第7話 H市にもあった

 本題を思い出そう。

 星愁高校の校庭の片隅にある一基の古碑の正体はなにか? 

 あらましは、こう――昭和三十六年、それまで廃墟だった土地を再利用して星愁高校は建てられた。そのさい敷地内の雑木林と林中に立つ一基の古い碑はそのまま残され、過ぎゆく時間の中で雑木林は活かされることもなく校庭の風景の余白となり、林中の碑も誰に知られることもなく忘れ去られていた。――六十一年の時を経、香坂詩音によって発見されるまでは。

 碑を発見した詩音の行動は早かった。新聞部と生徒会を巻き込んでオカクラを発足させ、その最初の活動に碑の調査を選んだ。調査のなか、私たちは碑の下に埋められた箱を掘り出す。その箱の中から出てきたのは、人骨と思わしき物だった。

 そうして、以下のふたつの謎があらわれた。

 ひとつ、碑はなぜ立てられた? 

 ひとつ、箱の中の骨は一体誰?

 それらの謎を解く鍵は、星愁高校創立以前にあった廃墟だと思われる。廃墟は最初から廃墟だったわけではなく、当然、廃墟となる理由がある。事件か事故か、それはまだ分からないけれども、その理由を知ることで碑の正体と埋められた骨の真相にたどり着ける、はずだ。

 そうして謎について話し合った私たちは、市立図書館になら星愁高校のある特別史跡内で起きた事件や事故の記録が残されているのではないかと考えたのである。


 そして現在、水曜日の放課後、私たちは星愁高校から近いH市立図書館を訪れ、郷土資料コーナーからそれらしき資料を手に取っては目を通して小一時間を経る。

 しかし調査は捗らず、無情にも閉館一時間前の館内放送が流れたころ。

「そういえば、茉莉先輩のそれって天然モノなんですよね?」

 放送で集中が切れたのか、詩音が訊いてきた。何が『そういえば』なのかはわからない。

 気づけば詩音が今しがた読んでいた『H市にもあった怪談10選』は脇に置かれており、いまは机の上に突っ伏し居眠りするような姿勢のまま顔だけを私の方に向けている。その瞳に映る鈍い金色は、薄暗い図書館の照明の光に照らされた私の髪だ。

「天然モノって……まあ、染めたりはしてないよ。もとから、こう」

 私は辺りを見渡し、声を落として詩音に答えた。

 図書館では静かに――水曜日午後の図書館にはそれなりに利用者がいる。私たちのような制服姿の学生もいれば、新聞雑誌コーナーで黙々と紙を繰るおじいさんなど利用者層は老若男女様々である。うるさくして喜ばれることはない。

 そう気遣っての声量なのだが、詩音はそんな私の気遣いはお構いなしにいつもの調子で続ける。

「いいなー。あたしの親なんて『若いうちはじぶんを大切にしなさい』って、ちょーっと髪染めたりピアス穴もエヌジー。天然なら文句言えないじゃないですか」

「ご両親に大切にされてるってことじゃない。それに毛染めもピアスも星愁高校うちは校則で禁止。生徒手帳に書いてあったでしょう」

「ブラック校則! てか嘘くさいんですよねー。オシャレなんて、大人は当たり前にしてるのに」

 そうムクれる詩音を見、内心ため息をつく。

 詩音のこれまでの言動からなんとなくこうなる予感はしていた。行動派の詩音だ。今回の調査も本来であれば聞き込み調査を行うつもりだったことは校門での会話からも察せられる。

 もちろん、私も調査の役割分担を考えないわけではなかった。が、それ以前に私には活動の監督という役割があるし、勢いで碑の下を掘り返すような詩音をひとりにはできない。詩音には悪いが、今回はなんとかこのやり方で行くしかない。

「はいはい、そういう愚痴はまたこんど。今は廃墟よ、何かわかった?」

「いーえ、ゼンゼン。でも古い町だけあって、ここらのオカルト話もいっぱいありますねー。ホラ、これとか茉莉先輩も毎日使ってるとこの」

 と詩音が脇に置いていた『H市にもあった怪談10選』をふたたび手に取って開き、【H駅にあらわれる霊】と題された頁を示してきた。


【H駅にあらわれる霊】

 H駅は今では近代的な外観の橋上駅舎だが、これは昭和五十六年に竣工したもの。それ以前は昭和三年竣工の木造駅舎であり、古色蒼然とした佇まいから様々な怪談がささやかれた。その中のひとつに昭和二十年のH空襲の犠牲者たちの霊があらわれるというものがある。先の大戦時、米軍によって行われた本土への空襲はなにも大都市に限ったことではない。規模に差はあれど空襲は全国各地に行われた。H駅にでる霊は、空襲の際、H駅に停車中の客車を狙い行われた機銃掃射の犠牲者たちの霊だという。今の駅舎になる以前はプラットホームに佇む彼らの姿が時折目撃されていた。


 付録の写真には木造駅舎時代のH駅が写っていた。たしかに幽霊が出てもおかしくないぼろさの建物で、一階建てのそれには当たり前だけれど今の駅舎の面影はない。戦闘機の機銃の威力なんて想像もつかないけれど、撃たれたら薄い木の屋根や壁はなんの役にも立たないだろう。

 遠い海外のニュースや映画、ドラマでしか知らない話が、不気味な怪物となり急にこちらに振り向いたように思えた。私の内側で、頭をぼんやりさせる悪寒が、首から胸を伝って胃のほうへ落ちていくのを感じる。

 堪えきれなくなってつい言葉が出た。

「ひどい」

「まーありえないですよねー。電車乗ってて機銃で死ぬなんて。というか茉莉先輩、顔青いですよ、やっぱり怖い話ニガテ?」

「……人並みだって。いつも使ってる駅だよ、気分くらい悪くなるわ」

「ふーん。でも意外、ここらでも戦争の被害ってあったんだ。湖岸のほうで空襲があったってのは聞いたことあるんですけどねー。ホラ、大きなショッピングセンターがあるところ。あそこ昔は一帯が工場で、戦時中は軍需品作ってて標的になったとか」

「それ、ほんとう?」

「ホントですよー。まあ、祖母様ばあさまから聞いた話ですけど。家から見た空襲のあった方角の空が赤く光って綺麗だった、なんてリアルっぽくないですか」

 違う、私は詩音の話を疑ったわけではない。H駅だけでなく、湖岸でも空襲があったということに驚いていたのだ。

 ――空襲は複数の場所に行われていた!

 それが事実なら、私の抱いていた予感は当たっているかもしれない。

 ――調べなきゃ。

 スマホの時計を見る。もうすぐ時刻は午後五時半になろうとしている。

 ――閉館まで、あと三十分……。

 じゅうぶんだ。それだけあれば、廃墟の謎はきっと解ける。

 私は隣の詩音を見た。彼女は黙った私を見て、頭上に疑問符を浮かべている。

 私はそんな詩音に、潜めた声で、しかし退屈を吹き飛ばすように宣言した。

「詩音、今から急いで【H空襲】を調べよう」

「へ? なんでまた……」

「そこにあるはずだから。廃墟の……碑と箱の答えが」

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星愁高校オカルトクラブ活動記録 都下月香 @moonscent

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