第4話 立ちふさがる謎

 翌日の昼休み、私と詩音は空き教室に集まっていた。

 互いに昼食を持参しての話しあいで慌ただしいが、今日中に調査をある程度の形にしていなければ明日放課後の締切には間に合わない。

 昨日は結局、碑の下に埋められていた箱について碌な答えは出ず、連絡先を交換して雑木林をあとにした。箱や穴に目隠しカモフラージュするほうがいいのではと詩音は言ったが、黄昏の雑木林はスマホのライト無しでは歩けないほど暗く、ケガをしたら元も子もないとそのままになっている。

「それで、いちおーここ来る前に様子見てきたんですけど、昨日のままでした! 安心ですよ。わざわざめちゃ硬い地面掘ったのに埋められてたら泣いてましたー」

 と、詩音はついさっき撮影したであろうカメラロールの写真が映ったスマホの画面を突き出してくる。そして勢いそのままに詩音はさらに画面をスクロールし、次の写真――パーの形に開かれた人間の手の骨を見せてきた。

「いやっ」

 私は思わずスマホから目を逸らし、詩音を睨む。すると詩音はおかしそうに笑い、勝ち誇った顔で言葉を続けた。

「ヤだなー茉莉先輩、これ、うちの理科室にある人体骨格模型の手ですって。もしかして……こーいうのニガテ?」

「……人並みよ。それに今のはズル、不意打ちだし。禁止ね、そういうの」

「これは昨日の箱の中身と模型の骨の形が似てないか確かめようと撮ってきたんですって。ほら、指先の骨の形とかけっこうそれっぽい……はーい、もうやりませーん」

 もう一度詩音を睨んでから、改めてよく見ると人工物臭のする写真を見て私はふと気になった。

「詩音は怖かったりしないの?」

 私なら、箱の中身を見た後にひとりであの雑木林へ行くのは躊躇ってしまうが、写真を見せる詩音はあっけらかんとしていて、怖がってる様子はない。

「そりゃまー初見はびっくりしましたけど、気色悪さでいえば生物の教科書の虫のがよっぽどですし。てか、あんなの見た目だけならただの白い小石ですって」

「えー……」

「そんなことより昨日の続き――『なぜ碑の下に箱が埋められていたか』ですよ!」

 それこそ今回の《オカルトクラブ》の目的であり、私たちの前に立ちふさがる謎だった。


 私たちは昼食を取りながら、今後どうするかを話しあう。

 相変わらず時間はない。今日は水曜日だから、遅くとも明日の放課後中には調査を終えていないと今週金曜日の記事に間に合わない。

「そもそも、あの碑と箱って関係あるんですかね?」

「わからない……けど、いまは関係あるって考えるしかないよ。無関係って考える理由がないし、関係あるほうが面白い」

「それわかるー。ナゾめいた碑と埋められた骨! エンタメ感じますよ」

「まあね。それに少なくとも、碑と関係あるなら犯罪とは関係ないだろうし」

「まーヤバい理由で埋めたならわざわざ目印ぶっ建てる意味わかんないですもんね。あたし的には大スクープなら犯罪に関係してても無問題ですけど」

「さすがに扱いきれないって。それに、犯罪と関係あっても警察でもない私たちには調べられないよ」

 私も詩音もただの高校生。生徒会役員であれ、新聞部員であれ、正体不明の骨から情報を得る能力はない。

 とすれば、今出来ることといえば、

「結局、碑のナゾを調べるしかないか」

「石と骨――あ、じつはお墓ってのはどうです?」

「どうって。なくはないだろうけど、あんな場所にひとつだけ立ってるとかある?」

「なら、あー……雑木林ってめっちゃ前からあるんでしたっけ」

「うん、星愁高校創立以前からあるね。……というか、よく食欲湧くわね」 

 話している間に詩音はお弁当を完食し、生徒手帳をめくっている。

 手元のメロンパンを二口かじってやめた私とは大違いのずぶとさ。

「へえー! うちって昭和三十六年創立なんですって。なになに『廃墟だった土地を再利用し、星愁高校校舎が建設された』当時は木造だったみたいですね、ホラ」

 詩音が見せてきたページには小さな画像の荒い写真が載っていた。引きで撮られた木造校舎の後ろには城山が写っており、その光景は今の校庭から見る校舎の光景とあまり変わらない。付記された説明には、写真の木造校舎は今の鉄筋校舎に建て替えるため、昭和五十年に取り壊されたと書いてある。

 生徒手帳の学校史にどれほど確度があるのかわからないが、ざっと読むかぎり星愁高校は、これまでも学習環境の改善や老朽化を理由に大小の設備に手を入れていた。

「昭和三十六年――わっ西暦一九六一年って。何十年前だよ、古」

「……六十年――正確には六十一年前。去年、生徒会役員として記念式典を手伝わされた。――やっぱり碑については何も書いてないね」

「あんなの立てるなら、それこそ何かしら式典やって記録に残ってますよねー」

「碑が立てられたのは星愁高校が出来る前。この『廃墟』って何だったんだろう?」

 私は記憶をたどるが、このあたりに学校以外の施設があったという話は聞いた覚えがなかった。それは詩音も同じようで、

「昔から学校があったってくらいしか――このあたり、そーいう施設以外やれるんですかね?」

「どういうこと?」

「ホラ、ここっていちおう城の敷地に建ってて、まわり見ても中学や大学、あと裁判所と検察庁もか。なんか、そーいうオヤクショ的な施設しか建てちゃダメ的な」

 その話には覚えがあった。

 星愁高校の建物はこまかに増改築されているが、よく見ると新築のものはほとんどない。特別史跡内にあるため、増改築であれば問題ないのだが、新築するには国に許可を取らなければならず、許可を得るための審査基準は厳しく期間も長いので難しい、という話だ。

「そういえば、記念式典の校長先生のスピーチで、『星愁高校はこの辺りではまだ若い』って言ってたような……」

 創立六十周年で若いもないだろう、とその時は妙に思ったものの軽く流したが、あれは特別史跡内の施設のなかでも新しいほうとするならおかしくはない。実際、中学校や大学は明治の頃からあると聞いたことがあるし、裁判所の一部にはお城の建屋が流用されている。検察庁も外観を見るに相当古くからあるのは間違いない。

「うわー逆に不気味。なんで星愁高校だけ新しいんですかね」

 それが問題だった。

「……何かがあったのよ。そして廃墟になって、碑だけ残された」

 なんとなくだけれど、その答えは雑木林に立つ碑――埋められた箱――箱の中の骨、これらの謎を解くカギになるように思えた。

 そのとき、空き教室の天井に取り付けられたスピーカーから予鈴の特徴的なメロディが鳴りひびいた。

 昼休みも残り五分――ふと詩音を見ると、彼女と目が合う。

 見合って数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは私だった。

「私たちのしなきゃいけないこと、はっきりしたね」

「はいっ! 本格始動ですねっ」

「オカクラ……まあいいけれど、胡散臭いわね」

 星愁高校オカルトクラブ、略して『オカクラ』。

 記念すべき最初の活動は、この地にかつてあった廃墟の調査だ。

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