第73話「王太子とリック」
「久し振りだね。リック」
「リック、生きていたんだね」
王太子殿下と兄上が僕に声をかけてくれた。
すでに僕にかけられた縄は、殿下の配下の兵士によって解かれていた。
「王太子殿下、兄上、申し訳ありませんでした!」
僕はふたりに向かって土下座した。
「リック……」
「リック、それは何についての謝罪かな?」
王太子殿下が僕に問う。
「僕はかつて大罪を犯しました!
第二王子殿下の側近でありながら彼に近づく不審な女を止めず、第二王子殿下が不審な女に夢中になるのを放置しました。
殿下が学園の進級パーティーで婚約者への断罪を行うことを知っていながら、止めませんでした!
側妃様から『この件はミアに魅了の魔法をかけられたことにするように』と言われたのに、僕はその意味を理解せず、エミリーに暴言を吐き、側妃様の計画を台無しにしてしまいました!
その後、拷問に耐えきれず側妃様と第二王子殿下に何を言われたか話してしまいました!
その結果、側妃様と第二王子殿下は身分を剥奪され幽閉されました!
実家であるザロモン侯爵家と兄上にも多大なご迷惑をかけてしまいました!
僕は許されざる罪を犯しました!
どうか僕を殺してください!!」
僕は誠心誠意謝罪した。
追放された頃の僕なら、「嵌められたんだ」とか、「騙されたんだ」とか、「きちんと説明しなかった側妃様が悪いとか」自分も被害者だと思い込み、己の行いを正当化しようとしだろう。
でも今はそんな気持ちは微塵もない。
今の僕は心から己のしたことを反省している。
「リック、顔を上げなさい」
僕にかけられた王太子殿下の声は思いの外優しかった。
「僕はねリック。
弟が魅了されたことにして、彼の罪を隠蔽しなくて良かったと思っているんだよ。
だってそうしてしまったら、なんの罪もないブルーノ公爵夫人や、メルツ辺境伯夫人や、キール子爵夫人が『魅了魔法にかかった可愛そうな婚約者を許さなかった酷い人間だ』と言われ続けてしまうから。
それは間違っているよね。
罪のない人間が批判されてはいけないし、それと同じように、罪を犯した人間はきちんと罰を受けなくてはだめだ」
「殿下……」
「偉そうに言ってるけど、これは僕の友人である侯爵殿から諭されたことなんだけどね」
「兄上が……」
「ザロモン侯爵は君が生きていると知ってとても喜んでいた。
君はこの十五年この地の為に尽くし、この地を豊かにした。
君は意識していないかもしれないが、君が人々に魔術を教えるようになってから、この地に住むモンスターが定期的に間引きされ、男爵領だけでなくこの国のモンスターの被害は格段に少なくなったんだよ。
それまではこの地から発生したモンスターが、国中に散らばって甚大な被害を起こしていたからね」
僕はこの村を豊かにしたかっただけだった。だけど知らずに国の治安維持に貢献していたようだ。
「リック、君はもう充分に罪を償いをした。 君が生きていた事を喜んでいる人の為にも、もう二度と殺してくれなんて言ってはだめだ」
王太子が僕の後方を指し示す。
村の人たちや教え子たちがこちらを見ていた。
みんな目に涙を浮かべている。
「リック! お前のおかげで俺たちの村は救われたんだ!」
「リックさんが文字を教えてくれなかったら、この村はどうなっていたかわからないわ!」
「息子が毒草を食べずに済んだのはあなたのおかげです!」
「リックさんが文字や魔法を教えてくれたから、わたしは黒髪である自分に自身が持てたの!」
「強くなってシャインと結婚できたのはリックさんのお陰だよ!」
黒髪のリヒトとシャインは他の人より多く魔力を有していた。
彼らを黒髪だからという理由で差別する人間はこの村にも、近隣の村にもいない。
「みんな……」
僕が犯罪者だって知っても受け入れてくれるのか……?
僕の瞳から涙が溢れた。
「リック、君の体に刻まれた魔法を封じる印を解こう。
これで君はもう罪人じゃない。
これからもこの地の為に、ひいてはこの国の為に尽力すると僕と約束してくれないかな?」
「王太子殿下、もったいないお言葉です」
こうして十五年間、僕の体に刻まれていた罪人の証である魔法を封印する印は消された。
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