映画の中の戦争
高黄森哉
映画の中の戦争
戦争に色はなく、単調であった。それは、緑の少ない市街地線ということもあったし、現代兵器の色彩のせいでもあった。銃の発砲は、聞こえなかった。物言わぬ兵士は、ものものしいカービンを撃つたびに、肩に強い反動を受ける。破裂音はしない。
「 」
「 」
二人の兵士が、バルコニーで、銃を構えている。兵士は煙草を取り出して、ライターで火を点けた。そして煙草を咥え、再び、スコープを覗く。彼の隣にいる、銃を撃ち続けていた女の兵士は、手を休め、水を飲んでいる。その時、銃を構えていた兵士の頭が、はじけ飛んだ。
「 」
傍で見ていたもう一人は、腰を抜かし、壁にもたれるように、転倒した。声にならない悲鳴を叫び、頭を抱えている。彼女が今、どんなことを叫んだのか、それは知る由もない。
彼女は、まず、バルコニーから、真っ白な建物の中に避難した。兵士の死体を引きずりながら。彼女は、その死体を見ることは出来なかった。彼は彼女の恋人であった。だから、受け入れることが出来ないのだ。
彼女の中で、思い出が湧きたった。それは、白黒写真のような、思い出だった。死に至るまでの道のりなのである。彼の明暗を分けた戦争は、とりわけ、薄暗い印象で、飾られている。まさに、白黒映画のように。
「 」
彼女の目の前は、真っ赤であるはずなのに、真っ白だった。それだけではなく、彼女は致命的な一撃を受けた。だんだん、遂に彼女の目の前は真っ暗になった。
*
白い建物が、砲撃で吹っ飛んだ。二人の兵士が、あの部屋にいた筈だが、彼らは大丈夫だろうか。いや、人のコトを心配している場合か。俺の耳は、じんじんと痛んだ。まるで、耳の穴に、錐を突っ込まれたかのような、鋭さだ。耳を触り、血が出ていないか確認した。血は出ていた。
「 」
仲間が俺に呼び掛ける。だが、その事実は口の動きによってしか分からない。俺は、あの爆発の大音響で、鼓膜をやられてしまったらしい。すごく、悲しい気持ちになった。
鼓膜二つで、取り返しがつかない絶望を味わえるなら、ほかの器官を失ったとき、俺はどうなってしまうのだろう。
「 」
俺はかぶりを振った。知り合いは、俺の耳が聞こえないのを、理解してくれたようだ。お前は、どうなのか、と指を指す。彼は、どうやら、聞こえるようだ。
音のない戦場と言うのは、奇妙だった。なにもかもが、造り物に思えた。まるで、無声映画時代の、戦争だ。でも、これは映画ではないのだ。
自軍の戦車が道を横切る。この音を、俺はありありと思い出すことが出来る。たしか、キャタピラキャタピラ、と言った具合だ。
そのとき、戦車を狙ったのであろう、迫撃砲が、俺の傍に落ちた。俺は天地逆転した世界に、驚いた。しかし、なんてことはない。自分が逆さになっているだけだ。そう思い、俺は起き上がろうとするが、下半身に力が入らない。俺は真下を見る。すると、下半身はなかった。
何も聞こえないが、助けを呼ぶために、叫ぶ。助けが来ても死ぬかもしれないことを、悟っているが、それでも、助かろうとしないのは怠惰だ。
でも叫んだって意味なんかない。なぜなら、この戦争は映画なのだ。それも、無声映画の戦争なのだ。そうだ、そうだった。これは映画なのだ。
*
戦車とその傍の兵士が巻き込まれる様子を見ている男がいた。彼は、スマートフォンを片手にしている。景色は白く、まるで白黒映画のようであった。それは、市街地線ということもあるし、なによりも、積雪があるからであった。雪は、兵站を厳しくし、この戦線を地獄にしている。
彼の服装も、雪によるカムフラージュを期待してか、雪そのものの色をしている。彼の装備も、また、白くペイントされている。その方法は、徹底していて、顔も、白く塗られていた。白黒映画みたいだ。
「 」
彼はスマートフォンに向かって、スピーチを始めた。それが、全世界に届いて、心を揺さぶり、戦争をとめてくれることを願った。
その彼の声は、未だに誰の耳にも届いていない。それは、規制があるからかもしれない。敵の妨害工作かもしれない。味方の指揮を低下させないために、検閲されてるからかもしれない。いや、違う。それは、まさしく、この世界が、無声映画の世界で、戦争は白黒の茶番でしかないからである。動画を見る我々には、彼の口の動きだけが全てだった。あたかも、それが無声映画のように感じた。
映画の中の戦争 高黄森哉 @kamikawa2001
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