第3話 こんなところで

 校庭の片隅にある雑木林は学校創立以前から存在するという。

 その雑木が生えただけの場所が授業や行事にも使われず野放しになっていたところ、諸々の事情からこのたび整備する計画が今年度に持ち上がった。計画によれば、今ある木の一部を残し伐採して広場を造り、ベンチや花壇を設置して生徒の憩いの自然空間を創造する――などという話を《生徒会たより》の原稿を書く際にちらと聞いていたのだが、すっかり忘れていた。

「でも、碑があるなんて話はなかったけれど」

 私は雑木林に足を踏み入れる。

 雑木林の広さは奥行き・幅ともに二十メートルほどで決して広い場所ではないが、内は藪になっており鬱蒼としていて日当たりも悪い。足元の状態も良好とはいえず、ローファーで歩くには気を付けてないと転んでしまいそうだ。

「まさに藪の中……」

 これが小説なら死体でも出てくる場面だろうなどと思いつつ、あたりを見渡す。木々で視界は悪くとも人がいれば分かる。

 と――その時、藪の先からパキンと枝の折れる音がした。

「こっ」

『香坂さん』そう呼びかけようと音の方へ足を向けたところで、さらにザクという音が聞こえてきて私は立ち止まった。誰かが地面を掘っている――そう思った次の瞬間、藪向こうから息を弾ませた声が響いてきた。

「あー! ウデつるー」

 脳裏に浮かんでいた嫌な想像とは真逆の明るい声に胸をなでおろす。

 そっと藪の間から覗いて見ると、そこにはセーラー服に大型スコップというの小柄な女子生徒がいた。すぐ横には、女子生徒の身長より少し低い高さの石の塔と、その下に掘り返された土が盛られているのが見える。

 女子生徒の身長は私より頭一つくらい低く――とすれば、女子生徒よりも低い石の塔は一三〇センチ台――メモに碑は小学生の背丈くらいとあるから、どうやらあれが件の碑とみて間違いないだろう。……あの女子生徒が香坂詩音?

 どうして地面を掘り返しているのかは分からないが、それはこれから聞けばいい。

「あの、香坂さん?」

「ぎゃあ! こわだれなにっ」

 周囲の木々のせいだろう、私の声は思ったよりも雑木林に大きく響いた。

 声に驚いた香坂詩音は尻もちをつき、見開かれた彼女の瞳が、まるでおばけでも見るように私を見つめている。

「あの、驚かしてごめん――生徒会広報の茉莉陽菜まつりひなよ。新聞部の香坂詩音こうさかしおんさん、《オカルトクラブ》の件であなたを探してたの」

 と、これまでの経緯を説明しながら、まだ尻もちをついている彼女に手を貸す。

「生徒会、茉莉――ああ……びっくりしたー。色違いの口裂け女かと思いましたよ」

 彼女は私の手を掴みながら立ち上がると、スカートに付いた土をはらう。土が私のほうにも飛んできたので一歩下がって非難の目を向けるが、私のことなどお構いなしのていだ。

「……口裂け女……それにしても、腰抜かすのは大げさじゃない?」

「いやあ、あー……茉莉先輩? こんなとこでひとり地面掘ってるとき、急に声かけられて、振り向いたら金髪振り乱した女がいたら誰でも腰抜かしますって。ホラ、ひゅ~どろ~」

「……」

 手を前に垂らしておばけの仕草をする香坂詩音に、私は企画を聞いたときの「変わった子」という印象を改めて抱いていた。

 こうして話してみると軽い感じのするイマドキ女子だが、ふしぎに容姿は黒髪ショートと至極控えめで、制服を着崩したりせずスカート丈も普通、華奢な体躯と派手ではないが整った顔は悪目立ちせず、黙っていれば百人中百人がおとなしそうな子――いわゆる清楚の印象を受けるだろう。

 人のことを言えないが、かくも外見と中身とは伴わないものだ。

「いや、つっこんでくださいよー。じゃなきゃあたしバカみたいじゃないですかー」

「それで、香坂さんは、なんで大きなスコップまで持ってきて穴掘ってるの?」

「スルーかよ……あたしのことは詩音でいいですよ。『さん』もなくてオーケー」

「じゃあ、詩音はここで何していたの?」

「茉莉先輩、あたしのメモ見たんなら分かるでしょ。碑の調査ですよー」

「何で穴なんて掘ってるのかってこと。というか、何か埋まって――」

 と、聞くやいなや、待ってましたと言わんばかりに詩音は掘り返した穴を指差す。

「ましたよ! 見てくださいよ、これ!」

 言われるままに穴を覗くと、そこには四角い銀の箱があった。

「なにこれ。おせんべいの缶?」

「せんべいて。天切缶ってやつですよ。ほら、上にフタ付いてるでしょ」

「じゃなくて、なんでこんなの埋まってたのよ」

「知りませんよー。あたしだってさっき見つけたばっかだし。ちょうど取り出そうとしたとこで、茉莉先輩が驚かしてきたんじゃないですか。何入ってんでしょうね?」

 と、詩音は穴から箱を取り出して地面に置いた。

「……意外と軽いな。それに聞きましたか? 中からカラカラ音しましたよ」

 確かに聞こえた。小石の転がるような――そうだ、ドロップ缶を振ったときの音に似ていた。

「石にしては重くないですし、ビー玉とか?」

「それをここに埋めるの意味不明。というかこれ、タイムカプセルじゃない?」

「あ、あたし小学校の時やりましたよ。タイムカプセルじゃなくて郵便局から二十年後に家に届くってやつですけど。てか、気になるなら開けちゃいましょうよ」

 と、詩音は箱のフタに手をかけて躊躇うことなく開ける。

 そうして、中身を見た私たちは、二人揃って奇妙な声をあげた。


 箱の中には、飴玉大の白くてつるつるした石のようなものが幾つも入っている。

 私はその質感に、わが校の理科室にも置かれる、とある標本模型を彷彿した。

「……茉莉先輩、これなんか」

 詩音の囁くような声が聞こえてくる。そう、彼女も思い至ったのだ。

「……いや、まさか」

「でもそうですよこれ、人の骨ですって!」

「ほ、骨としてもこのサイズなら人とは限らなくない? ほら、学校で飼ってた動物を埋めたとか」

「いやでも……この形、なんか指っぽくないですか……いや、これ何本分?」

 確かに詩音の言う通り、それは教科書やレントゲン写真で何度か見たことのある、人の、それも指の骨に見えた。――ふと、私は無意識に自分の人差し指を触って肉越しに骨の形を確かめているのに気づき、慌てて意識を詩音に向けた。

 興奮した様子の詩音は、スマホを取り出して背面を箱に向けている。

「え、撮るの。本気?」

「大マジ。だってこれ大スクープですよ――校庭の雑木林から発見された人の骨なんて!」

「やめなさい。というか、まだ人のか分からないし……それに、何か事件に関係するものだったら、どうするの」

「うわっ、考えないようにしてたのに言いますそれ」

 文句を言いつつも詩音は渋々スマホをしまい、あとは興味津々のていで箱の中を覗いているのを横目に、私は考えていた。

 それにしても、これが骨だとしたら、

「――どうして、こんなところに埋められていたの?」

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