思相愛でいることにホッとしていたのだ。







こうして僕の過去に迷惑をかけた人たちへの謝罪の旅は終わった。


ゼーゲン村に帰ったら、子どもたちに高度な魔術を教えたい。


僕の償いの旅は死ぬまで終わらない。


僕を許してくれた人たちの為に、彼らに恥じない生き方をしようと固く心に誓った。






――四章・終わり――






これにて「夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた」全編終了です。


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【完結】「夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた」四章まで完結しました まほりろ @tukumosawa

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