第2話 校庭のイシブミ
生徒会室を後にした私は、新聞部室のあるクラブハウスまで小走りに向かった。
クラブハウス、正式には第二校舎という。生徒会室のある本校舎から渡り廊下一本で通じる部室ばかりの集まる棟だ。その外観は古い木造建築で冬寒く夏暑くと生徒からは不評。なんでも今の鉄筋コンクリート造の本校舎を建てる際に取り壊された木造の旧校舎の一部が再利用されたとか。
私がクラブハウスの軋む木床を踏む頃、時刻は午後四時半を過ぎようとしていた。鳥の飛び立つ慌ただしさ、というと大袈裟だけれど、すでに部活動開始から一時間経っている。香坂詩音が部室にいるか確信のない以上、廊下に貼られた『廊下は走るな』の標語には悪いが、急がずにはいられない。
そうして新聞部を訪ねた私を待っていたのは新聞部員の当惑した声だった。
「香坂なら、もう調査に行ってますよ。てっきり生徒会さんも知ってると思ってたんだけど……」
「いえ、何も。行き先はわかりますか?」
「さぁ……あっでも、それなら確か――これどうぞ。あいつの置いてった取材メモ。香坂探すなら、どうぞご自由に」
そう言って新聞部員から渡されたメモには、先行して香坂詩音が調べていたと思われる「ナゾ」の情報が書かれていた。勝手に読むのは少々気が引けたが、香坂詩音の居場所のわからない今、唯一の手がかりに違いなかった。
「ありがとう。彼女から、このメモのことで何か聞いてますか?」
と、メモを受け取って私は尋ねる。すると新聞部員は、映画スターのような大袈裟な仕草で肩をすくめながら答えた。
「さぁ? あいつ、ひとりで勝手にやってるんで」
それは、見覚えのある仕草と聞き覚えのある声色だった。
なんの因果か、私は先天性の金髪を持ち生まれた。そのもの珍しさゆえに小学校のときは子ども特有の無邪気で残酷なからかいにさらされ、中学校では理解のない教師から不良と思われ何度も髪を黒く染めるように指導された。幸い高校に入ってからはそういったことはなく、私自身の心持ちもあり髪色で悩むこともなくなっていたが、今久々にあの頃を思い出し、すうと心が冷えるのを感じた。
「……そうですか、それでは」
もうここに用はない。
私は香坂詩音のメモを手にして新聞部を後にした。
【校庭のイシブミ】
星愁高校の校庭にある一基の碑。お墓みたい。めちゃ古。
小学生の背丈くらい。文字が刻まれてる→削れてて内容わからん。
教師に聞いてみた→知らない、多。知ってる、少、あるのを知ってるだけ。
何もワカラン→何とでも書ける、採用!!
高校生活も二年目になるが、校庭に
小学生の背丈くらいだから、私の胸、いや、その少し下くらいか。試しにスマホで『碑』を調べてみると、その大きさや形は様々で、四角柱や自然石そのままのもの、変わり種では野球ボールを模したものまであるという。
しかし、校庭にそれらしいものはあっただろうか?
これでも生徒会役員として、校内にはそれなりに詳しいと自負しているが、碑に近しいものは見た覚えがない。メモによれば相当に古いもので、教師ですら知らない者が多いということは、授業や行事では滅多に行かないような場所だろうが――学校の校庭というのは必要だからあるわけで、そういうところは意外と無い。
考えても答えは出ず、気がつけば昇降口に着いていた。外に出ればすぐ校庭だ。
「はあ……やっぱり校庭を地道に探すしかないか」
愚痴をこぼす私の視界の端に、下駄箱前に掲げられた校内掲示板が映った。
校内掲示板には各部活動に委員会、他にも学校に関する様々の掲示がまとめられている。そこには私の担当する《生徒会だより》もあった。先生方には好評というが、そもそも、行事報告と事務連絡の連なるばかりの内容に不評なんて出るわけがない。
『注目されないのは当然』ふいに会長の言葉を思い出す――確かに、面白くはない。
とはいえ、面と向かってつまらないと言われるのは悔しい気もする。
「まあ、そりゃ地味だけど――あっ」
その時、私の目は《生徒会たより》に書かれた一文に釘付けになった。その極めて事務的な記述は、校庭の雑木林が今夏に整備される予定の旨をしるす。
「そうだ、雑木林! あそこなら人も近寄らないし、碑があるかなんて遠目じゃ分からない……」
スマホの時計を確認すると、時刻は午後五時。
星愁高校の部活動終了時間は、一応午後六時となっている。一応、というのは、部の都合によってこの規則はものの見事に無視される由。
とにかく、香坂詩音の行方が知れない以上、合流を急ぐのに変わりはない。
私は下駄箱でローファーに履き替え、校庭の雑木林へと向かった。
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