第6話 図書館へ行こう

 市立図書館は星愁高校の立つ特別史跡の敷地に隣接している。

 創設は大正五年。初めは大正デモクラシーの象徴たる公会堂の一部を間借りするかたちで併設され、後昭和二年に特別史跡内の一所(現在は公園となっている)に二代目図書館が竣工移転、さらに昭和五十四年に建物の老朽化のため特別史跡の敷地に隣接する場所に三代目図書館が竣工移転し現在に至る――

「以上! わが町の《図書館のあゆみ》でしたー」

 とスマホ片手に詩音は言う。もう片方の腕は相変わらず私の左腕に絡まっている。

「知ったふうに話すけれど、図書館のホームページをそのまま読んだだけじゃない」

「いーんですよー。イマドキ知ってるより、調べれるほうが大事なんですからっ」

「それで威張どやられてもね……。というか、図書館移転しすぎじゃない?」

「二代目と三代目のことですね。二代目は特別史跡内に建てたのに三代目は外の、それもめちゃ近いとこに建てるってへんですよね。あ、これってオカクラのネタになりません?」

 残念ながら、記事にはならないだろう。

 それだけ時代を経ていれば、施設の移転なんていくらでもあり得る。それに「特別史跡内に新築するには国から特別の許可がいる」というルールがある以上、三代目図書館の近すぎる移転先の理由にオカルトが入り込む余地はなさそうだった。

「まあ、昭和二年と五十四年なら間に色々あっただろうし、特別史跡のルールが変わってもおかしくないよ」

「ですかねー。てか、ルールとか関係なく、ここらって店出しても儲からなさそうですよね。駅前でじゅーぶんですし」

「コンビニくらいあってもいいけどね。やっぱり、お堀渡らなきゃいけないのは不便だから」

「結局ここ、場所が悪すぎなんですよねー」

 結論。まあ、私としては特別史跡内の俗っぽくない雰囲気も気に入っているので、詩音の意見を素直に肯定し難いが……。

 確かに、このあたりは商売をするのに相応しい立地ではない。

 特別史跡とは、要するに城の敷地をあらわす。城は小高い山に築かれた平山城で、中心には国宝に指定された天守閣そびえる本丸があり他至るところに文化財指定された施設が立つ。それらは特徴的な石垣と二重の堀によって守られ、その二重の堀の外堀を境界とし、以内の空間が特別史跡となっている。尚昼休みに話題となった学校や裁判所などの特別史跡内の施設は二重の堀のあいだの空間にある。


 星愁高校を出た私たちは堀沿いを反時計回りに行き、途中外堀に架かる橋を渡って特別史跡から出た。橋を渡ってすぐ護国神社があり、道はその神社を挟むように二股に分かれる。

 直進すれば駅へ続く城前通りに、左折すれば図書館のある市内へとつづく。

「そっちが茉莉先輩の通学路ですね。あ、やっぱり城前通りって信号長くてヤになります? ホラ、神社前の」

 と詩音は駅へとつづく道を指さした。

 城前通りは、駅から護国神社前の左右に道が分かれる交差点まで真っ直ぐ伸びる大通りのこと。神社前とは、その交差点の突当りに面する神社の参道の入り口に立つ鳥居のあたりを指し、ちょうど神社の正面が城前通りを駅から直進したときの終点なのでそう呼ばれている。

 神社前を左折し、外堀に架かる橋を渡れば特別史跡に入るため、電車通学の星愁生は自然そこを通ることになる。ちなみに詩音の言った『信号が多くてイヤになる』というのは、神社前の横断歩道のことを指していて、ここの押ボタン式信号は城前通りに連なる信号との兼ね合いか待ち時間が異様に長く、遅刻の瀬戸際でこの信号に引っかかればまず遅刻確定だと言われている。

 とはいえ、今回の行先の図書館は駅の方ではないので、信号待ちの心配はない。

「どうかな。遅刻ギリで学校に来ないかぎり、信号の待ち時間なんて気にしないよ」

 などと後輩の疑問を流しつつ、足は図書館へ向かう。

「さ、無駄話も程々に。早く図書館へ行きましょう」

「はーい。ついでにオカクラの記事に使えそうなネタも探しましょーね!」

「そんな余裕あるかなあ……。まあ、そっちは詩音に任せるね」

 そして、そういえば――、と私は横目に神社の杜を見た。

 そういえば、護国神社には祭神として英霊が祀られているのだった。そこには戦争で亡くなった人の霊も含まれる。

 私と詩音が図書館で調べようとしている、星愁高校創立以前に同地あった廃墟。その廃墟が戦争に関係しているという私の予感が正しければ、護国神社には何らかのヒントがあるかもしれない……。

 そんな考えがふと脳裏をよぎるが、当初の予定どおり、いまは図書館へ行こう。

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