第5話 水曜日の放課後

 聞いた話によると星愁生の約七割は電車通学だという。

 この数字が多いのか少ないのかはヨソを知らないのでなんとも言えないけれども、クラスメイトの十人中七人が毎朝電車に乗って登校していると思えばそれなりに多い気もする。

 とはいえこれには理由があり、種を明かせば星愁高校にはスクールバスが通っておらず、また最寄り駅からほぼ一直線で徒歩一五分という立地からだった。

 私は七割の例に漏れず電車通学組なのだが、

「そういえば詩音って何で通学してる? 駅であなたを見かけた覚えがないけれど」

「そりゃそーですよ。あたしン家、学校の隣町ですもん」

 そう言って詩音はスマホの地図アプリを見せてきた。道順を示す青いラインは電車通学組とは真逆の方向に引かれている。

「ほんと、それじゃ駅で見ないわけね。……歩いて十分くらいか。いいなあ」

「ちな小学校は家の隣にあるんで歩いて二分でしたよ。中学はお城の敷地内のあそこに通ってたんで高校とあんまり変わんないですねー」

「ジモティーね。ならさ、廃墟のことでもうちょっと何か聞いたことないの?」

 土地の歴史を知るなら、その土地に住む人間に尋ねるのが一番手っ取り早い。それが噂話のようなものなら尚更だろう。とはいえ、

「いやーそんなこと言われても。あたし、べつに歴史オタクじゃないですもん」

 これまでの言動からして、詩音にその手の期待はできない。――


 今日の昼休みに「廃墟の調査」という目的を決めたまではいいが、具体的に何をするかは話せていなかった。金曜日の学校新聞の記事公開までに残された時間は、この水曜日の放課後と明日終日。

 すでに詩音が行っていた教師への聞き込みも芳しくなかったことから、星愁高校創立以前に起きた出来事を調べるのなら校内に情報はない――そう考えた私たちは、ひとまず学外へ向かうことにした。

「それで、どうしましょ、茉莉先輩?」

 校門を出たところで、隣を歩く詩音が私の前に一歩進み、こちらを振り返り尋ねてきた。

 放課後の校門は帰路に着く生徒たちでごった返しているのに、そんな流れの中で立ちどまり、しかも外見だけはいかにも純な後輩然とした詩音がやるのだから、見様によっては朝ドラの一場面に思えなくもない。

 が、その背後にあるのが碑と謎の骨に関わる廃墟の存在だと知ってしまえば朝ドラ的さわやかさは霧散する。

「市立図書館へ行こう。特別史跡内の施設で廃墟になる何事かがあったのなら、記録に残っていると思う」

「なんかフツーですねー。それこそ町の人に聞き込みとか!」

「六十年以上前のことだよ。それにもし、それらしいことを聞けたとして、どうやってウラを取るの。まさか、同じことを話す人が見つかるまで聞き込みを続ける気?」

 もちろんそれは不可能だ。締め切りの迫る私たちには時間が足りない。

「なら聞いた内容から図書館とかでウラ取って――あ、それだと変わんないか」

「うん。今の私たちに必要なのは、文字にしるされたちゃんとした記録。記憶を探すのはその後で」

「……茉莉先輩マジメそーって思ってましたけど、いろいろ考えてるんですねー」

 そう。昼休みから考えていたが、結局のところ町の歴史を、それも確度の高い情報を得る手段なんてそれくらいしかない。それに多分、あの廃墟は、過去のある出来事に関連しているはず……。

「――ところで、さっき言いましたけど、あたし電車通学組と帰る方向逆なんです」

 と詩音はふたたび私の隣に来て、なぜか今度は腕を絡めてきた。

「……だから?」

 期待に満ちた詩音の顔に私はそっけなく答える。ただでさえ髪色で遊んでいると誤解されやすいのに、後輩を誑かしていると噂されるのはたまらない。

「ほら、市立図書館って駅の方じゃないですかぁ。図書館デートですし、茉莉先輩にエスコートしてほしいみたいな?」

「デートじゃない。クラブ活動でしょ。ていうか、昨日会ったばかりだし」

「えー冷たーい。これからオカクラで一緒にやってくんですから、あたしたちもう一蓮托生ですよー」

 と詩音は体を擦り寄せてくる。

 色々と、色々と言いたいことはあったが、無邪気そうな詩音の顔を見て、その気も失せた。

「……調子のいいヤツ……。はあ、もういいから行くよ」

「はーい」

 ここであれこれ言ってもあらぬ噂が広まるだけと判断し、腕に絡まる詩音をそのまま引っ張って行く。星愁高校から図書館までは徒歩十分。当然、迷う道じゃない。

 だから私は、機械的に図書館までの道を歩きつつ、頭では別のことを考えていた。

 ――廃墟には、ある出来事が関連しているという予感がする。

 その出来事は歴史の教科書に「戦争」という言葉でしるされている。

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